第十四話 三輪駆動式ドール

「ティスさん、追加の金属片ここに置いておきますねー」


「ありがとうエルマ、ふぅー……思ったより大変ねぇ」


 額に滲んだ汗を拭いながら長く息を吐き出す、言い出しっぺは私だが……やはり少し無謀だっただろうか? きっかけは初めて肉を食べた次の日、周囲が明るくなってから店の周囲を探索した際に酷く破損したある残骸を見つけた事だった。

 三輪駆動式の半自動化ドール……一度燃えたのか四隅が溶け、ひしゃげた横長のプレートには煤けた文字で『ヘイズ』と書いてあった。

 恐らく事故にでも遭ったのだろう、持ち主は逃げたかこの子と一緒に灰になったか……それは分からないが、今の私にとってはむしろ好都合だった。

 リリアはあの店を拠点にしてはどうだろうと言っていた、確かに食料は豊富で生きるだけであればあそこでも問題は無い……だが私の目的はあくまでも魔導石を回収しリリアの肉体を作りあげる事だ、その観点からみるとこの周囲に何も無く戻るにも進むにも遠いこの位置は些か不便であると言わざるを得ない。

 とはいえ食料は必要で私の腰に巻いた小型の収納箱では持って行ける数に限りがある……そこで思いついたのがこの残骸の再生だ、このドールを再生し改造すれば運搬手段と効率的な移動手段の両方の問題が解決するだろう。

 そう思いついて作業を始めたのはいいが、何分工具の殆どをズーラに置いて来てしまった事と初めて見るドールの構造の把握に思ったよりも手こずってしまっている。


「大丈夫、お姉ちゃん? 少し休憩する?」


「……いいえ大丈夫よ、ありがとう」


 金属片を組み合わせて作ったアームに固定してあるリリアの方へ向き笑顔を浮かべてみせる。

 そうだ……私はこんな旧式のドールに手こずっている場合などでは無い、首を振って気合を入れ直すと金属片から新たに作った工具と文字通り手足のように動く工具……雷鋼線ディミット・ワイヤーを展開して作業を再開する。

 破損してしまった魔導石は残念ながら使い物にならないが、店の周りに設置されてる魔石灯のものを流用すればなんとかなる、ヘイズ本体の不要な部分や破損が酷く使い物にならないパーツを切り取っては同じパーツを雷鋼線で作りあげてはそれらを組み上げる……意外と細かいパーツも多く、最初は上手くいかなかったがこの数日でこれらの作業を同時に行えるぐらいに上達した。

 切り取り・溶接し・新たなパーツを組み上げ・組み立てる……元々はリリアの体を作りあげる為に時計屋から学んだ精密加工技術だったが、実のところ私はこういう作業が好きなのかもしれない。

 頭の中での設計図、それが出来上がっていく事の快感とそこから外れたところで新たに発見する構造……みるみるうちに組み上がっていくそれらが私の手の中で起きていると思うと楽しくて仕方ない、そんな私の気持ちが二人にも伝わっているのだろう……時折食事や睡眠を勧めるために声をかけてはくるが一度としてドールの再生中止を口にする事は無かった。


「……出来た」


 ぽつりとそんな言葉を漏らしたのは、作業を開始してからおよそ四日後の事だった。

 前に二つ後方に一つの大きな車輪、そして食料を積む為に積載量を重視した収納箱を後方に設置し……最後にこだわって磨き上げた流線形のボディは陽動器ようどうきの光を受けて私の髪と同じく赤紫色に輝いていた。

 しかしまだ安堵するには早い、見た目は完璧でもこれが起動しなければ意味が無い……ゆっくりと跨ると座席部分が私の体に合わせて僅かに沈み込んだ、なかなかの乗り心地だ……これなら長時間の走行でも体への負担はかなり軽減できる。

 前方に手を伸ばし左右に伸びたハンドルをしっかりと掴み、その中央に備え付けられた駆動スイッチに指を伸ばす……エルマの時もそうだったが、この瞬間が一番緊張する。


「……っ」


 意を決して指が駆動スイッチに触れる……すると一瞬周囲に軽い衝撃波が巻き起こり、三か所の車輪が地面に対して水平に変化し車体を浮遊させながらその場に滞空した。


「出来た……出来た! あっははは!」


「ん……ん! すごい、お姉ちゃん! 完成したの!」


「わわわ、何です何です何ですか!?」


 思わず出た私の大声に眠っていた二人が飛び起きた、リリアは何度も凄いと繰り返し事態に気付いたエルマはどこかホッとしたかのように私を労った。




「……っと、こんなものかしらね」


「はい、それにしても凄い積載量ですね……この量ならかなりの日数は食料に困らないでしょうね」


「ええ、次に食料のある場所がいつ見つかるか分からないもの……とにかくありったけ積んで行こうと思ってね」


 積み切れなかった刺激飲料を飲みながら笑顔を浮かべる、正直残した食料が惜しくないと言えば嘘になるが……まぁこればかりは仕方ないと割り切るしかない。


「それに、もし私達の他にズーラから脱出した人達がいた場合も考えて残してあげなきゃね?」


「……ヤコさん達ですか、本当にあの後脱出出来たのでしょうか?」


 ヤコ、それは括り蛇に作られた私と同じ第二世代のホムンクルスの長姉の名だ、あの揺れと崩落の中でも身体能力の高いホムンクルス達が生き残っている可能性は高いだろう、だがあの場には八人のホムンクルスがおりその内の五人は私との戦闘で動ける状況では無かった……恐らく最も優秀であったであろうヤコ一人なら脱出も可能だろうが、八人揃ってとなると楽観視するにはあまりにも……しかし彼女のあの強い瞳は今でもハッキリと思い出せる、理屈や状況がいくら彼女らの死を語ろうが私にはどうしても納得が出来ない。


