第二十三話 想いは繋がる、少女から少女へ

『それにしても凄い体ねぇ……お母さんより背が高かったものね、私も成長したらそのぐらい大きくなれていたのかしら?』


「……お母さん呼びに戻ったのね」


 あまりの事実の大きさに床に座り込みながら問い掛けると少女は大きく頷いた、心なしかその表情も柔らかくなっている気がする。


『当然でしょう? 自分の母親を名前呼びする子供なんていないわ、説明を分かりやすくする為に言っていたけど……その必要も無くなったもの、それにしても……自分と話しているなんて妙な気分ねぇ』


「それはそうでしょうね……私もだもの」


 隣に座り込みながらしげしげとこちらを眺める少女にため息が漏れる、恐らくこの状況は時計屋だって想定外の筈だ。


「貴方の話から想像すると……時計屋クロッカーは貴方を蘇生させようとした、のよね?」


『ええ、でも生まれた人格は貴方だった……当然よ、私はとっくに死んでるんだもの』


「その……恨んだりしてないの? 貴方からすれば母親を取られた上に存在まで奪われたようなものでしょう?」


『んー……確かに最初は胸のこの辺りに凄くどす黒い気持ちが生まれてどんどん私を満たしていったわ、でも……それもすぐに消えちゃった』


「……どうして?」


 何故そんな状況になって許せたのか不思議で仕方ない、胸に手を当てる少女の方にどんな表情をしていいのか分からず黙って見つめているとニッコリとした笑顔が返ってきた。


『だって……お母さんが嬉しそうに笑ってたんだもん、それを見たら……なんだか全部いいやってなったの、貴方もお母さんに優しくしてくれていたしね』


「……そう、一つ聞きたいのだけれど……ホムンクルスについての知識が最初からあった……訳では無いのよね?」


『当然でしょ、私は見ての通り無邪気で可憐で幼い女の子よ?』


 立ち上がった少女は私の目の前まで移動すると自慢げな表情を浮かべくるりと一回転してみせた、しかし彼女も私だというのであればどう褒めたところで自画自賛になってしまうので何と言ったものかと思案していると答えが出る前に少女の表情は不満げなものに変わってしまっていた。


『何か言う事は無いわけ?……まぁいいわ、貴方の言う通り私の知識はこの意識が貴方の中で目覚めてからのものよ。どのぐらいの時間って質問はしないでね、意識がハッキリしてる時もあれば眠っている時のように薄い時もあるからかなり飛び飛びなの』


 再び私の隣に座り直した少女は両手を広げて顔をしかめてみせた、何でもない事のように言っているが……誰にも、最愛の母親にも気付かれない日々が苦痛でない筈が無い。


『貴方から見てもどう?……お母さんは、最後までお母さんだった?』


「そうね……時計屋は最後まで、時計屋だったわ……強くて、優しくて……頑固者」


 胸の奥からこみ上げる気持ちを抑えながら言葉を絞り出す、私だって未だ時計屋の死を乗り越えたとは言い難いのに……強い子だ。


『ふふっ……そっか。ねぇ、その子がリリア?』


「え?……えぇ」


『その、少しだけ手に取ってみてもいい?』


 少女が私の胸元に固定されたリリアの魔力板を指差す、今まで時計屋以外の手に触れさせた事は無いが……少し迷い、淡く光る魔力板を取り外すと少女にそっと差し出した。


「落としたりしないでね?」


『しないわよ!……この子がリリアなのね……私の、妹』


「リリアは……どんな子だったの?」


 魔力板を宝物のようにそっと両手で抱える少女に問い掛けるが、返ってきた答えは首を横に振る事のみだった。


『分からないの、リリアは生まれつき体が弱くてずっと治療ポッドの中で眠っていたから……私も数回しか会った事が無いし、多分目覚める前に雨が降り出して……』


 魔導板を抱きしめる手に力がこもるのが見てとれる……その手に私の手を重ねると少女がハッとした顔をこちらに向けた。


「私の中にいたなら見ていたでしょう? 私はリリアの体を作る為に旅をしているの……だから貴方が協力してくれたら助かるのだけれど、何か知っている事があるなら教えてくれないかしら?」


『……でも、私に出来る事なんて何も……』


 何かを思い出そうと頭を抱える少女を黙って見つめる……考えを巡らせる彼女の視線がふとナターシャの方に向いた。


『あ……緋水ひすいの樹』


「ひすい?……それはどういうものなの?」


『ナターシャが昔に話してくれたの、この施設の地下には緋水の樹っていうのが立っていて色々な場所に魔力を送っているんだって……だから、きっとそこになら魔導石がある筈よ!』


