第三話 体の無い妹

 私の家は時計屋クロッカーの家のように木を組み上げて作られたものではなく、汚染

窟へと続く坑道の一部を改造して作った洞穴にある。

 古い金属板などで壁や天井を補強しているので時計屋の家のように温かみは無いが私はこの無機質な雰囲気も気に入っている、この家が完成した時に一度だけ時計屋を招いた事があるのだがその時に彼女はこの家の事を『まるで秘密基地のようだ』と言っていた、意味はよく分からないが語感は何となく気に入っている。


「ただいま、リリアー?」


「お姉ちゃん!? 遅かったけど、何かあったの!?」


 金属製の扉を開き、すぐ脇にある設置型魔石灯の電源を入れながら中で待っているであろう妹の名前を口にするとすぐに焦ったような声が飛んできた、やはり心配させてしまったようだ。


「いやー……まぁちょっと、ね」


「なーにがちょっとですか! 聞いてくださいよリリアさん、ティスさんってば僕の制止も聞かずに群生していた氷柱ベリーの採取に夢中になって、挙句の果てには道に迷っちゃったんですよ!」


「あ、こらエルマ!」


 私が止めるのも聞かずにエルマがリリアのいる奥の部屋へと飛んで行ってしまった、制止を聞かないのはお互い様ではないのだろうか……。


「……お姉ちゃん、こっちに来て私に顔を見せて」


「……はーい」


 採集用鞄から取り出した金属ポットの中に溜めた水を玄関脇に設置してある縦長の浄化水槽に移そうとして……再び蓋を閉める、どうやらお説教が先のようだ。

 玄関から短い廊下を横に抜けた一つ奥の部屋は食事をとるスペースになっている、部屋の中央に鎮座する金属製のテーブルにはリリアの選んだ大きめの布がかかっており、椅子は向かい合わせに二人分用意してある。

 そんな部屋を一望出来る少し高い位置にある台の上には金属を組み合わせて作ったアームが設置してあり、アームの先端には魔導板……魔導石を加工して作った一枚の板が固定されている。


「怪我はしてない? 後ろも向いてみて」


「はいはい……これでいい?」


 淡い青色に光る魔導板から発せられる声にため息をついて心配性な妹の為に背を向ける……そう、彼女には肉体が無い。

 私もリリアも時計屋によって作られた同じ第二世代のホムンクルスだが、右腕と両足の欠損で済んだ私と違って彼女の肉体は全損……つまりは生成に失敗したのだ、だがせっかく出来た妹がそのまま消滅する事に耐えられなかった私と時計屋は目覚めたばかりの彼女の魂だけをこの魔導板に移し、今の状態で生き長らえさせている。

 リリアに背を向けると無意識に更に奥に通じる通路の方に視線が向いた、突き当りの扉を抜けると私の作業場に繋がっており、ここよりも更に無機質な道具や素材が四方に積み上げられたあの部屋の中央に置かれた人一人分が余裕で横になれる台座の上には作りかけの魔導義肢……つまりは製作中のリリアの肉体の一部が保管してある。


「……お姉ちゃん、聞いてる?」


「……え? ああごめんなさい、何?」


「エルマ君から聞いたけど、鉄の扉を蹴破ったって本当? 足は大丈夫なの?」


 心配するようなリリアの言葉にエルマをジトリと睨みつける、探索におけるサポートなどで優秀なのは認めるがリリアに対して少し口が軽いのは彼の欠点の一つだと言わざるを得ない。


「大丈夫よ、排熱も済んだし皮膚も再生済みだしね」


 私の言葉を裏付けるように少し浮かせた右足をヒラヒラと振ってみせる、少し裂けた人工皮膚は元通りくっついているし駆動状態も良好、短時間で何枚もあの強度の扉を蹴破ったなら少しぐらい影響が出るかもしれないがこの体は時計屋が作り上げたものなのだ……多少の無茶でどうこうなるほどヤワじゃあない。


「そう……それならいいけど、あんまり無茶ばかりしちゃ嫌だよ?」


「ええ、気を付けるわ……さて隊長殿? お姉ちゃんはお腹が空いたんだけど食事の許可はもらえますでしょーか?」


 その言葉に一瞬間があったがすぐにクスクスという彼女の笑い声に合わせて魔導板が明滅する、魂だけの存在とはいえちゃんとそこにリリアがいるのだと思うと自然と胸の奥から嬉しさが湧き上がってくる。


「ふふっ……許可します、ただし栄養があって美味しい物を食べる事……適当に済ませちゃダメだからね?」


「ふむ、となるとやっぱり肉ね……冷凍していた菌糸蝙蝠きんしこうもりの肉がまだあった筈だし……ああ、そういえば品質の良い氷柱ベリーも手に入ったからそれでソースを作ろうかしら」


