第二十四話 不器用すぎた愛情
「……さん、ティスさん?」
「……えっ?」
自分でも驚く程間の抜けた声が出た、顔を上げると心配しているのか私を覗き込むようにエルマが目の前で体を傾けている。
「大丈夫ですか……? なんだか顔色が良くないようですし……気持ちは分かりますが、残念ながら彼女に僕達が出来る事は無いかと……」
「ねぇ……エルマ君、このメリエダって人急に静かになったけど……もしかして、息してないんじゃない?」
「えぇ!……そんなバカな、今の今まで話していたのに……いくらなんでも急すぎます!」
慌てた声を上げる二人の後ろから覗きこむとと雨の毒によって全身が錆に侵された女性は穏やかな表情で、ただ静かに眠っていた……どうやら本当にあの子が連れて行ってくれたらしい。
「……ナターシャ」
メリエダを見つめながら近くにいるであろう彼女の名を呼ぶが返事が無い、不思議に思い顔を上げるとナターシャは自らの頬に手を添えた姿勢のまま呆けていた……例え見えなくても、少女の想いはしっかりと彼女に伝わったようだ。
「ナターシャ」
「……っ! は、はい!……どうされましたか?」
再び声をかけると今度は気付いたようだ、慌ててこちらを向くとエルマ達が騒いでる事に気付きようやく状況を理解したようだ。
「悪いんだけど彼女の火葬を……頼めるかしら?」
「なるほど、ホムンクルス……ふふっ、いかにもヴィオレッタ様が考えそうな事です」
メリエダの火葬が済んだ後に自然とナターシャの部屋へと集まった際に開口一番、私は先程起きた出来事を包み隠さず全て話した……私がおかしくなったのではと言われるかとも思ったが、想定よりも遥かにすんなりと皆が私の話を受け入れてくれた。
「ナターシャ、ごめんなさい……私は貴方が知っているティス・ハーティルドールではないの……騙すような真似をして、本当にごめんなさい」
「……お姉ちゃん」
ナターシャに向き合い深く頭を下げる、名前は同じティスでも私は
リリアもそうだ、生まれつき体が弱かったというリリアと今私と一緒にいるリリアは全くの別人、少女よりも更に幼く自我も薄かったようだし私のようにリリアの前に元のリリアが現れるような事態は無いと思うが……それが良い事なのか悪い事なのか、もう私には分からない。
それにやっと分かった、何故時計屋は私達が彼女を母と呼ぶ事を嫌がったのか……それはそうだろう、偽者に母と呼ばれて嬉しい訳が無い。
深く俯き両手を固く握りしめ、胸の奥から湧き上がる重い闇に囚われかけた私の頬に何かが触れた、恐る恐る顔を上げるとヴェールを上げたナターシャが優しい笑顔を浮かべてこちらを見つめていた。
「何故騙すなどと仰られるのか、私には分かりません……だって貴方はティス様でしょう?」
「だ、だからそれは私じゃないのよ! その名前は本当はあの子につけられる筈の名でっ……私には、私の中には貴方と遊んだ記憶なんて無いのよ……!」
喉が枯れ、言葉が詰まる……行き場のない感情をただナターシャにぶつけている自分が心底嫌になる。
「……だとしてもどちらが偽者なんて事はあり得ません、私の中にいるティス様も……今こうして改めて出会えたティス様も、どちらもヴィオレッタ様によって生み出された実子である事に変わりありませんから」
「でも、でも……あの人は私達に母と呼ばれるのを嫌がったのよ!?」
それは気にしないようにしていたが私の中にずっと深く刺さっていた棘だった、最後まで私達に自分の事を母とは呼ばせなかった時計屋……その事実を証拠とばかりにナターシャに突き付けると彼女は驚いたように目を見開き……口元に手を当てて笑い始めてしまった。
「まぁ!……ふふ、やはりどこに行かれてもヴィオレッタ様はヴィオレッタ様ですね」
「な……なによ、何で笑ってるのよ……?」
クスクスと笑うナターシャの行動の意味が分からず目を白黒とさせている私に気が付くと何度か咳払いをして笑いを嚙み殺し、再びこちらに目を向けた。
「すみません……以前私からも誤解を生んでしまいますよ、と何度か忠告はしたのですが……」
「ど、どういう事ですかナターシャさん……?」
リリアが焦れたのか堪らず口を開いた、そんな私達の様子に小さく頷きもう一度謝罪の言葉を口にするとゆっくりと語り始めた。