「……ええ、きっと生きているわ」


 缶を握りつぶしながら答える……ここで私が心配する事自体あの子にとっては侮辱に感じるかもしれない、あの子は大丈夫と私に言ったのだ……なら絶対に生きている。その内思いもよらない場所で目の前に現れ、自らの成長を自慢しに来るかもしれない……そう思うと澱みかけた気持ちがスッと軽くなり口の端が上がった。


「……さ! 随分と足止めを食らったわ、そろそろ行きましょうか!」


 ヘイズに跨り備え付けたアームの先端にリリアを固定する、彼女の発する魔力に反応して向きを自在に変えられるよう特殊な改造を施したものだ……これでリリアも自分の意志で自由に周囲の景色を見る事が出来る。


「ほらエルマも、早くおいで!」


「はいっ!」


 ふわりと飛んできたエルマがヘイズの前方に作った球状の溝に体を沈める、その溝は彼の特等席でありヘイズと同期する事で操作の補助もする事が出来るようになる装置だ。


「ティスさん、同期出来ました!」


「オッケー!……行くわよ!」


 ヘイズを起動させると再び地上から浮き上がり、慣れない浮遊感にリリアとエルマが驚きの声を上げた。

 そんな二人の反応にニヤリとしながら機体を回転させ、未だ遥か遠くに伸びる道を見据えるとハンドルをねじり少しずつ加速させていくと地面を滑るように次々に景色が前から横、後ろへと流れていく……どうやら動作は良好なようだ。

 道に点々と落ちている瓦礫もなんのその、間を縫うように躱していき目の前に現れた巨大な瓦礫が道を完全に塞いでいようと私達には何の問題無い。


「エルマ!」


「はい!……瞬脚ブリンク!」


 ヘイズの三か所の車輪に搭載された魔導石の駆動力のリミッターを一時的に外して魔力を放出させ、一瞬で空高く飛び上がる……私の足と基本的には同じ理屈だが細かい理論など何も無くただ推力の塊を爆発させただけ、とはいえ私達にはそのぐらい雑なぐらいがちょうどいい。


「うわぁ……二人共凄いよ! 空があんなに近くなった!」


 アームの先端をクルクルと回転させながらリリアが喜びの声を上げる、殆ど衝撃も無くふわりと地面に着地して振り向くと、先程の巨大な瓦礫は遥か後方に転がっている……成功だ!


「ナイスエルマ! その調子で頼りにしてるわよ!」


「へへん、任せてくださいティスさん!」


 エルマが伸ばしたアームと軽くハイタッチをすると再び前を見据え走り出す……いける、このヘイズがあれば私達はこの世界でも大丈夫……! そんな高揚感を感じながら、私はハンドルを握る手に力を込めた。




「ん? あれは一体なに……?」


 無限に続くかと思われた宛先不明の道だったがやがて終わりをみせた、そして代わりに表れたのは押し固められた人々の恐怖の形そのものだった。

 出来るだけ地面から離れようと塗り固められた石の台座の上に小さな小部屋が隙間なく積み上げられたかのような住居群……その小さな一つ一つに人間達の生活の痕跡が見られる、これまで見てきた建物のような精巧さは無く、歪に積み上がったそれは明らかに周囲とは違った異様な雰囲気を放っている。


「恐らくは集合住宅の一種だと思われますが……これは、あまりにも」


 エルマが言葉を詰まらせるのも頷ける、よく目を凝らさなければ部屋と部屋の区切りが分からない程に近く……これでは個人の生活などあって無いようなものだ。


「きっと雨から逃げる為にこうなったんでしょうけど……未知の恐怖ってものはここまで身を寄せ合っていないと生きていけない程に人を狂わせるものだって言うの……?」


 ヘイズを停車させて降り立つと改めて住居群を見上げる……今までも陰鬱な景色は見てきたが、これは桁が違う。

 至る所が錆び付いた金属の手すりに洗濯物の形跡、恐らく雨を受けた影響だろう……地面に落ちている玩具はその原型を保っていなかった。

 眺めているだけでも胸の奥が冷えていくのを感じ正直なところを言えばさっさと立ち去りたいというのが本音だ、だがしかし下の階層で見た廃墟街と比較すると居住人数はその数倍だろう……となれば見過ごす訳にもいかない、数歩建物に歩み寄ると背後でエルマが怯えた声を上げた。


「ティ、ティスさん本当に行く気ですか……? 正直その、僕はあまり気が乗らないというか……」


「……そんなの私もよ、でもあれだけ大勢の人間の生活の跡があるんだもの……という事はそれだけ魔導石を使った家具なんかがあるかもしれないでしょう? 私達の目的は魔導石の回収よ、忘れた訳じゃないでしょう?」


「そ、それはそうですがぁ……」


 しかし入口が見当たらない、キョロキョロと辺りを見回すと石を削って作ったかのような階段が正面からズレた場所にあり、それを上った先に扉も何も無くただぽっかりと一部だけ穴がトンネルのように開いているのが見えた……恐らくあそこが入口だろう。


「リリア、きっと中は気が滅入る光景が広がっているでしょうから貴方は私の箱の中にいてくれるかしら? 置いて行きたくはないの」


「分かった、ありがとうお姉ちゃん」


「よし……さ、行くわよエルマ」


「わっ、待って……待ってくださいぃ」


 ガスマスクと薄手だが丈夫なグローブを装着し一度深く深呼吸すると化け物が開けた大口のような湿っぽい風の流れてくるトンネルに向けて歩を進める、そんな私を見てとうとう観念したのか遅れてエルマもついて来た。

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