第三十話 その手を重ねて
……これは一体どういう事なのか、完全に予測が外れてしまった……私の目的はティス様を危険な最上層へ行かせないようにする事、もしくは私の戦闘技術や経験を少しでも身に着けて頂いてから向かってもらうつもりだったが……反射的にとはいえ反撃してしまい、ましてやブレードを抜いてしまった今では言い訳にもならない。
そんな事を考えながら右腕を振り下ろす……が、すでにそこにティス様の姿は無く即座飛んでくる右側から素早い蹴り……回避する事も可能だが……。
「ぐっ……!」
右腕を盾にして顔を庇うように構えると即座にそこに強烈な蹴りが叩き込まれた、ビリビリと腕全体が痺れるような感覚と凄まじい衝撃が全身に走る……こんな展開、本当に誤算としかいいようがない。
終始ギリギリでの回避を繰り返せばいずれ諦めると思っていた、しかし一向にそんな雰囲気が無かったので心苦しさに耐えながら一撃を与え、今度こそ諦めて頂ける筈だと……それがどうだ、私の予測は悉く外れ、あまつさえ私がわざとギリギリで回避している事にも気付かれてしまったらしい……回避演算に休息を与えない為に絶え間ない連続攻撃に切り替え、更には暗器を用いた奇襲でとうとう先に傷をつけられてしまった……荒い部分はあるとはいえティス様の戦闘技術は完全に実戦に耐えうるものだと言わざるを得ず、油断していたのも侮っていたのも私の落ち度。
幼かったあの時、足もろくに上がらず一緒に練習していた頃とはまるで違う……その体から繰り出す一撃一撃がどうしようもなく正しく、そして鋭い『自分の体を理解している動き』だと私の鈍い体がようやく理解する。
凡夫でも鍛錬を積めばある程度の形にはなる……しかしそれでは到底達人には成り得ない、その大きな壁こそが自分の体に対する理解力なのだがティス様の動きは本当に素晴らしく、また美しい。
ホムンクルスとしての性能という点もあるのだろうが地下で目覚められてからもしっかりと鍛錬していた事に加え、柔軟な戦闘スタイルは天性の才能なのだろう……先程の蹴りの衝撃のお陰だろうか、古く錆び付いた全身が喜びで震えているのを感じる。
「っとに、いい加減当たりなさいよ!」
「いえいえ……私のように華奢なボディではそんなにも強力な蹴りを何度も受ける事は出来ませんよ」
「降参しろって言ってんのよ!」
大振りの薙ぎ払うような横蹴り、これも寸前で回避を……しかし一瞬足が止まる、振り抜いたティス様の足先の長さが違うように見えたせいだ。
「それは……おっと」
「……ちっ」
……これだ、体術にはどうしても決まった『型』というものがある。
理解の無い者に対しては一方的に圧倒出来るが使用しているのがどの体術か理解のある者には体の動き一つで技を見切られてしまうもの、しかしティス様はそこに隠し武器という要素を加え会得した体術をひどく実践的なものへと昇華している……今もあと一瞬気付くのが送れたならば先程とは逆の足先に仕込まれた刃に再び傷をつけられていた事でしょう。
しかも最初に使用した逆の足の刃は既に収納済み……僅か数センチの差とはいえこれでは蹴りを避けようにも距離感を掴むのが非常に難しくなってしまう……これは駄目だ、本当に駄目だ……こんな戦い、楽しすぎてどうにかなってしまいそうだ……!
