第八話 捨てた者、捨てきれぬ者

「ティ、ティスさん……今のって……」


 エルマが動揺した様子で話しかけてくるが言葉が浮かばず返事が出来ない、弟?……弟だって? 時計屋クロッカーくくり蛇が……姉弟? そんな話は今まで聞いた事が無い、フラフラと数歩後退りぐちゃぐちゃになりかけた思考を切り裂いたのは一発の乾いた音と情けない男の悲鳴だった。


『っ……ひぃぃ!』


『……チッ、ダメだねぇ……手も指もすっかりガタがきちまってる』


 続いて聞こえたのは時計屋の舌打ちだった、どうやら放たれた銃弾は命中しなかったようだ。


『ぐっ……お前達何をしている、ワシを守らぬか! 今すぐあいつを拘束しろ!』


「ティスさ……!」


 エルマが声を上げる前に体が勝手に扉を蹴破り、中へ飛び込んでいた。

 銃を蛇に向けている時計屋に飛びかかるホムンクルスが四体、蛇を守るように取り囲んでいるのが三体おり部屋に飛び込んだ私に気付いたのは蛇を守っている内の一人だけ……警戒はするが、今は時計屋を守るのが最優先だと速度を緩めず一気に彼女と飛びかかるホムンクルス達の間に立ちはだかる。


雷鋼線ディミット・ワイヤー!」


 右腕だけでは足りない……両足のワイヤーも全て展開して薙ぎ払い、空中のホムンクルス達を次々に撃墜していく。

 地面に叩き落されたホムンクルス達は即座に起き上がろうともがくが電撃と衝撃のダメージが大きかったのか倒れたまま一度大きく跳ね、そのまま動かなくなる。


「……殺したのかい?」


 背後から時計屋が問い掛ける、いつもと変わらない声色に聞こえるし別れてからそう時間は経ってない筈なのに私達の間に決定的な溝が出来ているように思えてならない。


「いいえ、脳からの電気信号を全身に伝える箇所を一時的に麻痺させただけよ、十分もすれば起きるでしょ」


「ヒッヒ、内蔵武器の扱いも随分と上達したもんだねぇ……しょっちゅう絡ませてもがいていたのが嘘のようだよ」


「いつの話よそれ……私だってもう一人前の探索者なんだから、当たり前でしょう?」


 時計屋に褒められるとやはりこそばゆい、背中を向けたまま赤紫の長い髪を手で梳いてなびかせ、照れ隠してみせるが……誤魔化しきれた自信は無い。


「そうかい、ならあたしが次に言いたい事も分かるだろう?」


「ええ、もちろん」


 返事をしてすぐ軽く左へふわりと飛び退くと、右側から今まで私が居たところに歪な形をした金属の棒が振り下ろされた。

 私が時計屋の話を忘れる訳が無い、先程言っていたではないか……蛇のホムンクルスは八体いると、時計屋に襲いかかったのが四体で今も蛇を囲んでいるのが三体。

 隠れていたのは隙を突く機会を窺っていたのか出遅れただけかは知らないが、そんな見え透いた攻撃に当たると思われていたのだとすればそれは私と時計屋に対する侮辱に等しい。


「──瞬脚ブリンク


 地面に足がつくと同時にその足を軸に大きく体をねじり、その勢いのまま蛇のホムンクルスに向けて強烈な回し蹴りを繰り出す。

 突き出した足先は槍の如くホムンクルスの腹部に深く突き刺さり、足先から伝わる嫌な音を響かせながらその体を大きく吹き飛ばした。

 そのまま碌に受け身も取れず壁に叩きつけられ、苦しそうに何度か呼吸するが起き上がる事は無く全身の力が抜けたように崩れ落ちた。

 思っていたよりも大きなダメージを入れてしまったが……まぁ死んではいない筈だ、思考能力が低く筋力特化のお粗末なつくりだが私達ホムンクルスはこの程度で死ぬほどやわではない。


「……それで? まだやるのかしら?」


 全身から伸ばしたワイヤーを揺らめかせながら数歩前に出ると、蛇と蛇を守るホムンクルス達が僅かに怯み後退した……傀儡のような扱いを受けているのかとも思ったが、彼らの憎々しげな視線を見るに完全な括り蛇の操り人形という訳でもないようだ。


「もういいよティス、充分だ」


 尚も前進した私の前に時計屋が腕を横に伸ばし制した、チラリと彼女の方を見ると足を止め、もう一度蛇の方へ目を向ける……私の侵入に気付いた一人だけは未だに睨みつけてくるが、考えも無しに突っ込んでくる気配は無い。


「それなら……どういう事かちゃんと話してくれるんでしょうね?」


「ヒッヒ……ああ、そうだね」


 長く息を吐き出し昂った気持ちを落ち着けながら改めて周りを見渡す、先程から視界に入ってはいたが扉の先は巨大な洞穴になっており簡易的な柵の並んだ更に奥の方には巨大な大穴がパックリと口を開いている。

 そしてその脇には巨大な採掘用の魔導機械ドールと大きな木箱が何段にも積み上げられており……先程の戦闘で誰かがぶつかったのだろう、一部が破損した木箱からは魔導石がこぼれだしている。


「ここ、前に地盤が緩くて陥没事故が起きたから封鎖された元採掘予定地よね?」


「ああ、何人も犠牲者が出たとこさ……ただし、見ての通りあれから手つかずだから地中の魔導石の量も他の場所と比べたら段違いのようだけれどね」


「つまり、菌震とやらが起こったのはあいつのせいって事よね?……お陰で雨水が流れ込んできて上は大騒ぎよ、一体どういうつもりなのかしら?」


「それは……本人の口から聞いた方が早いだろうねぇ?」


 私と時計屋の視線が蛇に向けられる、一瞬怯んだ様子を見せた蛇だったがすぐに鼻を鳴らし不敵な笑みを浮かべてみせた。


「……フン、ワシら人間がこの穴倉に住み着いて数十年……猛毒を含んでいるとはいえ、たかだか雨から逃げ続けてワシらは随分と時間を無駄にした! だが魔導石に毒を中和する効果があると知ってもなおモグラのように地面に潜り続ける事なぞワシには出来ぬ!」


 大声を張り上げ顔を覆う大鷲の仮面を地面に叩きつけると私達を睨みつけた、その顔は時計屋より原型を保ってはいるが……およそ半分程が黒く爛れ、ひび割れている箇所もある。


「見ての通りワシに残された時は少ない……だがワシはこんな暗い穴倉で一生を終えるような人間では無いのだ、魔導石さえあればこんな地底都市なぞもはや必要無い! ワシは再び地上に出るのだ!」


「もう止めなよ坊や……あたしらはとっくに終わった人間なのさ、残り僅かな時間しかないあたしらの為に今生き残っているこの子達や街に住む彼らを犠牲にするのはどう考えても間違っているって分かってるだろう?」


 構えた銃を僅かに下げた時計屋がゆっくりと首を振る、自分達は既に終わっているというのは以前から時折こぼれる時計屋の口癖だ……私はそれを聞く度に胸が締め付けられるように痛む。


「ええい黙れ! ワシを……ワシを、いつまでも子供扱いするな!」


 常に持っていた悪趣味な装飾の目立つ杖の先端を引き抜くと刀剣状の刃が姿を現した……毒のせいで足が悪いのだとばかり思っていたが、仕込み杖だったようだ。


「ヒッヒ……お前は本当に昔から変わらないね、オスカー坊や……だからお前はあたしに一度も勝てなかったのさ、所詮はお山の大将……今はお人形の後ろに隠れて王様気分かい?」


「……いいや、こいつらには手出しはさせないさ」


 その言葉通りホムンクルス達に待機を指示し自ら数歩前進して前に立つと剣を時計屋に向けて掲げる、見上げた覚悟だが体の悪い時計屋に戦わせる訳にはいかない。


「ティス、動くんじゃないよ」


「っ……」


 構わず前に出ようとした私を時計屋が強めの口調で止める、まさか自分で戦うつもりだとでも言うのか?……だとすればあまりにも無茶だ。


「で、でも時計屋……貴方は体が……!」


「大丈夫だからそこで待ってな……ああ、まさかこの歳で姉弟喧嘩をする事になるとはねぇ……なぁ坊や、以前は陳腐な模造武器だったが……あたし達の模擬戦での戦績はどうだったっけねぇ?」


「……それはもう終わった時代のものだ、ここから先は新しい時代だからな」


「なんだ、分かってるじゃあないか……ならその新時代にあたし達の居場所なんてとっくに無いんだって事を教えてあげようかね、なぁ? オスカー?」


「……いつまで上からものを言っているつもりだ、ヴィオレッタぁ!」


 駆け出した蛇が時計屋に向けて素早く剣を突き出す、時計屋にあんな攻撃が避けられる筈は無い……! 見ていられずつい目を腕で覆う。


「……?」


 刃が肉を貫く嫌な音がしない、耳に届いたのは石と金属がぶつかり合うかのような鈍い金属音だけだった。

 不思議に思いおそるおそる腕の隙間から目を開くと……そこに見えたのは蛇の剣を握る手ごと地面に踏みつけ倒す時計屋の姿だった。


「あぁ……やっぱり体が鈍ってるねぇ、嫌だ嫌だ……老いるってのは本当に気が滅入るよ」


「ぐぬっ……!」


 踏みつけられたままの手の痛みに耐えながら蛇が僅かに体を起こすと、時計屋は嬉しそうに喉を鳴らす。


「へぇ?……ヒッヒッヒ、昔と比べたら随分とタフになったんじゃないかい? 昔ならこの時点で泣き出していただろうに……ねっ!」


「がっ……!」


 時計屋が依然手を踏みつけたままの足を軸にして大きく体をねじり、体を起こした蛇に向けて強烈な回し蹴りを放つ。

 衝撃で吹き飛ばされた蛇の体が魔導石の詰まった箱に衝突し、盛大な音を響かせながら派手に石が散らばり戦いの舞台に色を添えていく。


「……今の動きって」


 唖然とする私の方に時計屋がチラリと顔を向けると嬉しそうに喉を鳴らす、本当に彼女は私の知っている時計屋なのだろうか?


「ヒッヒ……ティス、お前の体に誰の遺伝子が入っているのか……まさか忘れた訳じゃあないだろうね?……最初にお前の蹴りを見た時、それはもう嬉しかったのを今でも思い出せるんだよ?」


 胸に手を当てて嬉しそうに笑う彼女を見ていると全身の毛が総毛立ち、ゾクリとした感覚に襲われる。

 ああ、やっぱり私は時計屋の子供なんだ……ならば目を覆っている場合ではない、しっかりと目を見開き彼女の雄姿を目に焼き付けなければならない……彼女の実子として。


「負けないで、時計屋ぁ!」


 潤んだ目で張り上げた私の声援に時計屋が頷きで返したのと、蛇の投げた剣が彼女の腹部を貫いたのはほぼ同時の出来事だった。

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