第15話 大正フラミンゴの泣訴

 大正フラミンゴが大ピンチ──

 そのコメントが書き込まれ、俺と果凛が呼び止める暇もなくあれよあれよと視聴者は離脱してしまい、同接数は見慣れた〇という数字になった。

 さすがに空いた口が塞がらない。いつでも余裕を見せている果凛でさえも、茫然としていた。


「な……何なんですの? 皆さん、急に居なくなってしまいましてよ? あれだけ好意的でしたのに……」

「まあ、これがこっちの世界の〝ネット民〟って奴だよ。興味が大きい方にすぐに他になびくし、手のひら返しも早い」

「そういうもの、と諦めるしかありませんの?」

「精神衛生上、それが一番かな」


 俺の返答に、果凛はどこか不服そうにしていた。

 彼女が納得できないのも無理はない。ネット上の言葉は恐ろしく軽いのだ。肉声では絶対に言わないような悪口を平気で書けるし、その言葉に対しての責任感もない。いくらこちらの知識を持っているとは言え、根本的な常識が異なる世界で生きてきた者が理解するのは難しいと思う。

 彼らのうちの殆どは目先の興味しかないのだ。今は突如現れた新生カップルDtuberよりも、死にかけているらしい配信者の状態の方が気になるのだろう。

 リアルタイムで人が死ぬところを見れるかもしれないわけだし、これを逃すとその映像は二度と見れない可能性の方が高い。きっと、今はスクショ動画をしながらその配信を見ている者がさぞ多いのだろう。

 ダンジョン探索時における死亡動画はUtubeユーチューブ上にはアップロードしてもBAN対象になるだけだが、他のマイナーな媒体であればできるところだってあるだろうし、それこそスプラッター好きな変態野郎が集まる闇サイトとかでは高値でデータが売買されているのかもしれない。そこまでは俺は詳しくはないけれど、実際にそういった取引はなされていそうである。

 俺がそう説明すると、果凛は嫌そうな顔をしていた。


「悪趣味な人が多いんですのね」

「まあ……逆に言うと、それだけ人の死が非現実なのさ。いや、なるべくそれが非現実になるように努力している、というべきかな。当たり前に人や魔物が死んでいたテンブルク世界とは根本が異なるんだよ」

「人が滅多に死なない世界……わたくしの世界の人達からすれば、きっと素敵な響きなのかもしれませんわね」

「どっちもどっちさ」


 俺が肩を竦めて見せると、果凛も困ったように笑っていた。

 今回のような他の配信情報を別の配信で漏らす事をハト行為というが、Dtuberの世界はまだできたばかり、加えてダンジョンは命の危険性も高い場所なので、今回のような〝緊張のハト行為〟は許されている。許されているけれど、こうして同接〇人になっているところを見ると、やっぱり良い気分はしなかった。

 それにしても、大正フラミンゴか。そういえば、学校でもクラスメイトが大正フラミンゴが今日配信すると言っていたが、何かトラブルが起こったのだろう。


 ──でも……地下九階層でそんなにやばい魔物いたかな?


 それが疑問だった。俺は一応、地下二〇階層くらいまではソロで潜っているし、階層によってどの程度の魔物の強さが変わるのかも知っている。地下八階層まで行ける人達なら、地下九階層に行ったとて苦戦を強いられるとは思わないのだけれど。


「そういえば、大変な目に遭っている大正フラミンゴさん……でしたかしら? その方々はどういった人達なんですか?」

「確かUtuberユーチューバー上がりでDtuberダンジョン・チューバーになった二人組じゃなかったかな」


 果凛の質問に答える。

 大正フラミンゴは大正時代の衣装を常に纏っている事が特徴の若い女性二人組のUtuberユーチューバーだ。Utuber上では国内でトップクラスの人気を誇っていて、大体の人は知っている。

 UtuberがどうしてDtuberダンジョン・チューバ―を? と思うかもしれないが、今人気のDtuberの多くは、実はUtuber上がりだ。

 Utuberは流行に敏感な職業。というより、流行り廃りが数字として明確に出るので、Utubeの限界を感じていたのだろう。実際に最近はもうプラットフォーム全体的に再生数が落ちていて、Utubeも頭打ちだと言われている。そうしてUtubeが限界に達していたところに、ダンジョンの登場とDtubeという新たな媒体の登場である。

