第20話 無敵×最強の炎舞踊

「おーおー、殺気ビンビンだな、お前ら。いいよ、好きなだけ殴れよ」


 俺は構えを解いてノーガードのまま両手を広げてみせると、予想通り三体のミノタウロスが一心不乱に攻撃を仕掛けてきた。その斧で、冷蔵庫も掴めそうなくらい大きな手で、必死に殴りつけてくる。普通の人間がこの攻撃を受けたならば、間違いなく最初の一撃で致命傷だろう。

 無論、〈破壊不可アンブレイカブル〉のスキルを持つ俺には一切の効果がない。これまでこの身で味わってきた様々な痛みに比べれば──特にあちらの紅いドレスを着ている方の攻撃に比べれば──小さな虫が皮膚に触れている程度の威力だ。

 反撃してしまっても良いのだが、怪我人達の治療を終えるまでまだもう少し時間が掛かる。その間、攻撃の隙をついてこいつらミノタウロスのうちのどれかが自棄糞になって彼女達の方に向かったらそれはそれで厄介だ。回復が終わるまで足止めしておくのがベストだろう。

 足止めはこうして好きなだけ殴らせてやるのが一番良い。だって、躍起になって勝手に殴ってくれるし、痛くもないし。ちょっと鬱陶しいくらいだ。

 それに、俺が好きなだけ殴られているのにはもう一つ理由がある。大正フラミンゴのカメラマンだ。


 ──さあ、存分に撮ってくれよ、大正フラミンゴのカメラマンさん。


 俺はわざと大正フラミンゴのカメラマンさんが撮りやすい場所まで移動し、敵の攻撃を受ける。

 ちょっといやらしい話だが、大正フラミンゴのカメラマンのカメラは先程からずっとこちらを捉えていた。現在多くの同接を実現しているであろう大正フラミンゴの視聴者に、俺達の存在をアピールする良い機会なのだ。このチャンスを活かせば、初日から【そまりんカップル】を跳ねさせる事ができるかもしれない。

 実際、ハルさんを助けた頃合いから大正フラミンゴの視聴者が俺達の配信に流れてきて、同接数も異常な数値になっている。なんと今、二千を越えているのだ。正直ちょっとビビっている。

 それに比例して、コメント数もアホみたいに流れていた。とてもではないが追える分量ではない。

 大体のコメントは、俺のノーガード挑発行為に対する批難だった。


『おい、やばいって!』

『何考えてんだよ、アホか! 避けろ!』

『お前がやられたらツインテちゃんもやられて全滅だろうが!』

『ドMはプライベートだけにしとけや』


 こんな感じである。

 やれやれ、と鼻で笑うしかない。これだからニワカは困る。派手な技や外見だけの〝偽者〟の戦いしか見ていないから、そんな感想しか湧いて来ないのだ。

〝本物〟はこの程度の攻撃では負傷などしない。真の強者にとって雑魚の攻撃など防御にさえ値しないのである。

 いつまで経っても俺が薄ら笑いを浮かべながら攻撃を受け続けていると、さすがに視聴者達も異常に気付いてきた。コメントの流れが徐々に変わってきたのだ。


『おい嘘だろ? さっき、このミノタウロスの一撃で護衛の人達やられてたよな?』

『何でこいつ、微動だにしてないんだよ!』

『え、こいつ何者なん? そういうスキル? やばくない?』

『さっきこの人達の配信見てたけどやばいよ。ヒルキンが苦戦してたゴブリンロードをワンパンKOしてた』

『まじで⁉』

『チャンネル名に元勇者って書いてあるけどガチ? じゃああっちの女の子魔王? 何でカップルなん?』

『なんかよくわからんけどチャンネル登録しとこ』


 なんかよくわからん関係なのは確かなので、そこは全力で同意しておきたい。

 マジで魔王と勇者のカップルチャンネルってなんだし。いや、異世界テンブルクではガチでそうだったのだけれど。


「蒼真様、もうちょっとかっこよく敵を引き付けられませんの?」


 視聴者と同じように俺の行動に呆れていたらしい果凛が、大きな溜め息を吐いていた。


「あ? だってこれが一番楽だし。そっちの方は?」

「今し方終わりましたわ。ところで蒼真様」

「ん?」

が大事、ですのよね?」


 元魔王のカノジョはドレススカートの埃を払うような仕草をして、嗜虐に酔いしれた悪魔の笑みを浮かべた。

 玲瓏妖艶な美少女と冷たい笑みの組み合わせはあまりにミスマッチなはずなのだけれど、そこには不思議と不自然さがなく、却って魅力的に見えてしまう。


「ああ。ただし、隕石とかはやめろよ」


 俺は相変わらずミノタウロス達の攻撃を一身に受けながら果凛に返答する。

 彼女のは注意が必要である。いくつも派手な魔法を浴びせられてきたが、地球の形に影響を与えそうなものが多いのだ。間違いなくこんな地下深くで使われたら生き埋めになる。

 果凛は「わかっておりますわよ」と前置いて、魔力をその全身に巡らせていった。その魔力は炎として可視化され、空中に炎の細かい魔法陣が描かれていく。

 なんだろう? こんな魔法、見た事がない。


「では、助太刀いたしますわ。とびっきりド派手な、わたくしの切り札で」


 準備が整ったのか、果凛は両手を広げて声高らかに歌うように続けた。


「さあさあ、おいでなさい──炎魔幻獣イフリート!」


 彼女の言葉と共に、空中に描かれた炎の魔法陣から更なる炎が噴き出した。

 その魔法陣の中心からうっすらとブラックホールのような穴が広がっていき……中から、炎を纏った巨漢──炎魔幻獣イフリートが現れたのである。


「な……⁉」


 その姿といきなりの幻獣の登場に、場にいた人間だけでなくミノタウロス三体も固まってしまった。というか、パートナーであるはずの俺も驚いて炎魔幻獣イフリートを凝視してしまっている。