「ヴィオレッタ様は本当に素晴らしい方です、聡明で先見の明があり……文字通り世界を引っ張るに相応しい方でしたが、人の親としては少々不器用な方でした」
「……不器用?」
「ええ、特に愛情を表現するのが不得手で……自分が遊びの相手をしても楽しませてあげられないと思い込んでいたようですね、ですので幼少期のティス様の相手は専ら私が……色々とティス様が不便なさらないように根回しはしていたようですが幼いティス様にそれが理解出来る筈もなく……更にはきっと恥ずかしかったのでしょう、自分の事は社長もしくは代表と呼ぶように……などと」
「じ、自分の事を社長と呼ばせていたんですか……?」
「はい、ふふっ……おかしいですよね? 会社へと赴く際なんて寂しそうなティス様の視線を背中で受けては魔導車の中で深くため息をついておられました。自室での電話中、我慢の限界を迎えられたティス様に飛びかかられて抱きつかれた時など、落とさないように必死で体を傾けながら私にすがるような視線を向けて……」
楽しそうに話すナターシャにとうとうエルマが理解できず回転し始めてしまった、いやそんな事よりも……それは不器用の一言で済ませていいものなのだろうか? 確かに地下でも時計屋は私に極端に触れようとしなかったが……まさか雨の毒でも何でもなく撫で方が分からないとかだったのだろうか?
「……こほん。そんな事もありティス様が面と向かってヴィオレッタ様を母と呼んだ事は殆ど無い筈です、私とお話する時はいつもお母さんと呼んでいましたけどね」
あの子は……子供が母親を名前呼びなんてしないと言っていたが、どう考えても役職で呼ぶ事の方が珍しい。
「……ですが間違いなくティス様とリリア様に対して深い愛情を持った方でした、特にリリア様がお生まれになられて……その身に重い障害を持っている事が分かってからは専用の施設を建てて事業の一部を停止させてまでリリア様の回復の為の研究に勤しんでおられましたから」
「時計屋が……私達の為に」
「はい、ですのでティス様もリリア様もご自分がホムンクルスだからなどと思う必要は全くございません……お二人共間違いなくヴィオレッタ様のご息女であり、ヴィオレッタ様もまた貴方がたを心から愛していた事はこのナターシャが強く保証致します!」
「わ、分かった!……分かったわよナターシャ。もう、そんなにストレートに言って恥ずかしくならないのかしら」
どうだとばかりに自らの胸を叩き、自信満々な表情を浮かべるナターシャにこっちが根負けしてしまった。ドールに年齢など無い筈だが……彼女に対しては不思議と姉のような感覚を抱いてしまう。
「ふふっ……でも嬉しいね、ありがとうナターシャさん!」
あれほど長く胸の中に湧き上がっていた闇がナターシャのストレートすぎる物言いにあっという間にどこかへ吹き飛ばされてしまった、照れ隠しに苦笑いする私に向けてナターシャがニコリと柔らかく笑うと部屋の更に奥へと続く扉に向けて手を差し出した。
「いえ、私も長く胸に秘めていた事をお伝え出来て本当に良かった……そろそろ夜動器へと切り替わる時間ですので探索は明日にしてどうぞ奥の部屋で休息なさってください、食事も後ほどご用意致します……とは言っても新鮮な食料は既に残っておりませんので缶詰などの保存食になってしまいますが……」
「……ねぇ、お姉ちゃん?」
腕を振るえず残念です、と肩を落とすナターシャを見たリリアが私に嬉しそうに話しかける……もちろんその意図は分かっている、笑みを浮かべて頷き返してナターシャの肩を軽くと私の意図が分からないのか不思議そうに首を傾げている。
「……ナターシャ? 実はここに来る途中で鮮度を保ったまま残っていた食料を回収したのよ、肉や野菜……それと調味料もいくつかあるんだけどそれで何か作れるかしら?」
最初こそ半信半疑といった様子の彼女にヘイズの回収箱の中に保存しておいた食料の数々を見せると目を輝かせて調理場へ運び、嬉しそうに調理を始めた……生き生きと調理場を駆け巡る彼女を席に座りながら眺め、一体何が出てくるのかと期待で胸を膨らませながら地上で初めて三人じゃない夜を過ごす事となった。
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