第四十五話 時間が進み時の止まった世界
「お、落ち着いてください! 魔力板の魔力は変化していません、ですので故障も破損もしていません!」
「じゃあ……じゃあどうしてリリアが返事しないのよ、ねぇ!」
「っ……!」
私の怒声にエルマが押し黙ってしまった、感情的になっては駄目だ……冷静にならねば……だがその前に反射的に怒鳴ってしまった事を謝らなければ。
「……少し、いいかな?」
「え……?」
背後からかけられた声に振り向くといつの間にやら立ち上がった
「リリアというのはボクが最初に声をかけた小部屋で話していた子かい?……今の話から察するに、その魔導板には何か……君の家族のプログラムのようなものが取り込んであるのかな?」
「プログラムじゃないわ……リリアは私の妹よ、ホムンクルスとして作られたけど、その途中で肉体が崩壊して……魂だけでも留めておきたくてこの魔導板の中で保護しているの」
「なるほど……つくづく伝承やおとぎ話を聞いているかのような内容だが……よければ、ボクにそれを見せてくれないかな?」
更に思想家の右手が近づき、反射的に魔導板を両手で抱えて立ち上がると思想家から数歩距離をとる。
「……もちろん無理にとは言わない、だけどこの部屋で起きる事についてはボクの方が詳しい筈だよ?……それにハーティルドール氏の遺した子達を裏切るような真似はしない、絶対にね」
顔だけが私を追うが無理に距離を詰めようとはして来ない、視線を落として魔導板に向けるが確かにこうなった場合の対処法を私は知らない……意を決してもう一度思想家の方へと顔を向けると、顔の中で揺らめく二つの火が私を捉え、ゆっくりと頷いた。
「……もしリリアに何かしたら、返事も聞かずに殺すわよ」
「ああ、それで構わないとも」
全力で睨みつけたが一切視線を逸らそうとしない、それ程までに意思は固いようだ……諦めてため息をついて思想家の元へと歩み寄り魔導板を差し出すと、彼はそれを両手で受け取りすぐに驚きの声を上げた。
「美しい……実に精巧な魔導板だ、僅かな傷も無ければ不純物も見当たらない完璧な仕上がりだ!……それに、君の言う通りこの魔導板からは命の息吹を強く感じる」
「……それで、何か分かったの? 何が原因でこんな異常が?」
「いいや……そもそもこの魔導板にも、君の妹君にも何も異常は起きていないよ」
言葉の意味が分からずポカンとした表情を浮かべる私に魔導板を返すと、思想家は空を見上げ軽く両腕を広げた。
つられて私も上を見上げるが空中には相変わらず巨大な歯車がゆっくりと回っているだけで何も変化は無い。
「さっきも言ったが……この世界は今や時間が進み時の止まった世界なんだ、特にこの部屋はその影響が強くてね……君の妹君の反応が消えたのもそのせいだろう」
「さっきも聞いたけど意味が分からないのよ……つまり何? この部屋を出たらリリアはまた話せるようになるの?」
「……そうなるね」
思想家が頷くのを見るやいなや入ってきた扉の方へ駆け出した、扉は既に閉まっていたが強引に開くと小部屋の中へ転がり込んだ。
「っ……リリア!」
「……び……っくりしたぁ、どうしたのお姉ちゃん? 扉を通るんでしょう?」
両手で抱えたまま呼びかけると魔導板がいつものように光り出し、そこから聞き慣れたリリアの驚いたような声が響いた……心から求めていたその声に全身の力が抜け安堵のため息が漏れる。
「良かった……本当に」
「ど、どうしちゃったのお姉ちゃん……エルマ君、お姉ちゃんどうしちゃったんだろう?」
「いえ……それよりもリリアさん、今なんて言いました?」
「え?……お姉ちゃんがどうしちゃったのって?」
「その前です!」
「エ、エルマ君までどうしたの……扉、通らないのって言っただけだよ?」
「……え?」
顔を上げてリリアの方を見る、リリアは扉を通った事を知らない……? 訳が分からずエルマと見つめ合ってしまう。
『……無事に妹君は戻ったようだね、良かった』
「あ……またあの声……」
リリアが思想家の声に反応する、やはりこの小部屋での出来事が最後の記憶になっているようだ。
『これでボクの事は信じてもらえたかな? 良ければ部屋に戻って話の続きといきたいのだが……どうだろうか?』
「なに……この人は何を言っているの?」
「……話だけならこの部屋でも出来るでしょう?」
『これは魔力通信なんだ、恥ずかしい話だがボクは君達ほど魔力容量が多くなくてね……それに、見せたいものもある』
「お姉ちゃんまで……なんなの、エルマ君は説明してくれないの……?」
「え、ええっと……何から説明したらいいのか……」
エルマが困ったようにくるくる回りながら思考を巡らせている、説明を手伝いたいところではあるが私はあの男……思想家が何を語るのかが気になって仕方なくなっていた。
「ごめんエルマ、リリアへの説明は貴方に任せていいかしら?」
部屋を出れば戻る事は分かっても何度もリリアをあんな状態にはしたくない……机の上に散乱する壊れた歯車達を乱暴にどかしてリリアを机の一部に固定する。
「ま、待ってお姉ちゃん! 何が起きてるの、私も一緒に行く!」
「……大丈夫ですティスさん、リリアさんの事は僕に任せてください」
「ありがと……任せたわよ」
尚も私を呼ぶリリアの声は背後で扉が閉まると同時にぷっつりと途切れた。
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