第2話 底辺Dtuber(ダンジョンチューバー)の元勇者
「おいおい……同接〇人って、どういう事? 俺、一応異世界では勇者だったんだけど?」
ダンジョンの中で戦闘を終えた俺は、ひとり頭を抱えていた。
ダンジョン配信専用のアプリ・
戦闘中はカウンターが一・二と増えていたのだけれど、今見たらまた〇になっていた。コメントもないし、チャンネル登録者数の数も増えていない。
まあでも、それもそうかもしれない。自分でも思うが、俺の戦いは映えるものではない。見ていても楽しくないのだ。
「あーあ。なんか異世界から帰還したらとんでもない事になってて、これはこっちでもワンチャン英雄になれるんじゃないかと思ってたんだけどなぁ」
俺は小さく溜め息を吐いて、視界の隅っこにある配信停止ボタンに手で触れる。
このDtube配信はAR(拡張現実)の技術を駆使して使われており、コンタクトレンズ型のARグラスを通して見ることで、現実世界にデジタル情報の付加を可能としている。簡単にいうと、スマホの撮影カメラがコンタクトレンズになっていて、録画や停止、その他設定が視界に出てきて、そこに触れると画面が操作できるシステムだ。
同時接続数やコメントなども視界に出ているし、邪魔ならAR上で非表示ボタンに触れたら閉じれる。俺が眠っている数か月の間に、よくもまぁこんなに世界が変わってくれたものだ。
俺が異世界にいた期間は一年だったが、現実世界では一秒も過ぎていなかった。同じ時間に異世界に召喚され、同じ時間に異世界から戻されたのだろう。だが、俺はこちらの世界に戻されてから三か月間程病院のベッドで眠り続ける羽目になった。
何でも俺は
そう……俺は、異世界でのチートスキル〈
これにはマジで〈
さて、しかし現実世界で〈
なんと、この現実世界にダンジョンができていたのだ。そう、あの異世界やゲームにありそうなダンジョンが唐突に現れたのだという。
中には魔物がおり、入ってきたものに襲い掛かってくる。そのダンジョンの中では銃などの近代兵器は一切作動せず、剣や槍などの中世時代以前の武器しか使えないらしい。
また、その代わりダンジョンの中では不思議な能力に目覚める者もいた。ダンジョンの中限定で魔法やスキルを使用できるようになるらしい。軍人よりも特別な力に目覚めた子供の方がダンジョンの中では強い、という現象が起こったのだ。
ダンジョンは日本だけでなく世界各地に出現しており、国も管轄しきれておらず、管理を諦めた。以降、完全自己責任ではあるが、ダンジョン出入りの自由も認められている。
というか、中では銃器が使えないので、国では管理できないというのが本音だろう。強い能力に目覚めた一個人に探索を任せたという方が正しい。
そして、一般人に開放している理由は、それだけではない。ダンジョン内では稀少物が取れるのだ。
宝石や貴金属、エネルギーに代替できそうなエネルギー資源等々……国はダンジョンで入手した貴重な物資の換金を行い始めたせいで、〝ダンジョン・シーカー〟という新たな職業が発生した。そして、それと動画配信を掛け合わせた新たな職業が
「やっぱ
このダンジョン配信プラットフォームDtubeを作ったのが、まさしくアメリカの最先端IT系広告企業Goodgleだった。
かの企業はこの意味不明なダンジョン発生事態にも迅速に対応し、Dtubeというダンジョン専用のプラットフォームを作成。同時にこのコンタクトレンズ型のARグラスを作った事によって瞬く間に〝ダンジョン・シーカー〟達の間で普及し、世界各地でDtuberが爆誕した。
そこに、異世界帰りで〈
というか、それも当たり前で……俺の〈
人気配信者を見てみると、派手な魔法やらで動画映えしまくっており、見ていて楽しい。一方、俺はただ殴るだけである。そりゃあ、人気なんて出ない。ダンジョン・シーカー=Dtuberという図式になっていて皆やっているのでとりあえず始めてみたが、俺みたいな地味スキル持ちの奴には向いていないのかもしれない。
「あーあ。もう配信やめて普通に小遣い稼ぐだけにしようかな。バイトしなくていいし」
俺は倒した魔物の核である魔石を拾って鞄に仕舞うと、大きく欠伸をした。
倒した魔物から採れる魔石であるが、これが何であるかはまだ解明されていない。しかし、次なるエネルギー資源として期待されており、国の換金所で日本円と交換してもらえるので、これだけでも小遣い稼ぎになる。何なら、今日だけでフリーターの月収くらいは稼いでるのではないだろうか。
バズっている配信者の収益に比べれば微々たるものだが、高校生の小遣いとしては十分過ぎる額である。
「でも……弱いくせに
俺はAR上でDtubeを操作しながら、同じ時間帯にダンジョンに入っているっぽい人達の配信を視界の隅で開いた。
派手な魔法で敵を蹴散らし、コメント欄も大盛り上がりである。
さっき彼らの横を通り抜けたからわかるのだが──彼らのいる階層は、地下八階。俺が今いる二〇階よりも遥かに弱い敵しかいない上層なのである。
ちなみにこのダンジョンは魔物が無尽蔵に涌くらしいので、敵や資源が枯渇する事はないとされている。上層あたりの敵を狩っていても十分に配信は楽しめるし、魔石を採取していれば収入にもなるだろう。
「さて、もう十一時過ぎたし──」
帰って寝よう──そう思った時だった。
背後から俺の首筋に向けて、ぶんっと何かが振り下ろされる音がした。その直後に、右の首筋に硬いものがぶつかる音と共にとんでもない衝撃が加わる。きっと、通常の人間であれば首など簡単にすっ飛んでいってしまっているような衝撃だ。
だが──
「あ……?」
俺は不機嫌な感情を隠さず、ゆっくりと後ろを振り返る。
そこにいたのは、牛頭の巨人──ミノタウロス。地下十八階層あたりから現れ始め、並外れたスタミナと強靭な肉体を持つ強力な魔物である。
俺の右首筋には、ミノタウロスの丸太のような右腕から振り下ろされた斧があった。しかし、ただ皮膚に触れているだけだ。その斧は、俺の骨は愚か皮膚さえも切れないまま、プルプルと震えていた。
きっと、全力で振り下ろしたのだろう。ミノタウロスは自らの剛腕による衝撃で、腕を痛めているようだ。
しかしそれでも、〈
「お前……もしかして、今何かしたか?」
俺の問いに、ミノタウロスは何も答えなかった。
フーフーと鼻息を荒くしているだけだが、牛頭からは若干恐怖を感じているようにも見える。
「……怯えてるところ悪いな。今の俺は、ちょっと機嫌が悪いんだ」
俺はそうとだけ言って、手に持つ剣を振り上げた。
次の瞬間にはミノタウロスの首は宙を舞っており、ごつっと床に重い音を打ち付ける。ミノタウロスの首と身体は体内の核となる魔石だけを残し、すぐに消滅した。
魔石を拾って、鞄の中に仕舞って再度欠伸をする。ミノタウロス級ともなると魔石のエネルギー濃度も高くて単価も上がるが、ただ弱い者いじめをしている気持ちになってしまって、あまり楽しいものでもない。
「あーあ……魔物に八つ当たりしてどーすんだよ。ほんと、面白くねーなぁ」
ぼやきながら、ミノタウロスの魔石を拾う。
つまらないし、退屈──きっとこれが、異世界テンブルクから戻ってきてずっと思っている事。正直有名になりたいともあまり考えていなかったが、ダンジョン配信を始めた理由もそれだと思う。学校の生活がもっと楽しかったら、きっと配信などしていなかった。
友達もいないし、カノジョもいないし、もちろん人気もない……本当に、異世界で勇者だったのかと思う程に寂しい現実だ。
──あの子、魔王だなんて言われてたけど、悪い奴ではなかった……よな?
ふと深紅のドレスを着たツインテールの少女が脳裏を過ぎる。めちゃくちゃ可愛くて、その代わりえげつない魔法を放つ魔王の少女。でも、最後に交わした会話からは全然そんな事を感じなかった。
そして、彼女との死闘は──そう、まるで
「って、おいおい。何をあの戦いを懐かしんでるんだ。もう死ぬような思いは御免だっての。死なないけど」
俺は自分にツッコミを入れながら、鞄の中からオーブを取り出して壁に投げつける。
すると、ふっと身体が消えて、次の瞬間には地上に戻っていた。これはポータルオーブと言い、これを割ると入口まで戻れる。ダンジョン内部でのみ使える便利アイテムだ。まあ、ドラ○エでいうおも○でのすずみたいなものだろう。
入口にはやたらと人がいた。何でこんな遅くに人が集まってるんだろうと思ったが、その理由がすぐにわかる。俺とほぼ同じタイミングでポータルオーブを使った人気配信者がふっと俺の横に現れたのだ。それと同時に、周囲の人間がわっと湧く。
「ヒルキン様のパーティーが帰ってきたぞ!」
「お、本当だ! サイン貰おうぜ!」
「今日の配信も素敵でした!」
その瞬間に、ダンジョン入り口で出待ちをしていたであろうファン達が一気に集まってきて、キャーキャー騒ぎ出す。
──そいつが今日いたの、八階層なんだけどな。
Dtuebeのアプリは、配信者の現在地までは補足できない。彼らが何階にいるのかまでは視聴者はわからないのだ。
俺はキャーキャー騒がれるヒルキン様の横を素通りしつつ、とぼとぼと自宅へと向かったのだった。
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