第五十二話 不機嫌なブロック・ゲーム
『破壊するのは少々躊躇われるのですが……如何致しましょう?』
『……そうねぇ』
これがただの無機質なゲートであったなら彼女も破壊を躊躇う事は無かっただろう、だが実際に私達の前に現れたこれは明らかに
『わわわ……何ですか、何ですか! 何をしたんですかティスさん!』
『わ、私は何もしてないわよ!』
途端にエルマが慌てだすが震動は止む事無くむしろ更に強まっていく一方だ、ゲートの光がやや強くなり……やがてゆっくりと開き始めた。
『ティス様! 上です!』
開き始めたゲートに意識を奪われていると不意に大声を出したナターシャが勢いをつけて泳ぎ、私の頭上をブレードで薙ぎ払った! 青く光る刃の軌道を目で追いながら見上げると、私よりも何倍も大きな石材ブロックが真っ二つになって私の脇を抜けて落ちていくところだった。
『天井が脆くなっているようです、危険ですのでティス様は急いでゲートの奥へ!』
最初の一つを皮切りに次々に天井の石材が落ちてくる、それらを薙ぎ払いながら叫ぶナターシャと僅かに開いたゲートを見比べる……今もなお開き続けているが、速度が遅すぎてまだ私もナターシャも通れるような余裕は無い……それに比べて僅かに均衡を保っていたバランスが崩壊したのか天井が崩れる速度はどんどんと早くなっていく。
『駄目、まだ通れる広さじゃない……! 気を付けて、潰されたら私達でもただじゃ済まないわよ!』
この状況はかなり危険だ、石材全てが私達の方に降って来るなら対応のしようもあるが関係ない落下にまで気を配る必要があるとなると集中力の消耗がどうしても激しくなってしまう……加えてこの部屋の広さだ、出来れば破壊したくはなかったが……こうなっては仕方ない。
『構わないわナターシャ! ゲートを破壊して!』
『はいっ……!』
彼女も考えを切り替えたのか今度は躊躇う素振りも無くゲートまで速度をつけて一直線に泳ぐと両手を振りかぶり、二対のブレードでゲートを思い切り薙ぎ払った!
『……!?』
だが次に聞こえてきたのはゲートの破壊音ではなくナターシャの息を呑む音だった、ゲートの損傷は表面に二本の浅い傷がついた程度で破壊するには程遠く、頑丈さを理解するのにこれほど分かりやすい事もない。
『嘘でしょ……まさかこのゲート全体が魔導板なの……?』
このゲートの発する青い光がリリアのものとそっくりだという事に何故気がつけなかったのか、魔導板の耐久性は石や金属とは比べ物にならない……さすがにこのサイズともなると純粋な魔導石では無いだろうが、それでもナターシャのブレードでは斬れなかったのだから蹴り壊そうなど試すだけ時間の無駄だ。
その時上方から強い振動を感じた、天井を見上げるとナターシャの頭上から他のものよりも一回り大きな石材が落下するところだった。
『避けてナターシャ!』
だが破壊に失敗したのが余程ショックだったのか、私の声が届いている筈なのに既に消失したブレードを振り抜いた姿勢のまま微動だにしない。
『ナターシャ!……ああもう!』
『っ……ティ、ティス様!? 私は一体……』
『無事ね? 良かった……とにかくここはもう危険よナターシャ、ゲートが開くまで一旦昇降路の方まで避難しましょう!』
『わ、分かりました……先導します!』
手足のワイヤーを解くと即座に体を反転させ入口の方へと泳ぎ出した、どうやらもう心配無さそうだ。
「お姉ちゃん、入口が!」
「入口が埋まっちゃってますよぉ!」
惨状に気付いたリリアとエルマが悲鳴を上げた、確かに私達が入ってきた入口は積み上がった石材で埋まってしまっている……がこんな事は想定内だ。
『ナターシャ!』
『お任せ下さい!』
再び勢いをつけて飛び出したナターシャが積み上がった石材を一薙ぎで両断すると、叩き斬られた無数の石片がすぐには沈まず進路を塞いでいく……次は私の番だ。
『お見事!……それっ!』
両断されてもなお石材達はそれなりに質量を持っている、これらに再び道を塞がれては本末転倒だ……軽くなった石材に次々雷鋼線を突き立て、進行方向とは関係ない両端に次々に投げ捨てていく。
『ティス様、道が開通しました!』
『さぁ脱出よ!』
ナターシャに向けてワイヤーを伸ばすと先端をキャッチして勢いよく引き寄せてくれた、そのまま順番に隙間を抜けて昇降路へと脱出する。
私達が出てからも震動は続き尚も石材が落下し続けたようだが更に数十秒後も経つと震動が止み、再び静寂が辺りを包み込んだ。
『……終わった、んですかね?』
『多分ね……はぁー、一時はどうなる事かと思ったわ』
つとめて何でもない事のように言い放ってみたがナターシャの表情は暗い、エルマと顔を合わせて肩をすくめると彼女の隣まで移動し肩を優しく叩いた。
『……申し訳ありません、まさかあそこまで強固な材質で作られているとは……』
『気にする事無いわ、時計屋が作った物である事を想定してなかった私が悪いのよ……一体何を使ったんだか、多分普通の魔導板よりも硬いわよあれ』
「そうです、それにティスさんを助けてくれましたし……むしろ僕達はお礼を言うべき立場だと思います!」
「エルマ君の言う通りだよ、ありがとうナターシャさん!」
『リリア様……エルマさん』
暗い瞳に幾分か光が戻ったのを確認すると再び入口の隙間から通路を覗き込む……また石材で塞がれていたら面倒だったが、どうやらその心配は無さそうだ。
『さ……行きましょうナターシャ、石に潰されるのもこんな汚い水の中で溺れるのも御免だしね』
手を取り瞳を見つめながら問い掛ける……しばらく私を見つめ返したその瞳にゆっくりと力強い意志が戻り、しっかりと頷き返してくれた。
『……かしこまりました、今度こそしっかりとお守り致します!』
別に彼女の守護能力が不足だと言ったつもりは無いのだが……どうやら彼女はある種の完璧主義なのかもしれない。
『進行に問題は無さそうですティス様、どうぞこちらへ!』
完全に守られる立場である事に不満が無いと言えば嘘になるのだが……だがまぁ野暮な事を言うものではないと思い直して返事を返すと、再び入口の隙間を抜けて所々に石材の積み上がる通路を泳ぎ始めた。
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