第四十四話 ペック・ドール・ホムンクルス

「ちょ……ちょっと、待って! 貴方があの毒の雨を降らせたって言った?」


 つい反射的に立ち上がり身を乗り出しながら叫ぶ、雨の原因や情報の一つでも分かればと思っていたら自分こそ雨を降らせた張本人だって? 当の思想家シンカーは私がいきなり立ち上がった事に驚いたのか両手を挙げて体をビクつかせたがすぐに平静を装うかのように何度か咳払いをして再び顔を上げた。


「そう……ああいや、僕に雨を降らせる力がある訳じゃあなくてね?……何と説明すればいいやら、ちょっと考えをまとめるから少しだけ時間をくれるかい?」


「……いいわよ、好きなだけゆっくりまとめなさい」


 急かしたところで混乱させるだけだろう、再び席につき少しだけ冷めた紅茶に再び口をつけるが状況が変わったせいか香り付きのぬるいお湯という感想しか浮かばなかった。


「ああところで話は変わるけれど……君は珍しいものを連れているね、随分と小型だけどそれもペックの一種かい?」


「ペ……なに? そんなものは知らないけど?」


「ペックを知らない? 追従補助人形アシスト・ギアさ、次々に新しいものが売られていると聞いた事があるけど……違うのかい?」


「そんな事言われても……知らないものは知らないし、この子の事なら違うわよ? この子はドール、名前はエルマよ」


 エルマを指差して首を傾げる思想家に説明するがどうにも納得出来ないようだ、一体何がそんなに引っ掛かるというのか。


「ドール? ドールだって? あの魔導石を使った機械の?……そんなバカな、ドールなんてものを作れる技術者などあの雨で全員死んでしまっただろう?……それにそんな小型のものを作る技術を持った者などほんの一握り、いや待て待て……君が作っただって?」


 とうとう思想家が両手で頭を抱えてしまった……エルマも危険性の演算に集中しているせいで喋れないが何か言いたげに体を揺らしている、どう見ても彼に私を攻撃する意思は無いようだし……大丈夫だろうとエルマに頷きかけ回避演算を中止させる。


「……お疲れ様、エルマ」


「もうへとへとですよぉ……今夜は隣で寝てもいいですかぁ?」


「ふふっ……いいけど私が蹴飛ばさない保証は無いわよ?」


「いい加減寝相直してくださいよぉ……蹴られると少しだけ寂しくなるんですからね?」


 私の腕からスルリと外れ顔の横に浮かび上がると、思想家の叫び声が響き渡った……驚いて顔をそちらに向けると、いつの間にか立ち上がり震える指でエルマを指差している。


「なっ……ななななんだそれは! 浮いてるじゃないか、それに喋っている……!? まさか思考プログラムを有しているとでも言うのかい!?」


「そりゃ喋るわよ、私が作ったんだもの……ねー?」


「ねー?……ってはわわわ、回さないでくださーいー」


 顔の周りを飛び回るエルマを指先でつつくと空中に浮かびながらその場でくるくると回り出した、こうしてやると目を回して落下する事もあるのだが今回はなんとか持ちこたえたようだ。


「……驚きだ、いや……そんな言葉では言い表せないだろう、その完璧な思考プログラムに加えてそこまで小型のペ……失礼、ドールを完成させるとは……まるでかの天才姉弟、ハーティルドール氏のようだ……!」


「あら、やっぱり母を知っているのね? ドールではないようだけどエナの住民達の構造が人型ドールのものに近かったからもしやと思ってはいたけど……」


「母?……ん-待て待て、今君は母と言ったのかい? つまり君の親だと、そう言ったのかい?」


 思想家が息を荒くしたままテーブルの脇を抜けて私に近付いて来た、エルマが身構えるが大丈夫だと言い聞かせて両手でエルマを抱えて膝の上に乗せながら椅子を引き、近付いて来た思想家と向き合う形になった。


「ええそうよ、私は貴方が降らせたっていう雨から生き延びた時計屋クロッカー……いえ、ヴィオレッタ・ハーティルドールによって作られた第二世代の人類……人造人間ホムンクルスよ」


「なっ……あ……ホムンクルスだって? 馬鹿な! そんな事が、そんな事が有り得るのか……! いや、だが……」


 ヨロヨロと数歩後ろに下がった思想家が何かに躓いたのか転んで尻もちをついてしまった、反射的に手を差し出したが礼と共に手を振ってそれを拒否しそのまま座り込んでしまった。


「それで……そろそろ考えは纏まったかしら?」


「……ああ、だがその前に一つだけ教えてほしい……ヴィオレッタ氏は健在なのか? 雨から逃げ延びたと言ったが他に生存者が?」


 その言葉に時計屋が大穴に飲まれたあの場面が脳裏にフラッシュバックした……思わず唇を噛み締め、ゆっくりと首を振る。


「……いいえ、母は地下で命を落としたわ……他の住民は分からないけど蛇……私の他にもオスカーの作ったホムンクルスが六、いえ八人いるわ……オスカーも死んじゃったけどね」


「なんとオスカー氏まで……ああなんという事か、そしてその生き残った君達二人がボクの元に辿り着いた……! ああなんという奇跡……! 今日はなんという日だ!」


 両手を天に突き出し彼の頭部の中で揺らめく二つの火が激しく揺れる、その姿からは安堵や感謝といった印象を受けた。


「感激しているところ悪いけど……二人じゃなくて三人よ、そういえばさっきから静かだけれどどうしたのリリア?……リリア?」


 何度か呼びかけるが返事は無い、固定具から魔導板を外して両手で掲げるがいつものような光がすっかり消えてしまっている。


「リリア!……やだ、どうして……リリア! お願い、返事をして!」

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