「……ととっ、あぶなっ!」
右腕を振り下ろす……当たらない、左腕で薙ぎ払う……当たらない! そのまま横薙ぎの蹴りも繰り出すが……やっぱり当たらない! ヴィオレッタ様の護衛をしていた頃でも私に傷らしい傷をつけた者など現れなかった、戦闘というよりもただの制圧戦……私の攻撃を回避切れた者など記憶に無い。
本当に素晴らしく愛しいティス様、これから先も長きにわたって守りお慕いし続ける事を胸の奥で繰り返し固く誓う。
まさかこれほどの戦闘能力を有し、私の攻撃を躱し続ける事が出来るとは……そこまで考えてふと立ち止まる。
「……?」
「ふぅー……ナターシャ?」
いや、やはり妙ではないだろうか?……歓喜と興奮が未だに収まらないが、少し冷静に考えてみる。
体術を会得し経験を積まれたとはいっても、それで見せた事の無い私の攻撃を完璧に躱す事など本当に可能だろうか?……仮にヴィオレッタ様が私のデータを組み込んでティス様を作ったというのであれば可能性は無いとは言えないが、敵では無い私をわざわざエネミーモデルにする可能性はとてもじゃないが考えにくい。
「……うっ」
……あの小型ドール、確かエルマとかいう名前だっただろうか?……名前はともかく、もしやあのドールと演算を同期する事で回避と反撃の処理の負荷を軽くして俊敏な戦闘を可能にしているのでだろうか? それも立派な戦術ではあるが……少々目障りだ。今は私とティス様が戦っているというのに、それにティス様の言葉とはいえ二人で一人という扱いも気に食わない。
「邪魔をしないで頂きましょうか……」
「わわわわっ! ひぃ!」
一気に距離を詰めて右腕を振り上げるが叫ぶだけで一向に回避運動をとる気配が無い……やはりあくまでもサポート型で戦闘能力は無いようだ、真っ二つにしてやりたいがティス様が悲しむだろうし破壊するわけにもいかない……ブレードの電磁波で一時的に機能を停止させて……。
「……っ!?」
振り上げた右腕は勿論全身が動かない……首にも固く巻き付いているが辛うじて回して後ろを見るとティス様の体から伸びた無数の何かが私の腕や足に絡みついているではないか、まるで一本一本意志を持っているかのように伸ばされた鋼線が的確に関節や駆動箇所を縛り上げ振りほどこうにも緩む様子が無い。
「これは……ワイヤー?」
「エルマ! 早くこっちに来なさい!」
「は、はい!」
動けない私の横を飛んで抜け、小型のドールがティス様の隣に並んだ。
……思わず興奮してしまい警戒を解いてしまったとはいえ一瞬で四肢を完全に拘束するとは……正確な数は分からないがワイヤーの本数は数十本はあるように見える、それをここまで正確に操るとは素直に感服してしまう……が。
「……この武装は、言うなれば隠し玉だったのでは?」
「そうよ、貴方の隙をついてこれで電流を流して動けなくさせる予定だったのに……今の状態でも電流は流せるけど、それじゃあ威力が強すぎて貴方を破壊してしまうかもしれないわ……貴方を切断する訳にもいかないしせっかくの計画が台無しよ」
「……その小型ドールを守らなければ勝ち筋が消える事は無かったのではありませんか?」
会話しつつもなんとか動かそうとするも拘束された手足はびくともしない、拘束能力もそうだが電熱能力まで有しているとティス様の言葉通り今電流を流されたら私の手足どころか首まで落ちてしまうだろう、先程の疑似的な浮遊戦闘にも驚かされたがこんな武装を作り上げるヴィオレッタ様にも、完全に使いこなすティス様にも感服だ……これがホムンクルス、第二の人類の力という事か。
「そういう訳にはいかないの、この子は私が初めて作ったドールなんだから……まぁこの子しか作った事無いんだけど」
「ティス様が……お作りになられたんですか?」
「ええそうよ、
……つまりあの小型ドールは私の敬愛するヴィオレッタ様と心からお慕いしているティス様双方の技術の結晶という事か……?……ああまただ、一体何なのだろうこの感覚は……まるで胸の奥からおぞましい汚泥が湧き上がるようなこの感情は、こんな感情の名前を私は知らない。
「それはなんとも……羨ましい話ですね」
「ナターシャ……?……うそっ! 貴方何を……!」
自ら足の関節を折り、僅かに出来た隙間が再び埋められる前に体を強引にねじりブレードで数本のワイヤーを切断したところで残りのワイヤーがティス様の元へと戻っていく……全て切断するつもりだったがやはり判断が早く、聡い。
「ちょっと、貴方自分で自分の足を折るだなんて……っ!」
私を心配しての言葉なのだろう、しかし今の私の心は黒く汚れている。
安易に近づかれては自分でも何をするか分からない……こちらに駆け寄ろうとしたティス様の眼前の床をブレードで薙ぎ払うと即座に反応したティス様が飛び退き、再び距離をとる……心配してもらえるなど先程までであれば嬉しさが心を満たしただろうが、今はティス様の横を飛び回る羽虫の存在がどうしても心から許せない。
「ティス様はそのドールと二人で一人……一心同体と仰られましたか、その位置は本来私の場所の筈だったのに……戦う事も出来ないそんなドールよりも私の方が……ああ、許せません許せません許せません……!」
「な、ナターシャさんの魔導機関の出力が上昇……これは……ぼ、暴走してます!」
「許せないって……まさか、エルマに嫉妬したっていうの……!?」
駄目だ、いくら目障りでもあのドールを破壊してはティス様に嫌われてしまう……それは駄目だ、しかしそれでは私は一生あの位置には戻れないではないか……どうしたら戻れるのか、私はどうしたらいいのだろう?……私は何をしたいのだろう?