 なるほど……各所に魔導石を使った機械を配置すると管理が難しいが、木を模したドールの根を施設中に張り巡らせればその問題も解決する……それに何より無機質な施設に木を植えるだなんて、いかにも時計屋がやりそうな事だ。


「ありがとう、それはかなり有益な情報よ! この施設を動かす程の魔導石ならリリアの体を作るには充分な量が集まる筈だわ!」


『ホント? 良かった!』


 少女の前に手のひらをかざすと嬉しそうに自分の手をぶつけると小気味の良い音が鳴り響いた、リリアを抱えられた事といい、透き通るかどうかはある程度自由らしい。

 ……そんな事を考えながら辺りに反響した音が段々と消えると共に少女の表情も暗いものになっていく。


「……どうしたの?」


『あのね……その』


 言いたい事はあるようだがどうにも歯切れが悪い、その様子からも彼女が言おうとしている事が良い事ではないのはすぐに分かった。


「大丈夫よ、言ってみて?」


 少し俯いた彼女に視線を合わせ力強く頷いてみせる、そんな私を見て少し安心したのかゆっくりと口を開いた。


『……あのね、私はもう死んじゃったから分かるのかもしれないけど……もっと上に上ってもね? 生きている人の気配、感じないの』


「っ……!……そう」


 何度も考えた事だった、だからきっと表情には出ていなかった筈だと……信じたい。

 やはりと言うべきか、人間はとっくに滅んでいたらしい……驚きよりも、ぽっかりと心に穴が開いたかのような空虚な感覚が体を襲う。


「あっ……で、でも上からは何も感じないけど下はモヤモヤした感じがしてよく分からないの、だからもしかしたら……ううんごめん、なんでもない」


 慌てた様子で何とか私を励まそうとしてくれたのだろうがその両手は途中でゆっくりと下ろされた、彼女は私と同じものを見てきたのだ……なら今の中層以下がどんな状態なのかは言うまでもない。


「……教えてくれてありがとう……それでも、私は先に進むわ」


『……もう誰もいないのに?』


「ええ、元々誰かに会いに地上に上がったんじゃなくてリリアの体を作るのが目的だもの、むしろ誰もいないならむしろ好都合だわ! 地下では出来なかった大きな家を建てるなんてのもアリだしね!」


『そっか……そうよね、ふふっ……面白そう。この目で見られないのが残念だなぁ』


「見られないって……っ」


 立ち上がり、痛々しい笑顔を浮かべる少女の体が毛先や服の裾から段々と薄くなっていた。


『私の事が見えるって分かった時から覚悟はしてた、あっ……落としちゃう前に、これ……』


 差し出された魔導板を受け取るともう一度ニッコリと笑い、引き出されたポッドで横になる錆だらけの女性を見つめた。


『……ねぇ、この人って助かるの?』


 この子は自分が大変な状況なのにも関わらず……そんな思いが込み上げたが、彼女の僅かな時間を私のワガママで潰してはならないとゆっくりと首を振って答えた。


「……いいえ、彼女が今も生きているのは毒の影響で起きた臓器不全が原因なの……つまり、とっくに寿命は尽きているにも関わらず毒に生かされている状態なのよ……だから下手に治療すれば逆に命を縮める事になるし、このまま放っておいてもまともに動けないまま……やがて死ぬ事になるわ」


『そっか……じゃあこの人は私が連れて行くね!』


「……え?」


 彼女の言葉に反応が出来ずポカンとしていると彼女が駆け寄って来てると、くるりと私に背中を向けて両手を大きく広げた。


『届かないの、早く抱き上げて!』


「え? えぇ……」


 訳が分からないまま少女の体を抱き上げると驚く程軽かった、いや重さなどとっくに無い状態なのかもしれない。


『そのままナターシャの方に連れていって!』


「!……分かったわ」


 ようやく合点がいき少女を抱き抱えたままナターシャの方へと移動すると少女の両手がナターシャのヴェールを捲って顔をペタペタと触り、彼女の頬にそっと自らの唇を押し当てた。


『この施設は貴方と遊んだ思い出の場所だものね……ずっと守ってくれてありがとう、ナターシャ……大好きよ』


 少女を床に降ろそうと手を下ろしかけるが、既に彼女の下半身は消え去っていた……手の中の少女が僅かに震えている、そのまま抱き寄せ両手に力を込めるとその震えは更に増した。


『リリアの体……きっと完成させてね、それと……お母さんのお墓も建てて欲しいの』


「……ええ必ず、約束するわ」


 たった一人で母と妹を想い続けた少女の泣き声は、それが止む最後の一瞬まで私の心に深く刻まれた……。

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