「わぁ美味しそう! 私もいつかお姉ちゃんの料理が食べてみたいなぁ」


 そんな何気ないリリアの言葉に製作以来使われていない椅子の方へと目が向く、近い将来そこで私達二人が食事をしている光景が目に浮かぶようだ。


「ええ、いずれ必ず食べさせてあげるわよ……エルマ! 告げ口の罰として金属ポットの水を全部浄化水槽に移しておいて!」


「ひぇぇ……あれ結構重いんですよー……?」


「ぐちぐち言わない、男の子でしょう?」


「それは僕の音声データが幼年期の男性の声なだけで、僕自身に性別なんて無いですよー!」


 泣き言を言いながらも入口に置いたままになっている金属ポットの方へと飛んでいくエルマを二人で笑いながら見送る……さて、私も料理の仕込みをしなければ。


「お姉ちゃん」


「ん? どうしたの?」


 調理器具を取り出そうと棚を開けた私にリリアが声をかけた、少しトーンの落ちた声に思わず手が止まる。


「ううん、おかえりなさいって言いたかったの……おかえりなさい、お姉ちゃん」


「……ええ! ただいま、リリア」


 その後、食事をとりながら今日あった出来事を沢山話した。

 私が自慢げに身振りを交えて話をしてリリアがそれを聞いて笑い、エルマが呆れる……そんな温かいこの時間が私はこの地下都市で過ごす時間の中で一番大好きだ。




「……ん」


 薄暗い部屋の小さなベッドの上でゆっくりと瞼を開く、のっそりと体を起こして頭を掻きながら乱れた髪を手櫛でさっとなおす……仮眠のつもりだったが、どうやらかなり寝てしまったようだ。


「くぁ、あぁ……」


 あくびをしながら体を伸ばして私の体の僅かな人間の部分のコリをほぐす、生の肉体というのは不便な面も多く魔導義肢に比べて利便性も低いが……やはり馴染むのだろうか? 愛着のようなものが沸いてくる、他にも理由はあるが私が体を完全に魔導義肢化しないのはその点が大きい。


「……よし!」


 頭を振って気合をいれるとベッドから立ち上がり部屋を出る、向かう先は例の作業場だ。


「お姉ちゃん」


 食卓を抜ける際にリリアに声をかけられた、魔導板の光が弱かったので寝ているのかと思っていたがどうやらまだ起きていたようだ。


「ごめん、起こした?」


「ううん、大丈夫……作業場に行くんだよね? 私も連れて行ってくれない?」


「別にいいけど……物好きねぇ、面白いものなんて無いでしょうに」


「だってお姉ちゃんが作業してるの見るの好きなんだもん!……ふふっ」


 可愛らしく妹に甘えられては姉として拒否など出来る筈もない、手を伸ばしアームから魔導板を外すと彼女自身を落とさないように気を付けながらそっと拾い上げる……魔導板自体はかなり丈夫だが、これはもう気持ちの問題だ。


「よ……っと」


 金属の擦れる甲高く耳障りな音を立てながら扉を開き灯りを点けるとひんやりとした空気が流れ込み、金属素材や魔導石の入った箱が乱雑に並ぶお世辞にも綺麗とは言えない部屋が照らし出された。


「……それじゃあ、ここで見ていてくれる?」


「はーい」


 入口のすぐ脇の棚に設置されたアームに再び彼女を固定すると、部屋の中央に置かれた台座の前に立つ。

 周囲と比べて器具が綺麗に整頓された台座には大きな白い無地の布がかけられている、台座の脇にも設置された小型の魔石灯を点け台座の布を取り去ると作りかけのリリアの体が姿を現した、とはいっても両足と作りかけの右腕だけが冷たい台座の上に置かれた背の低い特殊な水槽の中に沈んでおり肉体というには未だ程遠い。


「……うん、人工皮膚に異常は無いみたいね」


 魔石灯にそれぞれのパーツを照らしながら念入りに異常が無いかチェックする……製作作業に入る前にしなければならない最初の作業だ、私の体にも使われている人工皮膚は突然変異した植物の樹液と土に混ざる特殊な粘菌、そして粉末化した魔導石から出来ており完全な無機物ではなくどちらかといえば有機物に近い。

 私のように常に全身に魔力の帯びた動力液が流れている状態なら平気だが、稼働前の魔導義肢は今のように魔導石を溶かし込んだ溶液に浸けておかなければすぐに駄目になって……つまり腐ってしまう。

 この溶液に浸けていても絶対に腐らないという訳では無い、小さな腐敗でもすぐに広がってしまうのでこのチェックは毎回欠かさず行わなければならないのだ。


「ふふ、まるでお姉ちゃんに体を洗われているみたい」


「……あなたねぇ、これも大事な作業なのよ?」


 持ち上げた右足を軽く指で押し込みながら隅々までチェックしていると背後でリリアがクスクスと笑う声が聞こえた、まぁ確かに溶液を落としながら足に指を這わせている姿は洗っているように見えなくもないかもしれない。


「分かってるよ、でもその足はまだ私の足じゃないけど……お姉ちゃんの愛情を感じるなーって」


「……当然よ、愛してるもの」


 再び足に目を向けて作業を再開する、静かになってしまったリリアの視線の刺さる背が少し熱い気がする……何を言われるか分かったものでは無いので無理矢理作業に集中し、溶液の滴り落ちる水音だけが部屋に響いていた。

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