第3話 転校生・魔王

「昨日のヒルキンの配信、面白かったよねー!」

「え、あたしスカイビーズの方見ててそっち見てなかった!」

「今夜は大正フラミンゴが配信やるって。九階層までいくって告知してた」

「え、まじで⁉ ヒルキン越えじゃん! 絶対見ないと!」


 翌日、学校では朝から昨日のダンジョン配信の話題で持ち切りだった。俺は不満げに溜め息を吐いて、窓の外へと視線を落とす。

 座席は窓際の一番後ろと良いポジションだが、もちろん俺の周りに人などいない。進級早々に事故に遭って、そこから三か月間学校を休んでいたのだ。友達などいるはずがなく、久々に登校した時も「え、辞めてなかったんだ」扱い。こちとら大変な思いをしていたというのに、酷い言われ様である。

 まあ、そんなわけでこの一年はぼっち確定だ。完全にグループができてしまっていて、今更どこかに入れるわけもない。来年のクラス替えまで待たないと、友達の輪に入るのも無理だろう。

 ともあれ、今は七月。中間試験も期末試験も既に終わっており、俺はそのどちらも受ける事なく一学期を終えてしまった。

 もしこれで留年確定なのだとしたら、それこそ自主退学でもしていたのだろう。しかし、事情が事情という事もあって、夏休みに補講に出て特別試験を突破すれば進級できるという特別処置を施してくれた。夏休みが来ても、毎日学校に来る事には変わり無さそうだ。


 ──異世界、救ったんだけどなぁ。世知辛い世の中だ。


 ぼやいていると、そこでスピーカーからチャイムが鳴り響いた。朝のホームルーム開始を知らせる合図だ。

 教室中に散らばっていた生徒達は次々と着席し、そのタイミングで担任教師が入ってきた。


「はい、おはようございます」


 いつものごとく挨拶をして、何人かの生徒が挨拶を返す。

 そして出席簿を開こうとしたタイミングで、「あっ」と担任は声を上げた。


「そういえば、今日はお知らせがあるんでした」


 言ってから、ざわつく生徒達を差し置いて、担任は驚くべき発言を紡いだ。


「今日から我がクラスに転校生が来ます」


 担任の言葉に、クラスの生徒達の声が「うおおおおおお!」と地鳴りのように響く。

 それも仕方ないだろう。転校生と言えば、高校生活の一大イベント。しかも、夏休み前のこの時期での転校生である。盛り上がらないわけがない。


「入ってきなさい」


 担任の掛け声と共に、ゆっくりと扉が開いて、転校生が入ってくる。

 その瞬間、生徒達は静まり返った。俺も彼女の姿を見た瞬間に、手に持っていたシャーペンをぽとりと落として、固まってしまっていた。

 教室に入ってきたのは、ひとりの少女だった。

 漆黒という言葉がよく似合う真っ黒な黒髪のツインテールに、黄金色の瞳。ひとつひとつの所作が上品で、一体どこのご令嬢かと思ってしまう程だった。その少女がドがつくほどの美少女で、玲瓏妖艶れいろうようえんという言葉がよく似合っていた。高校生とは別次元の妖しい魅力に包まれているのは一目瞭然だ。

 クラスメイトの男子達が、ごくりと固唾を飲んだのが聞こえた。俺も同じように唾をのみ込んでいたと思う。でも、俺と彼らの心境は、全く異なるものだっただろう。

 俺は、彼女を知っている。見た事がある。話した事もある。いや、何なら

 そう──転校生として教室に入ってきた少女は、異世界テンベルクで死闘を繰り広げた、あの魔王だったのである。


「それでは、簡単に自己紹介を」

「ええ、わかりましたわ」


 担任が促すと、少女は頷いてそう答えた。

 声も異世界で交わした魔王のそれと全く同じだった。三日三晩死闘を繰り広げた相手の声を、そして最後に気持ちを伝えてくれた女の子の声を、忘れるはずがない。

 少女はチョークを手に取ると、自分で黒板に名前を記していく。黒板には、『風祭果凛かざまつりかりん』の文字があった。


風祭果凛かざまつりかりんと申しますわ。どうかお見知りおき下さいまし」


 魔王と思しき少女──果凛はそこまで言ってから優雅に頭を下げたかと思うと、「ああ、そうそう」と何かを思い出したように顔を上げた。そして、俺の方をじっと見てから、こう続けた。


「もう気付いていると思いますけれど……わたくし、魔王ですのよ?」

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