 本当に最初の頃はダンジョン・シーカーの人達が探索の傍らで配信していた程度のものだった。そこにエンタメ要素を持ち込み、一気にこのダンジョン配信ブームを作ったのが影響力のあるUtuber達である。大正フラミンゴの二人組もその一角を担う存在だ。

 尤も、Utuber全員がダンジョン内で特別な力に目覚められるわけではないし、誰もが強いDtuberになれるわけではない。一定のスキルや強さをダンジョン内で発揮できるUtuberだけがDtuberに転身できるのだ。

 クラスの連中が口にするようなDtuberは、元々Utuber組である。だからこそ、一般的な認知度も高いし、人気も高い。地下八階層や九階層までいけるのは、Utuber発のDtuberではきっとトップクラスだろう。


「わたくしにはまだそのの差が曖昧なのですけれど……」

「今日知ったばっかりだもんな。どっちも大差ないよ。一般的な動画投稿やライブ配信をするプラットフォームがU、ダンジョンでライブ配信をするのがDって覚えておけば問題ないかな」

「そう解しておきますわ。それにしても、せっかく良いスタートを切れたと思いましたのに……残念ですわ」

「まあ、仕方ないさ。そういう時もある。とりあえず、大正フラミンゴさんが実際にどういう状況か見てみよっか」


 俺は言いながらARグラス上でDtubeを表示させて、ホーム画面に跳んでみる。

 大正フラミンゴのライブ配信が今急上昇ランキングに載っているらしく、俺のホーム画面にも一番上に出てきた。そんなに話題になっているのか。

 急上昇に乗る程のピンチってどの程度なんだと思ってライブ配信を映し出してみると──

 そこには、劣勢で今にもやられそうな大正フラミンゴがいた。護衛で何人かのダンジョン・シーカーも連れていたようだが、既にやられてしまったのか、地面に伏している。

 今は映像から生存が確認できるのは大正フラミンゴの二人組と、この映像を映しているカメラマンだけだ。

 そして、何より特徴的だったのは、彼女らが対峙している魔物。彼女達の前には……三匹のミノタウロスが立っていた。

 大正フラミンゴは、ミノタウロス三体を相手に全く手も足もでず劣勢に追いやられていた。

 彼女達も、おそらくそれなりに高いスキルや魔力を持っているのだろう。色々な魔法攻撃をミノタウロスに仕掛けてはいるが、全く通用していない。


「おいおい……冗談だろ? 何でミノタウロスが九階層なんかに出てるんだよ」

「……? 普段は出ないんですの?」

「ああ。俺が見たのは地下十八階層からかな。下の階層の魔物が上まで上がってくる例なんて聞いた事がないんだけど……」


 とは言え、まだこのダンジョンが地球に生まれてから日が浅い。俺達が勝手にないと思っていただけで、実は魔物達はダンジョン内で階層を自由に行き来できるのかもしれない。少なくとも、そういった例が今できている。彼女達が九階層でミノタウロス三体と戦っているのは事実だ。

 大正フラミンゴのうちのショートヘアの子……確かモエさんだったかが攻撃を仕掛けている際、もう一人の茶髪ロングの女の子・ハルさんがカメラに駆け寄ってきた。


『お願い、これを見てるDtuberさん、シーカーさん! いたら、助けて下さい! 護衛のシーカーさん達はやられてしまいました。私達も、もうあんまり長くは持ちそうにありません……これ、ヤラセでも何でもないんです! だから、誰かお願い……助けて。私達、九層の西側に──』

『きゃあ!』

『モエ⁉』


 ハルさんがカメラに助けを求めている間に、モエさんがミノタウロスに殴り飛ばされたのだ。ハルさんは泣訴を中断し、慌ててモエさんを助けに再度戦いへと向かった。

 そこで、俺はDtubeを閉じた。ここでのんびり鑑賞している場合ではなさそうだ。


「九層……次の階でしたわよね?」

「ああ。西側って言ってたな……急ごう。Utuberはヤラセばっかりで信用ならないんだけど、あの様子を見る限り今回はマジっぽいし」

「ヤラセだったらどうしますの?」


 急ごうと思ったタイミングで、果凛が意地悪な事を聞いてくる。

 彼女はどうやら俺を困らせるのが好きらしい。


「その時は……魔王様の御力で何かお仕置きしてもらおうかな」


 苦い笑みでそう返してやると、果凛は対象的に蠱惑的な笑みを浮かべてぺろりと唇を舐めた。


「それはそれで、とっても楽しそうな提案ですわ」

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