第三十九話 ハリボテの街

「……は?」


 反射的に声が漏れる、そこに誰かや何かをバカにする意図はなく……ただただ目の前に広がる光景が理解できず漏れたものだった。


「お姉ちゃん、エルマ君も……同じもの見えてる……よね?」


「お、恐らく……」


 例の謎のオレンジの網を抜けるとそれまで感じていた寒さはどこかへと消え失せ、やがて昇降機は停止した……そして視界に飛び込んで来た景色は私の想定を遥かに超えたものだった。


「……街? どうして最上層に街が……? それに、それに……あの沢山の人間達は一体何なのよ……!」


 昇降機の塔着地点は全て街の縁を埋めるように横並びになっていた、柱に沿って昇る構造を考えるとそれもおかしい気もするが……今はその点についてはいいだろう。

 それよりも昇降機から降り立った先、白と薄いオレンジの混ざり合った石畳の地面の続く先には同じく石造りの階段で何層にも段が作られ所狭しと住宅が続く街並みが広がっていた。

 更にはそんな街中を今この瞬間も沢山の人達が行き交っている……男性に女性、お年寄りもいれば走り回る子供までいるではないか。

 何にせよこんなに人がいてはヘイズは走れない、一旦はここに置いて行くしかないだろう。


「ど、どうなってるのお姉ちゃん……人間は滅びた筈じゃ……?」


「その筈だけど、私にも何がなにやら……」


 石畳を靴のつま先で何度か叩いてみるが本物の地面のようだ、訳が分からないままフラフラと街の方へと歩を進める私に気付いたのか一人の少女が駆け寄ってきた、つばの広い帽子を被り腕には色とりどりの花の入ったバスケットを下げている。


「こんにちわ! エナへようこそ!」


「……エナ? ここにはどうしてこんなに沢山の人がいるの?」


「エナは日々成長を続ける素晴らしい街よ、貴方もきっと気に入るわ!」


「え? ええ……」


 どうにも会話が噛み合わない……少女はニッコリと微笑むが、それは笑顔というよりも笑顔が顔に貼り付いているような印象を受け何となく不気味さすら感じる。


「いえ、そうじゃなくて……あ、ちょっと!」


 私の問いかけに答える事無く少女の笑顔はすっと無表情に戻り、私の制止も聞かずにどこかへと走って行ってしまった。


「ティスさん、他の人にも話しかけてみましょう……なんだかここ、少しおかしいです」


「おかしいのはもう分かってるわよ……何だか夢でも見ている気分だわ……」


 適当に辺りを見渡し目についた壮年の男性の元に近付く、手には酒瓶のような物を持っているが中身が入っていない。


「ねぇ、ちょっと貴方……」


「チキショー……ティオのやつ、絶対イカサマしてやがるんだよ……ヒック」


「……はい? ねぇ、ちょっと私の話を……」


「チキショー……ティオのやつ、絶対イカサマしてやがるんだよ……ヒック」


 男の視線はこちらを向いているがまるで会話が成り立たない、空の酒瓶を何度も口に運ぶ動作を繰り返しており酔ったような口ぶりだが男から酒の臭いは一切しない。


「……ティスさん、先程の女性もそうですがこの男性からも生体電気を感じません」


「え……?」


 生体電気、通常生命体の行動の大半は脳から全身に送られる電気信号によって行動が可能になる……この一連の流れの際に発生するのが生体電気というものだ、魔導義肢の駆動に関しては少々例外もあるが……生体電気を一切発生させないというのは人間はもとより私達ホムンクルスやドールですら不可能だ、それが無いという事はつまり先程の少女もこの男性も……生命活動を一切行っていないという事になる。


「どういう事よ……ドールでも生体電気は発生する筈でしょう?」


「はい、ですが住民達からは魔力も一切感じません……どちらかと言えば旧世代の機械などの方が構造上近いのではないかと」


「ちょっと待ってよ……それじゃあ何? この街を行き交う住民全てが誰かの手によって作られた機械だって言うの?」


 改めて周りを見渡す……何して遊ぶのかを言い合っている子供達や何やら話し込んでいる壮年の女性達……あれら全てが作り物だと言うのだろうか?


「お、恐らく……同じ動作や言動を繰り返す行動の粗悪さに比べて動きや外見は人と相違ないのである程度の技能を有した者によって作られたのだろうという事は分かりますが……でも憶測の域は出ません、何か確かめる術があれば……」


「方法ならあるわよ……ちょっとごめんなさい、ね!」


 素早く右手を振り下ろし酒瓶を握る男の手を手の甲で叩く、衝撃で男の手から酒瓶が落ち地面にぶつかると甲高い破砕音と共に酒瓶が砕け散った……が、男は痛がる素振りも見せず周りの住民も先程と一切変化が無い。


「……少なくとも住民が全て作り物なのは間違い無さそうね」


「そ、そんな乱暴な……」


「この方が手っ取り早いでしょう?……次は」


 適当な家の前まで移動しドアノブを掴む……が、ガッチリと固定されており押しても引いてもビクともしない。

 開けるのは諦めて同じ家の窓から中を覗き込むが内装は一般的な民家のように見える……が、試しに窓を叩き割ってみると黒い金属製の壁が現れた……どうやら内装は窓ガラスに描かれたものだったようだ。


「住民は機械仕掛けの粗悪品、家はハリボテ……エナとか言ったかしら?……なんなのよここは一体」


 こうしている間にも私達の行動に一切の反応を示さない住人達は各々の行動を繰り返している、近付いて聞き耳を立ててみれば彼らが集まって話している内容も同じ事をばかりを繰り返しており、それに対する反応もタイミングまで寸分変わらない事が分かった。


「お姉ちゃん……なんだかここ、怖い」


「大丈夫よリリア、確かに不気味だけど危害を加えてきたりはしない筈だから」


 リリアをそっと手で覆い落ち着かせる……ナターシャもこの惨状は知らない筈だ、どこの誰がこんな事を……そして一体いつから……少なくともこんな悪趣味な街を時計屋クロッカーや蛇が作ろうとしていたとは思えない。


「……ん?」


 それは小さな気付きだった、よく見れば民家の外部に明らかに用途不明な歯車や時計の針のようなものが設置されているではないか、それらは大小様々なサイズで統一性も無いが全ての家のどこかに必ず設置してあり共通しているのは意味も無く駆動しているという事だけだった。

 白塗りの壁から飛び出た歯車は何と噛み合う事も無く回り続け、レンガ造りの家のドアでは短針だけが意味も無く回り続け……家の横に設置された水車の中央では針も無ければ何も書かれていない文字盤の中央から延々と水を吐き続けている。


「なんなのよこれ、訳が分からなすぎて頭がおかしくなりそう……ん?」


 街の中央に伸びる階段を上りながら誰に宛てたものでもない言葉を吐き捨てると不意に少し離れたところに大きな時計塔が建っている事に気が付いた、昇降機の位置からでも見えそうな大きさだが……何故今の今まで気がつかなかったのだろう?


「エルマ……もしあの時計塔が近づいた途端に消えでもしたら周りの建物を壊しまくってもいいかしら?」


「お、落ち着いてください……僕にも見えてますからきっと大丈夫です……多分」


 もしこんな所に一人で来たらと思うとゾッとする……つくづく二人が居てくれて良かったと気持ちを整え、謎の時計塔に向けて歩を進めた。

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