第十九話 魔導薬研究所

 上層は中層以下と比べると格段に規模が広く、また周囲の雰囲気も大きく変化していた。

 雑多で継ぎ接ぎだらけの街という印象を受けた下と比べると背の高い建物や随所に建っている用途の分からない塔、そしてその間を血管のように縫って伸びている道すら何かちゃんとした意味があるように思えてくる。

 そして何より……ここからは空がよく見える、まっすぐに伸びた肋骨の骨の間に透明な膜が張ったような形状の屋根が覆い被さる道を走りながら空を見上げると殆ど遮られていないまっすぐな光が目に刺さり、思わず目を細める……懐かしい痛みだ、地上に出た最初の日を思い出す。

 中層に比べるとこちらの方が雨の影響を受けている筈なのに滅んでいるという印象をあまり受けないのはやはりこの規模のせいだろうか、周囲をよく見れば半壊した建物やすっかり植物の蔦が絡みついている建物もあるが……それでも『死んでいる』という雰囲気ではない。

 上層という街全体が一つの生き物のようであり、また上層が生きる上で人間の存在を段々と必要としなくなっている……というのはあまりに飛躍し過ぎているか、口にするのは止めておいた方がよさそうだ。


「ふわぁ……たっかーい!」


「あ、あんまり端に行かないでくださいねティスさん! この辺りは風が強いみたいですし!」


「分かってるわよ、それにしてもどこがどこやら……」


 しばらくヘイズを走らせた私達は道中で見つけた高台の頂上にまで上っていた、先端が突き出た楕円形と形は妙だが見渡すにはちょうどいい。

 ヘイズから降り、容赦なく吹き付ける風に髪を乱しながらギリギリまで端による……思わず目が眩みそうな高さだが、中層で立ち寄った家から拝借した本に描いてある地図と周囲の景色を見比べてみる。


「ここが……あれ、かしら? ああもう、どこもかしこも似たような建物ばっかりね……」


 中層や下層では建物や道路の脇に目的や扱っている商品の種類をそのまま書いたような看板が多く建っていたので大雑把にどういう店なのか理解は出来たが、この辺りの建物には看板など無くあるのはせいぜい道路標識ぐらいなので分かりにくいったらない……ここに住む住人はどうやって日々の生活を送っていたのだろう?


「エルマ、分かる?」


「少し待ってくださいね……恐らくですがこの上層はエリアごとに区切られているみたいですね、ほら……あそこの塔とあっちの塔が見えますか? あの二つは多分同じものだと思うんです」


 エルマが二本のアームを伸ばして二つの箇所を指し示す……が私は彼ほど目が良い訳では無い、腰に手を当てながら前のめりに見つめ……ようやく見つける事が出来た、確かにパッと見た印象では同じ塔に見えるかもしれない。


「確かに同じ……かしら? リリア、分かる?」


「なんとなく……? でも言われてみればここって似たような鉄板を向きを変えて張り付けたみたいな場所だね」


「そうなんですよね、だからこの本に描かれているエリアの特徴をピックアップして照らし合わせると……一番近いのはあそこだと思うんです、あの四方を壁に囲まれたエリアが見えますか?」


「四方に壁……あー……あれ?」


 うっすらと見えた方向を指差すとエルマが頷いた、ここまでの道中でも柱に囲まれていたり天井が覆われた道路を通ってきたので違和感が無かったが確かに白く高い壁に囲まれたエリアがある、中の様子は分からないがあれなら遠目でも見失う事は無さそうだ。


「よし、そうと決まれば早速行きましょう……エルマ、念の為座標を覚えておいてくれる?」


「任せてくださいっ!」




「そういえばティスさん、研究所に行く目的はやっぱり魔導石ですか?」


 高台から眺めた時は目的のエリアまでさほど距離は無いように見えたが走行を再開してみると道が入り組んでいるせいでちっとも進んでいる気がしない、思ったよりも大変そうだと陽動器が沈む時間を危惧していると不意に投げかけられたエルマの問いに視線を彼に向けて少し下げる。