「て、手当たり次第に周囲をブレードで斬りつけてます……! このままでは思考プログラムに異常が残ってしまう可能性が……!」
「っ……下手に手を出したら返り討ちね……エルマ、手を貸しなさい!」
こんな事をしている場合ではない、先程ティス様は寒いと仰ってたではないか……温かなお湯を張ったお風呂に入れて体を温めて……ああそうだ綺麗な毛布も用意しなければ、確かティス様のお気に入りの毛布がクローゼットの奥に……。
「ナターシャ!」
「……?」
ティス様の声がする……顔を声がする方に向けると、そこには右腕を横に伸ばしたティス様の手と小型のドールから伸びたアームが重なっていた。
「ティス様……? それは一体なに……を」
『ナターシャ!』
「!」
今のティス様よりも少し声が高い……私のよく知っているティス様の声がする……一体どこからだろう……首を振り、少し視線を落とすとそこには幼いティス様が私の手に自らの手に重ねていた……そうだ……私は以前、この光景を見た事がある。
『……ティス様、これは一体何の遊びですか?』
『遊びじゃないわ! これは私とナターシャの必殺技よ!』
しゃがめと言われたのでしゃがみ、手を出してと言われたので手を伸ばすと私の手にティス様の小さい手を重ねた、目的が分からず首を傾げる私にティス様が自信満々にその小さな胸を張ってみせる……なんとも愛らしく、可愛らしい。
『ひ、必殺技……ですか?』
『そう! 私がこうやって貴方と手を合わせたら私の動きとナターシャの動きが同じになって同時攻撃するの! そうすればきっとお母さんだって倒せるわ! そう思わない?』
『ふふっ……確かにそれは強力な技ですね、ですがよろしいのですか? 必殺では殺してしまう事になってしまいますよ?』
『えっ……あ、そうだわ……ダメよ、それは絶対にダメ! やっぱり必殺技無し!』
私の言葉に一瞬で顔を青ざめオロオロとなさるティス様を見ていると自然と笑みが零れ、思わず合わせた手を握ってしまう。
『確かに必殺は駄目ですが、とても良い考えだと思います……ですが、手を合わせる相手は私などで良かったのですか?』
『え?……そんなの当たり前じゃない!』
顔を上げたティス様のお顔は先程の動揺はどこへやら、再び自信に満ちたものだったのをよく覚えている。
『この技は息をピッタリ合わせて同時に攻撃するのよ? そんなの一番信頼出来る相手じゃないと成功しないに決まってるじゃない!』
……そうだ、この時は確かにティス様は私を隣に置いてくれていた……置いてくれて、いたのだ。
「エルマ、いくわよ!」
「いつでもどうぞ、ティスさん!」
手を合わせた二人の間に青や緑色の光が交差する……説明されなくとも何をしているのかはよく分かる……お互いの情報を同期しているのだ。
「
小型のドールから無数のアームが伸び、それらが即座に人型を模して……いや、あの姿はティス様だ……ようやく理解する、小型のドールに戦闘能力が無いのはティス様が魔力を与える事を前提に作られていたからだったようだ。
「──
揃って飛び上がった二人のティス様が体を捻り私に向けて同時に回し蹴りを繰り出す、足が折れている為紙一重の回避は無理だがそれでも後ろに飛ぶ程度は出来る……だが、もういいだろう……何故ならもう、私の居場所なんて無いのだから──。
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