第五十話 水没施設と回刺剣
「これはまた……随分と派手に崩れたものねぇ」
だがその下へと伸びる階段も途中から完全に水没しており、しかも水に溶けた何かの薬液の影響か水が深い緑色に変色し視界の不明瞭さに拍車をかけている。
「水の色に関しては溶けだした薬品や薬剤の影響ですが……水質に関しては私達であれば問題はありません、ですが見ての通り視界が悪く予測のつかない危険性の存在は無視できません」
「なるほど……ねっ!」
「昇降機の場所は分かったわ……あのホールから先はどんな構造になっているの?」
ワイヤーを回収しながらナターシャの方を向くと口に手を当てて驚いていた、こう素直に驚いてくれると心地が良いというものだ。
「……驚きました、ああすみません……ええと、昇降機の深さは約四十メートル程の深さになっています。そこから約十五メートル程の通路を進むとゲートがあり、その先の階段を上ると緋水の樹のあるエリアへと出ます」
「ゲート? それってまだ機能しているの?」
「いえ……例え稼働していても私のライセンスではそもそも開く事は出来ません、ですがゲートは幸い厚さ十センチ程の金属製なので破壊可能です」
しれっととんでもない事を言うナターシャにあんぐりと口を開くと、心底不思議とでも言わんばかりに首を傾げてみせた……やはり彼女は間違いなく
「……悪いけど私の雷鋼線は電熱よ? 破壊は出来るでしょうけど、放電で貴方も感電してしまうわ」
「お任せ下さい、扉の破壊は私が担当します! ティス様に脚を直して頂いたお陰で魔力の巡りも良く、私の
私達から数歩離れると両手を広げたナターシャの手先から二対の青いブレードが飛び出した、確かに彼女の言う通り以前よりも空気を震わせる音がよく響いている気がする。
「頼もしいわね……というかそれ、そんな名前だったのね」
「はい、言ってませんでしたか?」
ブレードをしまいナターシャが嬉しそうにニコリと笑った……ヴェールで顔など隠さず、いつもそうやって無邪気に笑っていれば可愛らしいのだが。
「初耳よ、あと残る問題は酸素ね……素潜りじゃ私は十分程度しか息を止められないもの、四十メートルを潜って途中にある昇降機を破壊して通路を進んでナターシャのゲートの破壊を待って……ううん、やっぱりちょっと不安ね」
思考の柔軟性を維持する為にホムンクルスの脳は基本的に生体パーツにかなり近いものを使用している、故にあまり長い時間酸素の供給が止まるのは記憶や思考に一時的な障害が起きてしまう……出来ればそんな事態は避けたい。
「確かにそうですね……水圧などはどうなのでしょう?」
「それは問題無いわ、外部からの影響にはとことん強いのよこの体って」
「なるほど……でしたら良い物があります、取って来ますので少々お待ち頂けますか?」
「構わないけど……手伝いましょうか?」
「いえ、ティス様のお手を煩わせてしまう訳には参りませんので……すぐに戻ります」
更に私が何かと言う前に会釈をすると凄い勢いで走り去ってしまった、何を持ってくるのか分からないがあの勢いなら確かにすぐだろう。
「……行っちゃいましたね」
「ところでお姉ちゃん、私は見た事が無いんだけど……お姉ちゃんは泳げるの?」
「まさか、ズーラの貯水湖は進入禁止だし泳いだ事は無いわ……でも潜るだけでしょう? それなら電熱無しの雷鋼線を壁に突き刺して自分自身を引き込んで行けば簡単に潜れるじゃない」
「……あぁー」
握り拳を作りガッツポーズしてみせるとエルマとリリアが同時に小さく声を漏らした……何か変な事を言っただろうか?