「んー? もちろん魔導石の回収もそうだけど、研究所程の大きな施設なら純水があるかもしれないのよ」


「純水……ですか?」


「ええ、不純物の殆ど無い水の事でね? 魔導義肢を保存する液体の材料になるのよ……魔導石があれば精製出来るけど、今は少しでも魔導石は義肢の方に回したいじゃない?」


「あれの事だね、お姉ちゃん」


 物知り顔でこちらを向いたリリアに思わず口の端が上がりながら頷いてみせる、つい最近保存液に浸けた彼女の手足候補を見せたばかりなので記憶に新しい筈だ、あの時の保存液は魔導石を用いて作った人口の純水なので研究所とやらに本物の純水があれば地下で作ったものよりも更に品質の良い保存液を作る事が出来る。



 様々な雑談に花を咲かせていると気が付いた頃には大きな壁へと抜ける一本道に乗っていた、見上げる程に巨大な壁……道の先にはゲートがあるが、壊れているのか半分程開いたままになっている。

 ヘイズのスピードを下げながらゲートを抜けた先には……白い箱が立ち並んでいた、一言に箱といっても形は様々で歪にくっつけたような形のものもあれば綺麗に整えられたものや楕円形ものもあり、且つ無機質かと思えば花や植物で彩られたものも多くあり一目で多くの人々がここで生活していた家なのだと分かる。


「どうやら居住区のようですね……変わった形の家ですけど」


「穴倉暮らしの私達が言えた事じゃないでしょ、それより生存者の気配はいそう?」


「……いいえ、広すぎるので断言は出来ませんが確認出来る範囲での生体電気は感知出来ません」


「そ……残念、それで? 研究所はどっち?」


 エルマの案内で道を抜けた先にあったのは金属製の高い塀と特徴的過ぎる程に高い煙突の伸びた施設だった、それらの特徴も本で見た研究所のものと一致する。

 スピードを落として周囲を走りながら塀を見上げてみるが殆ど崩壊した様子が無い、これまで見た建物とは材質そのものが違うようだ。


「なんていうか……思ったよりも物々しい施設だね、お姉ちゃん」


「ホントね……医療施設というよりはどちらかというと機密施設寄りだったのかもしれないわね、見てよこの頑丈さ……一体何で出来てるのかしら?」


 試しにとヘイズから降りて塀を軽く叩いてみる……殆ど音が響かず密度の高い金属で出来ているのが分かる、破壊はまず無理だろう。

 強引な侵入は一旦諦めて入口を探そうと大きなその施設の周りをぐるりと一周するが、塀の切れ目がどこにも見当たらない。


「……ああもうなんなのよここ! どこから入れって言うの!」


「お、落ち着いてお姉ちゃん……」


 耐え切れず大きな声を上げてしまった、しかし塀全体が黒塗りな事もあってか切れ目のようなものも全く見えない……ここの使用者は一体どこから入っていたのだろう? 試しにと再びヘイズを停車させると地面に落ちていた何かの破片を拾い上げて塀の上を見上げる。


「……それっ!」


 思いきり振りかぶり破片が塀を超えるように投げ飛ばす、目測通り弧を描いて塀を超えた破片は地面と衝突したのだろう小さな破砕音を一つ上げた。


「塀に罠などの装置は無し……警備用のドールなんかがあるかとも思ったけど、それも無さそうね」


「リリアさん、あの発言ってつまりそういう事ですよね?」


「そうだと思う、お姉ちゃんって地上に出てからどんどん強引になっちゃったよね」


「ええホントに、汚染窟を探索していた頃の方がまだ可愛げがあったと思います」


 まだ何も言っていないのに散々な言われようだ……まぁ二人の言う通りなのだから反論の余地は無いのだが。


「……可愛げが無くて悪かったわねエルマー?」


「ヒエッ」


 覗き込むようにエルマを睨みつけると飛び上がって驚いていた、実際問題こっちに来てからというもの飛んだり跳ねたり激しい動きばかりしているのだし、ヘイズに彼用の固定具のようなものを作った方がいいかもしれない。


