第42話 RTA配信

 そまりんカップルの二度目の配信ワルツが始まった。しかも今回は地下二〇階層までのRTAリアルタイムアタックだ。

 俺と果凛はそれぞれの戦い方で、ただひたすら目の前の敵を駆逐して行った。魔石はもちろん無視だ。この後ここを通ったシーカー達はさぞ美味しい思いをするだろう。

 だが、今は目先の金よりもマーダー動画野郎こと松本をぶっ倒す方が先である。この階層あたりまでの攻略ならいつでもできるし、五~六時間潜ってゆったりと二〇階層まで行けば、一か月分くらいのフリーター分くらいの月収はいつでも稼げる。言ってしまえば、金ならいつでも何とでもなる。

 たった五~六時間ダンジョンに潜ってゆったりと二〇階層までいくだけで一〇万~二〇万程度稼げるなんて良い商売だ、と思う人がいるが、それは考えが甘い。あくまでも俺に〈破壊不可アンブレイカブル〉のスキルがあるから楽なだけであって、他のシーカーからすればいつ魔物に殺されるかわからないダンジョンだ。そんな場所で常に敵と戦い、休憩の間も急襲に備えなければいけない中数時間も活動するのは、並大抵ではない。おそらくソロで二〇階層まで行けるのは、俺以外にほとんどいないだろう。それも全て〈破壊不可アンブレイカブル〉の御蔭でセコイと言われてしまうかもしれないが、これは異世界テンブルクで魔王を倒した褒美と思っている。魔王も一緒についてきたけど。今ではそっちの方がご褒美になりつつあるとかいうのは内緒だ。


「蒼真様、こちらを」


 果凛が剣士の魔物を倒し、剣を鞘ごと俺の方に投げて寄越した。


「おっ。サンキュ」


 俺はその剣を受け取ると、スクラップ寸前だった剣をぽいと捨てる。

 以前まで使っていた剣は果凛の召喚術との合体技〈炎舞踊インフェルノ・ブラスト〉でスクラップ同然だったので、助かった。RTAで置いていくだのなんだのと言いながらも俺の武器をちゃんと確認してくれているのが果凛らしい。

 本当なら一階層の武器商人から新しい武器を買っておけば良かったのだが、果凛の〈転移魔法テレポート〉で九階層まで一気に移動してしまったので、新調するのを忘れていたのだ。まあ、どうせ武器商人が売っている武器の多くは魔物のドロップアイテムなのだし、こうして敵から奪ってしまえば問題ない。

 今コメント欄や同接数はどんな感じなのだろうかと一瞬だけ考えてしまったが、頭を振って移動と戦闘に集中する。変なところに意識を持っていかれてしまっては、本当に果凛に置いて行かれてしまう。

 とは言え、下の階層への階段の場所を知っているのは俺なので、置いていくはずもないのだけれど、ふわふわ浮いたまま魔法の一撃で一瞬にして敵を屠る彼女を見ているとさすがに焦らされる。

 地下十五階層に入ったあたりから敵が一気に強くなって、このダンジョンにとってシーカーの壁だと言われているが、俺達にはあまり関係ない。無敵×最強カップルの前では塵に等しい敵ばかりだ。異世界テンブルクでもこの程度の敵ならゴロゴロいたし、特別注意すべき敵でもない。

 このダンジョンの最下層が何階かはまだわかっていないが、今のところ十五階層以降が中層だとされている。今日松本にお招き頂いた三〇階層はおそらくまだ誰も到達した事がなく、俺が確認している最も深く潜っているシーカーでもせいぜい二十五階層だった。三〇階層まで行ったのはおそらく松本が初めてだろう。

 というのも、ダンジョンの長期探索はかなり大変なのだ。

 敵を警戒しつつ各階層の探索を行っていれば、俺でも二〇階層に行くまでの六時間程掛かってしまう。他のシーカーからすれば、もっと時間を要するだろう。

 ずっと戦っていれば疲れるし、休憩できる場所や時間も限られている。しかも、階層が深くなっていくにつれて各階層が広くなるし、魔物も強くなる一方。そうなってくると、一度の探索で進める階層も限界があるのだ。

 特に、初めて行く階層は緊張するし、警戒しなければならない。新種の魔物に出会った場合はどんな攻撃をされるかわからないからだ。

 有志のシーカーが新しい階層の魔物を撮影し、その得意攻撃や弱点などをシーカーご用達のサイトで共有してくれているが、全てを補えているわけではない。

 そういった状況もあって、強いシーカーで組まれたパーティーでも一日に探索できる限界は二十五階層までと言われている。そのパーティーによる報告動画が上がっていたが、二十一階層からは異様に広くなるのでソロである場合はおすすめしないとの事だった。


「今何階層ですの?」

「十八くらいじゃないか?」


 ここ数日ですっかり縁のできてしまったミノタウロスを蹴り飛ばしながら、答える。


「もう、しっかりして下さいまし。わたくしは道を知らないんですのよ?」


 俺が蹴り飛ばしたミノタウロスに追撃の〈火球ファイヤーボール〉をお見舞いしながら、果凛が文句を言う。


「ごめんごめん、俺もここまで来たの一回だけだからさ。さすがに風景だけで何階かまではわからないんだ──って、お前が出てくると熱いんだよ!」


 果凛に平謝りしながら、俺は剣撃で二体の赤い虎っぽい魔物を斬り伏せる。

 今倒したこの虎っぽい魔物はストライプブレイズと言い、虎の力と威厳を持ちつつ炎を操る魔物だ。

 ストライプブレイズの身体は巨大な虎のそれを彷彿とさせており、更にその身体は通常の虎よりも筋肉質。おまけに硬く鋭い短い毛で覆われており、多くのシーカーを苦しめている。その体色は真夜中の空を思わせる深い青色で、その体全体を覆う縞模様は燃える炎のようなオレンジ色に輝いている。

 ストライプブレイズの武器は鋭く尖った白い牙と前足の大きな爪。その爪は熱を帯びており、これによって引き裂くことで、傷口に火炎攻撃を付加してくる。非常に強力な魔物だ。さっき切り付けられたが、熱いったらありゃしない。

 また、ストライプブレイズの尾は先端が炎のように燃えており、振り回すことで敵に炎の攻撃を仕掛けることができる。

 いずれも果凛の炎魔幻獣イフリートの灼熱に比べたら心地よい温泉くらいの体感温度なのだろうが、それでも人間の皮膚にとってみれば熱いものは熱いし汗もかく。このモンスターが現れると、その周囲の気温は急激に上昇するのだ。鬱陶しい魔物である事には変わりなかった。


「暑いんですの? では──これでよろしくて?」


 果凛は手のひらをストライプブレイズに向けると、魔力を篭める。すると──周囲に冷気が溢れて、赤く燃え盛る虎が一瞬にして氷漬けになっていた。

 その氷の冷気で、一瞬にして身体がヒヤリとしてきた──かと思えば、なんか俺の腕の表面まで凍っている⁉


「って待て待て、俺の腕にも魔法かけんじゃねーよ! 凍ってるから!」

「あら。これは失礼いたしましたわ。暑いと仰っておりましたので、気を利かせてみたのですけれど」


 果凛は悪戯っぽく笑いながら、空中を舞いながら遠くの敵に魔法攻撃を放つ。

 俺には暑いか凍るかの二択しかないのか……?

 RTAも調教者テイマーもいいけど、俺の一番の敵はパートナーかもしれない。

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