「お待たせしました、こちらをお使いください!」
数分後……戻ってきたナターシャの手には擦り硝子で出来た細長いケースが握られていた、薄ぼんやりと内部に細長い何かが八つ程並んでいるのが見える。
ケースを受け取り蓋を開くと中には青いカプセルのようなものが並んでいた、カプセルといっても長さはおよそ七から八センチ程ありこれを飲み込むのは至難の業だろう。
「……これは?」
「呼吸困難などの自発呼吸が難しい患者用の呼吸補助器具でピラートといいます、軽く咥えて頂くと唾液と反応して口部に接着するのでそのまま呼吸して頂ければ本来の使用方法とは異なりますが、水中でも呼吸が可能になります」
「こんな小さなカプセルにそんな機能があるの?……地上の技術って本当に凄かったのねぇ」
「ふふっ……はい、本来は体内の二酸化炭素をはじめとした廃棄気体を吸い上げて酸素や鎮痛効果のある気体に変換して呼吸器系に送り込むものですが、ティス様は自発呼吸が出来るので気体の変換機能だけを使用します、一つにつき三時間は呼吸可能になるのでこれで移動中は問題無いかと」
「……ホント私の知らない物ばかりね、これが終わればゆっくり出来そうだし他にも色々教えてくれるかしら?」
「っ……はい、勿論です!」
どこかに引っ掛けても面倒だと自らの長い髪を適当な紐で束ねながら問い掛けるとナターシャが嬉しそうに頷いた、リリアの固定具の具合を確かめ……エルマに頷いてみせる。
「中は暗いわ、私も小型の魔石灯はあるけどこれだけじゃあ心許無いから視界の確保は任せたわよ?」
「まっかせてください! しっかり照らしてみせますよ!」
「……エルマ、さんも同行するのですか? 水中での活動が可能なようには見えませんが……」
「まぁ水中での活動が可能かはちょっと分からないけど……耐久に関しては問題無いわ、時計屋からの指示で耐久性に関してはかなり丈夫に仕上げてあるもの」
左腕を差し出すとそこにエルマのアームが巻き付いた、指示を出さずとも少しアームに余裕を持たせてあらゆる方向に魔石灯を向けられるようにしたようだ……その事を褒めながら軽く撫でてやると、ナターシャの口が僅かにきつく結ばれたのが見えた……後で何か理由をつけて彼女の事も慰めてあげるべきか。
「……かしこまりました、確認ですがリリア様も平気ですか?」
「うん、どこにだって付いて行くって決めたもん!」
諦めたように少し肩を落としながら頷くナターシャを見ながら酸素カプセル……ピラート? だったか? を咥えた。
するとすぐに口元が覆われるようにピラートが吸着し、そのまま呼吸すると明らかに周囲のものとは違う気体が私の中を循環し始めた、口に何かが付いているという違和感はあるがそれ以外特に不快感などは感じない。
だが声を出して喋るのは難しそうだ……手を上げて手のひらをナターシャに向けると間を空けずに彼女も自らの手のひらを私に重ねた、すると私達の手の間が一瞬青く光り彼女の存在をより近く感じる事が出来るようになった……情報同期による魔力通信の回線を繋いだのだ、この方が遠隔で無い分安定感もあるし通信に使用する魔力の消費も少なく済む。
『貴方をより近くに感じるわナターシャ……少しは機嫌直してくれた?』
『……何の事でしょう? 私は元よりそんな小さなドールと張り合ってなどいませんが』
『あら、エルマの事だなんて私言ったかしら?』
わざとらしく顔を背けるナターシャだったがすぐに顔を戻した彼女と視線が合いクスクスと笑い合った、だが一方でエルマは不満そうだ。
『……あのー? 僕にも聞こえてるって分かって言ってますよね?』
『あぁ失礼、小さくて気が付きませんでした』
ナターシャがクスリと笑い真っ先に水に飛び込んでしまった、浮き上がってきた彼女は水面に浮かんだ小さな器具などを薙ぎ払い私が飛び込むスペースを作ってくれているようだ。
『ティスさぁん!』
『ま、まぁまぁ……彼女も悪気……はあると思うけど、別に嫌ってはいない筈だから……ね?』
双方の機嫌を取るのは不可能だと判断した私は適当なところで会話を切り上げて階段の手すりに飛び乗ると、そのまま勢いよく水に飛び込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます