第18話 とある人気Dtuberの希望

 ダンジョンの出現──

 その非現実的なものの発生は、世界に変革を齎した。ハル達一般人にとっても青天の霹靂だった。

 しかし、同時に新しいツールや職業も生まれた。それが、ダンジョン・シーカーやDtuberダンジョン・チューバーだ。

 ダンジョン探索を主とするダンジョン・シーカーと呼ばれる新たな職業が生まれ、その中で配信を行うという文化が生まれた。そして、Utuberユーチューバーの中からDtubeで配信を行う者が現れ、Dtuberという職ができた。

 Utuberは一気にプレイヤーが多くなってしまったが、Dtubeはまだまだ生まれたて。危険が伴う故に、プレイヤーもほとんどおらず、おまけにダンジョンの中で魔物を倒して魔石を手に入れれば、政府がお金に換金してくれるらしい。

 Dtuberにチャレンジしようと言い出したのはモエだ。

 DtuberはUtubeよりも圧倒的に危険が伴う分、新規参入者が少ない。Utubeでは後発組だった大正フラミンゴだが、Dtubeなら先発組になれて先行者利益が十分に獲得できる、とモエは豪語した。

 戦闘未経験の自分達がダンジョン探索なんかできるわけがないと思ったが、なんでもダンジョンの中に入れば特別な力が授けられるらしい。その特別な力──スキルが当たりならば、その力だけで十分に冒険も配信もできるとの事だった。

 しかし、その力はダンジョンの中に入ってからでないと発揮できないらしい。自分達にどんな能力があるかわからないので、片方が優れた能力でなかった場合はやめておこう──そんな約束事をしてから、大正フラミンゴはDtuber転身を決めた。

 そこからUtuberとしてのコネを使ってダンジョン・シーカーと知り合い、その人達に守ってもらいながら、まずは自分にどんな力があるのかを調べてもらった。

 幸か不幸か、大正フラミンゴはふたりともダンジョン・シーカーの適格者だった。モエが近接戦闘系の肉体強化スキル、ハルが遠隔攻撃系の魔法を操るスキルに恵まれたのだ。

 戦いは怖かったが、ダンジョン・シーカーの護衛もいるし、スキルがあれば案外どうとでもなった。戦闘に慣れた頃合いでDtuber転身を発表すると、Utubeから続けて皆が応援してくれて、一気にDtubeチャンネルの登録者数が増えた。先行者利益で、確実にUtuber時代の全盛期、いやそれ以上の勢いさえも手に入る予感があった。

 ヒルキンはUtuberの先発組の成功者で、Dtuberでもその地位を築いている。謂わば、Utube界では大先輩だ。

 今、大正フラミンゴはそのヒルキンと並ぶ存在になれている。先行者利益の波は、確実に来ていた。

 昨日、ヒルキンは地下八階層で配信をしていたので、彼らより先に九階層にいって話題を掻っ攫おう。そう思って今日、九階層にチャレンジしたのだが──その判断が、誤りだった。

 本来九階層にいるはずのない魔物・ミノタウロスが現れたのである。


(やめておけば、よかった……)


 ハルは後悔した。

 焦ってヒルキンに勝とうと思わなければ、Dtuberなんかになろうと思わなければ、いや、そもそもUtubeに賭けずにちゃんと就活して就職していれば、こんな殺し合いみたいな世界に足を踏み入れなくても済んだのに。こんなに怖い思いをしなくても済んだのに。

 この戦いの間で、どれほどの後悔をしたかわからない。

 でも、どれだけ後悔をしても、もう遅かった。

 護衛として雇っていたダンジョン・シーカーの人達は皆やられてしまった。まだ息はあるようだが、とてもではないが助けられそうにない。いや、このままではきっと皆がやられてしまう。誰も生き残れない。

 護衛のシーカー達も、『何でこんなところにこんな強力な魔物が!』とびっくりしていた。彼らは十階層まで行った事があると言っていたので、地下九階層にはそれほど強い魔物がいないから安心だと言ってくれていたのだ。

 その言葉を信じてハルとモエも安心して九階層に望んだのだが……そもそも、今となっては何を大丈夫と勝手に思っていたのかわからない。

 もともと、数か月前に突然変異でできたようなダンジョンだ。何が安全で何が危険かなど、まだ解明されていなくて当然ではないか。

 甘かった。危機管理能力があまりに低かった。自分は絶対に死なないのだとどこか高を括っていた。


「ごめん、なさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……許して、下さい」


 色々なものに謝ってみたが、化け物がそんな言葉に耳を貸すわけがない。

 ミノタウロスの斧が、ゆっくりと振り上げられ、ハルの整った顔に狙いを定めた。


(ああ、もうだめだ。私、本当に死ぬんだ──)


 ハルはそう確信した瞬間、涙が一気に溢れた。


「誰か、助けてよぉ……!」


 心から誰かに懇願した。誰も聞き入れてくれないとわかっていながら、懇願するしかなかった。

 きっと、あとコンマ何秒後かには自分の頭は砕かれているのだろう。そう覚悟して、目を閉じた。

 しかしその刹那──ものすごい金属と何かがぶつかり合う音が、目の前で響き渡った。


「え……?」


 驚いて目を開くと、ハルとミノタウロスの間には、ひとりの少年が立っていた。高校生の男の子だ。

 少年が左腕でミノタウロスの斧撃を受け、ハルを守ってくれたのだ。


「ふぅ……ギリギリセーフ。間に合って良かった」


 少年はこちらを振り返り、柔らかく微笑んでみせた。

 その輝かしさと頼もしさに、ハルは思わず涙する。


(きっと、物語に出てくる勇者って……こんな感じなんだろうな)


 その少年の姿を見て、ハルは何となくそんな感想を抱いたのだった。

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