第19話 間一髪の救助

 地下九階層に着いた。俺個人では地下九階層にはこれまでにも何度か来ているが、同じ九階層とは思えない程、この階層には異様な空気が満ちていた。

 普通の魔物が一切近くにいないのだ。かといって、地下八階層のように、狩りまくってしまったせいで枯れている、という雰囲気でもない。まるで何かに怯えて隠れているかのようだった。

 あのミノタウロスの階層移動或いは出現は、ダンジョンにとってもイレギュラーらしい。


「あちらから魔力の流れと強い生命反応を感じますわ」


 果凛が左手側の通路を指差して言った。

 確か、そちらの方角この階層の西側だ。大正フラミンゴがいるのもそちらで間違いなさそうだ。


「よし、行こう。あ、視聴者さん。まだ大正フラミンゴは無事か?」


 俺は同接カウンターが一のままである事を確認すると、訊いてみた。

 視聴者は『見てくる』と言って、一旦うちのチャンネルから離脱した。その間に俺達は西側に向かった。今は一秒でも惜しい。


『まだ生きてる。でももう時間の問題。今モエちゃんが動けなくなっててハルちゃんひとりで戦ってる状態』


 視聴者さんはすぐに戻ってきて、早速コメントを書き込んでくれた。

 一旦大正フラミンゴの配信を見に行って、また戻ってきてくれたのだ。有り難い。


「急ぎますわよ」

「ああ」


 俺と果凛は視線を正面に向けたまま言葉を交わす。

 魔物が今現れないでいてくれるのは有り難かった。その分一直線で大正フラミンゴがいる場所まで行ける。

 間もなくして、戦闘音が聞こえてきた。大正フラミンゴのハルさんというのは、魔法を得意とするタイプなのだろう。まだ遠く離れているが、魔法による攻撃音が聞こえる。戦闘音が聞こえるという事は、まだ生きているという事だ。あと一分くらいは持ってくれ。

 二つ程曲がり角を曲がって、大きな広間に出たところで──大正フラミンゴの姿が見えた。

 だが、状況は絶望的だ。モエさんとやらは倒れてるし、護衛と思われるダンジョン・シーカー達も同じく戦闘不能状態。唯一戦えていたとするハルさんも座り込んでしまっており、目の前のミノタウロスが斧を振り上げている。


「蒼真様は髪の長い女性を。わたくしは奥の女性を保護しますわ」

「あいよ……!」


 短く果凛と言葉を交わした後、両足に力を込めて一気に距離を縮める。

 間に合う事だけを祈って、地面を蹴ってダンジョンの石畳を駆け抜けた。

 そして──間一髪、斧がハルさんに振り下ろされる直前に、二人の間に入れた。だが、剣を抜いている暇はない。

 俺は左腕に力を込めて、盾代わりに斧の前に差し出した。骨と金属がぶつかり合う嫌な音が広間に響き渡る。左腕に衝撃は感じるものの、もちろん痛みはなかった。


「ふぅ……ギリギリセーフ。間に合って良かった」


 俺は後ろを振り返り、ハルさんを安心させようと笑みを浮かべてみせる。

 まだ現実を受け入れられていない様子でぽかんとしていたが、目が合うとようやく助けが来た事を自覚し、絶望に染まっていた表情に安堵の色を広めていく。

 果凛の方を見てみると、その左脇にモエさんを抱えていた。あちらも間一髪で救出できたらしい。今はミノタウロスから距離を取っている。


「果凛。敵は俺が引き付けておくから、その間に倒れてる奴らも頼めるか?」

「ええ。お安い御用ですわ」


 果凛は肩を竦めて呆れたような笑みを浮かべつつも、頷いてみせた。床にモエさんを下ろし、早速〈治癒魔法ヒール〉による治療を始める。

 彼女の返事が妙に頼もしい。こういう状況に陥ってみると、仲間がいるというのは心強いな実感させられた。敵を倒す事は難しくはないものの、俺ひとりだったら全員を助けるのはもっと難しかった。


「ハルさん、だっけか。あんたもとりあえずはあっちの女の子のところに──」

「うぅぅ……わあああ!」


 避難してくれ、と言い終える前に、ハルさんが急に泣き出した。

 安堵のあまり、感情が崩壊してしまったのだろう。でも、まだ戦闘中で目の前にミノタウロスが一体、それから残りの二体もこっちに向かってきているわけで。とりあえず果凛のところまで逃げてくれません? 正直、ここで座り込まれて泣かれても困る。

 果凛はそんな俺の内心を読み取ったのか、少し声を張ってハルさんに言った。


「泣くのは後にして下さいませんこと? 気持ちはわからなくもないのですけれど、そんな暇があるなら倒れている方々をわたくしのところまで運んで欲しいのですわ」

「──は、はい! ごめんなさい!」


 果凛の叱咤にハッとして涙を拭うと、ハルさんは立ち上がった。

 俺と目を合わせると、ぺこりと頭を下げて石畳の上に倒れたままの護衛シーカーさんのところへと向かった。

 ミノタウロスはそれを見てハルさんを追おうとするが、俺が通せんぼするようにして獣の前に仁王立つ。


「おっと、行かせねえよ。つーか、ミノタウロスが何でこんな階層にいるんだよ。お前らが出るの、二〇階層付近だろ?」


 訊いてみるものの、ミノタウロスはブルルと鼻を鳴らすだけで、何も答えてくれなかった。

 いや、答えられても驚くので、それで構わないのだけれど。


「まあ、ンな事どうでもいいか。ミノタウロスなんて俺の敵じゃ──」


 とりあえず剣を引き抜き、一番目立つ鎧を着ているミノタウロスに一閃。

 これで終わるかと思っていたが──なんと、斧で防がれてしまった。


「……お?」


 ちょっと予想外だった。昨日倒したミノタウロスはこのくらいの力で首が飛んでいたからだ。

 その攻撃を切っ掛けに、まるで他の二体のミノタウロスが守るように連携を取って攻撃をしてきた。

 どうやら、普通のミノタウロスとは異なるらしい。統率が取れているし、特に真ん中の一体だけ色が異なるミノタウロスは俺も初めて見た。おそらくミノタウロスの上位種だろう。ここでは便宜上ミノタウロス・リーダーと呼んでおく。

 昨日のミノタウロスは俺が攻撃を防いだだけで怯えを見せていたが、今日の三体は異なっていた。攻撃を防いだとて、戦意は全く失っていなかったのだ。

 ちらりと果凛の方を見ると、今は大正フラミンゴの護衛をしていたシーカーさん方の治療に取り掛かろうとしていた。回復を終えたモエさんとハルさんが協力しながら、倒れているシーカーさん方を果凛の方へと運んでいる。

 もう少し時間を稼がなければならないっぽい。どうしようかな。


 ──そうだ。どうせなら他の配信者が絶対にやらなそうな事やってみようかな。


 良い事を思いつき、構えを解いてほくそ笑むと……

 俺はガードを下ろし、ノーガードのままミノタウロス三体に向けて、攻撃してみせよと言わんばかりに両手を広げてみせた。


 ──さあ、好きなだけ殴ってみせてくれ、牛頭達。どうせなら、〈破壊不可アンブレイカブル〉がどんなものか、体感してみるといいさ。

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