第17話 とある人気Dtuberの絶望

「きゃあッ!」


 大きな牛頭の魔物の攻撃を直で受けて、Dtuber・大正フラミンゴの井上春香ハルは吹き飛ばされた。

 同じく大正フラミンゴの相方である吉田萌絵モエは、牛頭の魔物──ミノタウロスの大きな拳による一撃を腹部に受け、蹲ってしまっている。

 まだ意識はあるようだが、もはや立ち上がる気力はないのか、その表情を恐怖で染め上げ、恐れ慄きながら牛頭の魔物を見上げていた。


(助けないと……)


 そうは思うものの、モエとハルの間には、少しだけ色の異なるミノタウロス──おそらくリーダー格なのだろう──がおり、更にはハル自身の前にも牛頭の魔物が立ちはだかっている。

 配信中にもしもの事があった時の為に、と護衛につけた手練れのダンジョン・シーカー達もあっさりとこの化け物の前にやられてしまい、今は意識を失い倒れている。唯一まだ意識があるのはカメラマンだけだが、ただ手に持つカメラを向けているだけだった。

 まだ配信しているのだろうか。仕事なんてほっぽり出してさっさと逃げればいいのに……と思うものの、そういえばあのカメラマンは大したスキルに恵まれていない非戦闘員だと言っていたのを思い出した。ハル達がいないと、ダンジョンから帰る事ができないのだ。

 ならばと思って、最後の最後まで仕事を全うしようとしているのだろうか。仕事熱心な男である。

 地下九階層まで来れるダンジョン・シーカーはそれほど多くないという。少なくとも、Dtuberではハル達が初めてのはずだ。

 先程配信で助けを求めたものの、ダメ元だった。仮に助けがきたところで、この化け物達の前には成す術がないだろう。


(ああ……私、ここで死ぬんだ)


 ハルはそれを自覚した。

 今の自分を助けてくれる存在がいるとは思わなかった。

 リーダー格のミノタウロスが、何やらよくわからない言語で二匹のミノタウロスに指示をしていた。その指示のもと、二匹のミノタウロスはハルとモエに向けて、それぞれ斧を振り上げる。


(あれ……? そういえば私、どうしてこんな怖い思いしてるんだっけ……?)


 振り上げられた斧をぼんやりと見上げ、ハルはそんなどうでも良い事を考えていた。

 ほんの少し前まで、大正フラミンゴは国内でも有数のUtuberだったはずだ。後発組の若手の中ではトップクラスといっても過言ではないし、十代二十代の若い男女は皆彼女達の事を認知してくれていた。自分でも有名人になったと自覚が持てていた程たった。それがどうして、こんなゲーム世界みたいなダンジョンで危険な目に遭っているのだろうか。意味がわからなかった。


(ああ、そっか……私、スターに憧れてたんだっけ)


 幼い頃にみた、美少女戦士アニメの影響だろう。どこか、戦う姿に憧れを持っていたのは事実だった。高校生くらいの頃まではそんな憧れを持っていたと思う。

 だが、ハルはあまり自分に自信が持てず、他人に指示されるがままの人生を歩んできた。自分で行動を起こそうとせず、最初の一歩を踏み出せなかった。自分でも高校生の頃は地味子だったと思っている。

 そんな時、大学でモエと友達になった。

 モエはハルとは正反対の人間だった。お洒落や流行に敏感で綺麗だし、言いたい事をはっきりと言えて傍から見ているだけでも気持ちのいい女性。

 そんなモエに影響を受けて、ハルもメイクをしたり、お洒落をしたりしているうちに垢ぬけたと言われるようになった。モテるようになって、人生で初めての彼氏もできた。所謂、典型的な大学デビュー。全部モエの御蔭だった。

 モエと過ごす大学生活は楽しかったが、そんな日々は有限。漠然と大学卒業後は就職をするのかなとも思っていたけれど、本音では就職も就活もしたくなかった。こんな自由な毎日が続けばいいのに、と思っていた。


『ねえ、一緒にUtuberやろうよ! あたしらなら絶対に売れるよ!』


 モエが唐突にそんな事を言い出したのは、そんな矢先だった。

 どうしていきなりUtuberなんだ、と訊けば、その理由は『好きな事で生きていきたい』からだそうだ。そういえば、当時のUtubeのキャッチコピーがそんな感じだった。

 そして、それはきっとハルの潜在的な本音でもあった。何となく、『あなたもそうなんでしょ?』とモエから言われた気がした。

 そこで一念発起し、二人でUtuber活動を開始。Utuberの中では後発もいいところだったが、若手の中で最有力のイケメンUtuberグループ・ダウンドットと偶然コラボをし、そこから気にかけてもらった事で一気に知名度は跳ね上がった。

 ダウンドットの御蔭で、伸びに伸びた。知名度も上がったし、大学在学中にチャンネル登録者数も百万人を越えた。お金もだいぶ稼げた。

 勝った、と思った。

 ここまで来れば、もう就職なんてしなくていい。Utuberだけで生きていける。就職なんてしなくても人生なんて楽勝だと思った。

 でも──そうは問屋が卸さなかった。世の中はそんなに甘くなかったのだ。

 大学卒業をしてから一年、即ち昨年の事だった。

 ダウンドットと恋愛関係のゴタゴタが発生してしまい、一旦グループとして距離を置く事になった。そこから不仲説が囁かれるようになって、ダウンドットのファンが根こそぎ大正フラミンゴから離れてしまったのだ。

 これが誤算だった。まさかここまでファンが離れるとは思っていなかったのだ。

 チャンネルの登録者数的にはギリギリ一〇〇万人を保っていたけれど、再生数のアベレージは軒並みガタ落ち。チャンネルの力は圧倒的に弱っていた。

 また、ちょうどその頃からトップどころのUtuber全体の再生数が落ちて来た、というのもあった。芸能人が参戦してきたり、ハル達のような一般人もUtuberになって、プレイヤーが増えすぎたせいだ。


『もうUtuberは長くない。先発組しか生き残れない』


 巷ではそう囁かれ始めていた。

 実際に収入も激減した。収益は大学生の頃の半分以下、動画を投稿しても二〇万回再生いけばいい方。大体が一〇万回再生くらい。

 一方のダウンドットは未だに人気も再生回数も維持していた。結局 、ただダウンドット人気にあやかっていただけで、大正フラミンゴ自体にはそれほど熱心で熱狂的なファンが多くなかったのだ。

 もうこの世界は無理だ、とハルは思った。何となくラッキーパンチで一時的に売れる事はできたが、もうその幸運は使い果たしてしまった。Utubeが先細りしていって、就職をしなければならない未来まで見えていた。

 大学卒業後、Utubeしかしていない人間をどこの企業が雇ってくれるだろうか?

 もちろん、世の中そんなに甘くはない。この不景気真っ盛りで真っ当な企業が元Utuberなんていう扱い辛い人間を雇うわけがないのだから。

 そうして自身の道を悩んでいた時、世界が確変を迎えた。

 世界各地に、唐突にダンジョンと呼ばれる謎の地下迷宮が出現したのである。

 そのチャンスに、ハルとモエは動画配信者として縋った。まさかそれが、こんな恐怖を産むとは露とも知らずに。

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