「ま、それは今度やるとして……準備はいい、エルマ?」


「……もし落ちたら助けてくれます?」


「落ちたらね、瞬脚ブリンク!」


 三つの車輪に搭載されている魔導石の魔力を瞬間的に異常稼働させ、一気に空高く飛び上がる。


「わわわわ、飛びすぎじゃないですかぁ!?」


「何言ってるのよこのぐらいで、それより……」


 上手く飛べたし塀の向こう側を覗き見る限り着地の妨げになるものは無さそうだ……これならいける、大きく塀を飛び越えた私達はそのままの勢いで地面に着地すると周囲に凄まじい衝撃波が起こり、壁沿いに並べてあったのだろう枯れた植物の入ったプランターが次々に吹き飛ばされていった。


「っつう……浮遊してるとはいえ意外と衝撃あるのねぇ……座席の改造が必要かしら?」


 特に背骨や腰への衝撃が凄かった……次は何か衝撃を殺す装置か何かを設置してから飛ぶとしよう、ここまでの道のりで随分と消耗してしまったヘイズはここに停車して魔力の回復に専念してもらうとして、私達は研究所内の探索をする為に装備の装着を開始する事にした。


「ここはどうやら複数の建物が通路で連結してるみたいですね……どの建物から回りましょう?」


「そうねぇ……大型の設備型ドールが多そうな研究所辺りに行きたいのだけれど……ああ、あそこに立ってる金属板に書いてるんじゃない?」


 飛び込んだ目の前の建物がその研究所だといいのだが……そう思いながら立てられた金属製の板の文字をなぞる……が、今までのように私の分かる文字に変換がされない。


「……ん? ねぇエルマ、この文字の翻訳が出来ないんだけど……原因分かるかしら?」


「ちょっと見せてくださいね……ふむぅ?」


 エルマが文字の調査を始めたので手持ち無沙汰になった私は日の光を片手で遮りながら眼前にそびえ立つ建物を見上げた……ざっと眺めて受けた印象は、建物というのはここまで面白味を無くせるものなのかというものだった。

 真っ白な外壁に等間隔で並ぶ窓ガラス、太く背の低い円柱状のその建物は少し眺めただけでも分かるぐらいに無機質すぎる。


「なんか……怖い建物だね、お姉ちゃん」


「そうねぇ……きっと娯楽に興味が無い人達が働いていたんでしょう、必要な物を取ったらすぐに出るから……少しだけ我慢できる?」


「うん……頑張る」


「偉いわ、リリア」


 私だってこんな辛気臭い場所に長居などしたくない、ここに留まるぐらいならあの埃っぽい家の方が何倍もマシだというものだ。


「分かりましたよティスさん、この文字列はいくつかの言語を混ぜて表記しているみたいです……セキュリティの面での対策でしょうか?」


「面倒そうね……解析にはどのくらいかかりそう?」


「一時間程もらえたら出来るかと、パターンは記録したので探索を始めてしまいましょう」


「了解よ、解析の方は任せたわ」


 返事を返しながらガスマスクを装着する……一時間か、まだ日も高いし探索に二・三時間かかったとしても今夜の寝床を探す時間はあるだろう。


「ティスさん、ここは民家と違って様々な薬品などが保管されているであろう事が予測されます、くれぐれも……」


「分かってるわよ、むやみに破壊したりはしないってば」


「……今の言葉、どのくらい信用できると思います? リリアさん」


「うーん……鍵が故障でもして開かない扉を見つけちゃうまで、かな?」


「そこ、うるさいわよ!」


 いつの間に私の信頼度はそこまで落ちたのか……失礼な二人に軽く腹を立てながら目の前の施設の中へと歩を進めた。

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