第16話 地下九階層へ
「八階層って結構広いですのね」
「ああ。ちょうど階段まで遠い場所にいたしな」
俺と果凛はピンチの大正フラミンゴを救うべく、急いで地下九階層へと向かっていた。
俺が必死こいて走っている傍らで、果凛は腕を組みながら涼しげな顔で俺の横に付いてスーっと移動している。そう──彼女は地面に足が付くかどうかの高さで浮き、そのまま移動しているのだ。ずるいにも程がある。
まあ、スマホやタブレットをふよふよ浮かせているのだから、自分が浮く事くらい造作もないのだろうけれど。何だか、走っている自分がバカバカしくなってくる。
そんな内心が顔に出ていたのか、優雅に飛びながら果凛が小首を傾げた。
「……? どうして不服そうな顔をしていますの?」
「いや、浮いて移動するのずるいなって思ってただけだよ」
「それを言うなら、〈
俺の返答に、果凛は呆れを含んだ笑みを見せた。
言われてみればその通りだ。だが、何だか納得ができない。
こちらは確かに〈
本来、人間という生き物は自分の身体を傷付けないように、ある程度使うパワーをセーブしているらしい。だが、俺は〈
そして、火事場の馬鹿力状態を常に保った上で身体を鍛える事だってもちろんできる。要するに、常に自分の限界以上の力を出し、そしてその限界を越えるトレーニングに挑める。そうした鍛錬を積む事で、無限に腕力や脚力を鍛える事ができたのだ。
試してないのでわからないが、理論上はバーベルの重りを少しずつ追加していけば、無限に上げられるのではないかと思う。そんな事をしても戦いに無関係な筋肉がつくだけなのでやらないけれど。
ちなみに、それほどトレーニングというトレーニングは異世界では積んでいなかった。ただ常に戦いの中に身を置かされていたせいで、戦いに必要な筋力だけが自然についていったのである。
その中でも一番鍛えられたのが、今はパートナーとなっている、果凛との戦いだった。魔王の速度とめちゃくちゃな魔法に対抗する為に、嫌でも身体が鍛えられてしまったのだ。ボディビルダーのような無駄な筋肉はないので服の上からではあまりわからないが、実はこう見えて、結構バキバキだったりする。どや。
「勘弁してほしいですわ。こちらが攻撃を加えれば加える分だけ強くなる絶望感、わかってまして?」
「まあ、自分が戦う分には絶対に嫌だけど……でも、こっちはその分衝撃やら何やらで痛い思いしてるからな? 死なないだけで」
「知りませんわよ、そんな事」
移動しながら、そんな軽口を交わし合う。
本当に地下八階層の魔物を全滅させてしまったのか、一匹も魔物とは出くわさなかった。完全に枯らせてしまうと、暫く魔物が生まれないのだろうか? まだそのあたりのダンジョンの生態系がよくわかっていない。
と、そんな時にこれまで〇だった同接者が一になった。配信を切り忘れたまま移動していたのだ。変な会話を聞かれていなくてよかった。
その視聴者により、コメントが書き込まれた。
『あんたら、今何階層にいる? 九階層に近いなら大正フラミンゴ助けてやって欲しいんだが。あんたらの強さなら助けられると思う』
どうやら、さっき見ていた視聴者がこちらに救援を求めてきたらしい。
まあ、ダンジョンのどこかしこにいるなら助けて欲しいと思うのが人情というものだろうか。スプラッターシーンを見たい人もいれば、こうして純粋に探索する姿を見たいだけの人もいるのだろう。むしろ、そういう人が多数派だと信じたい。
「ご安心下さいまし。今向かっておりますわ」
果凛がコメントに返事をした。
さっきのやり取りでもうコメ返に慣れたらしい。意外にも応用力が高い。いや、地頭が良いから応用できるのか。
『女の子の方飛んでるしww やっぱあんたら凄いわww さっきの戦い見てたけど、あんたらなら大正フラミンゴを助けられるって信じてる』
今更ながらに視聴者が果凛の飛行に驚いていた。先程戦っている最中も果凛は浮いていたのだが、派手な魔法が多かったせいで気付かなかったのだろう。
そんなコメントを見て、俺と果凛はにやりと笑みを交わした。
「当たり前だろ? だって俺らは元勇者と──」
「元魔王のカップルですのよ?」
そうした言葉を交わして、まるで挨拶の一つとでも言うように、俺達は互いの拳を合わせる。
まさか、元魔王とフィストバンプする日が来るとは思わなくて、何だか可笑しい。彼女とは再会して一日も経っていないというのに、何となく息が合う気がした。伊達に三日三晩死闘を繰り広げただけの事はあるなと思わされる瞬間だ。
──よし、階段が見えてきた。頼む、大正フラミンゴのお姉さん方。まだ生きててくれよ。
彼女らの無事を願いながら、俺達は地下九階層への階段へと踏み込んだ。
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