 異世界テンブルクには召喚術師という者がいると聞いた事があったが、まさか果凛がその召喚術師だとは思ってもいなかった。なぜなら、彼女は俺との戦いで一度も召喚獣を呼び寄せなかったからだ。

 炎魔幻獣イフリートの鍛え上げられた巨躯は常に炎を纏っており、その全身から熱気を放っている。炎魔幻獣イフリートは深く燃え盛る炎のような瞳でミノタウロスのうちの一体を睨み上げると、この世のものとは思えないような咆哮を上げた。そのあまりの存在感に、周囲の空気はその熱気とは裏腹に凍り付いているように思えてくる。

 一方、ひとりテンションが高いのは果凛だった。


「あぁ……高まりますわ、高まりますわ! 早くその炎で身の程知らずの獣にわからせてあげなさい!」


 果凛は俺の横にいるミノタウロスを指差してそう指示すると──炎魔幻獣イフリートは口をパカッと開き、灼熱の炎を吐きだした。それは炎というより、どちらかというと光線に近かった。

 灼熱光線はミノタウロスをしっかりと捉えたかと思うと、一瞬だけじゅっと音を立てた。そして次の瞬間には燃えカスとなっており、その肉体どころか骨さえも残っていない。


「……一瞬で灰にしてるじゃんか。これじゃあ、盛り上げに欠けるんじゃないか?」


 俺は小さく溜め息を吐いて、剣を一閃してもう一匹のミノタウロスの首を撥ね飛ばした。

 炎魔幻獣イフリートに注意が向いていて隙だらけの敵を一撃で仕留める事など、俺には造作もない事だった。


「あらあら、それは蒼真様も同じじゃありませんこと? もう少し苦戦を装う演出でもされた方が、きっと映えますわよ?」

「うるさいな。だって、仕方ないだろ? それ以前の問題なんだから」

「それもそうですわね。もう少し歯応えがありませんと……演出の仕様がありませんわ」


 俺達はそんな軽口を交わして、残されたミノタウロス・リーダーへと視線を向ける。

 そう、俺達が苦戦を演じるには、あまりに敵が。完全に力不足なのだ。

 ミノタウロス・リーダーもそれがわかっているのだろう。逃げる事さえできずに恐れ慄いてしまっている。そんな魔物を見て、果凛は艶やかな笑みのまま提案した。


「でも、せっかくわたくしも奥の手召喚術を見せた事ですし……どうせなら最後はド派手に盛り上げたいですわ。わたくしと蒼真様の、愛なる一撃で」

「そうだな。せっかく視聴者さんもたくさんいるんだ。それくらいの演出はあった方がいいかもな」


 愛なる一撃とやらについてはわからないが、何となく果凛のやりたい事はわかったので、頷いておく。

 先程から同接とチャンネル登録者のカウンター数が上がりまくりだ。完全に今、俺達はっている。この流れを逃す手はない。ここが最大の見せ場だろう。


「準備はよろしいですの? 皆様方?」


 果凛が視聴者に訊きくと、コメント欄が『うおおお!』と彼女の呼び掛けに応える書き込みでいっぱいになった。もう目で追うのは無理な数だ。

 完全に俺よりノリノリである。というか、果凛もなんだかんた言って配信が板に付いてきていた。

 詳しくは知らないが、彼女の口ぶり的には『魔王』であった事さえ演じていた節がある。もしかすると、こうして自身に求められている役割を演じ切るのは慣れっこなのかもしれない。


「それでは……視聴者の皆様を煉獄の宴へとご招待いたしますわ。牛頭さんは、束の間の余生を存分に楽しんで下さいまし」


 果凛は芝居掛かった仕草で踊るように腕を振るうと、炎魔幻獣イフリートがそれに呼応するようにして咆哮を上げた。そして、やや上空に向けて先程と同じ灼熱の光線を放つ。

 俺はそのタイミングで跳び上がって剣身で炎魔幻獣イフリートの炎を受けると、溶けるような熱さが剣の柄から伝ってきた。

 そして、炎魔幻獣イフリートの力を自らに反映させるべく、深く息を吸い込み、瞳を閉じる。

 灼熱の炎と炎魔幻獣イフリート、ミノタウロス・リーダーがまだいるにも関わらず、周囲は静寂に包まれ、その瞬間、全ては俺と果凛による炎の剣の為だけに存在しているかのように感じた。

 剣から放たれる炎は太陽のように眩しく、全てを飲み込むようだった。紅く輝くその炎はまさしく煉獄と呼ぶに相応しく、俺自身さえも畏怖させる。


 ──熱い。手が溶けそうだ。


 冗談にならない熱さだった。きっと、普通の人間ならば大火傷では済まないような熱さに違いない。

 だが、俺なら耐えられる。なぜなら、俺は──決して壊れないアンブレイカブルからだ。


「喰らい──やがれええええッ!」


 気合の声と共に、炎魔幻獣イフリートの灼熱を纏った剣を一直線に振り下ろす。大地は揺れ、空気は震え、その煉獄の断層は一直線に敵へと突き進んだ。

 その圧倒的破壊力の前に、ミノタウロス・リーダーに為す術はなかった。元勇者と元魔王による、無敵と最強が合わさった無慈悲な斬撃を受け入れ、その存在を消滅させる以外は。

 しかし、ミノタウロス・リーダーは消え去る直前、何かをその身体に浮かび上がらせていた。ダンジョンの魔物ではこのような現象は生じず、これまでとは大きく異なる点だった。召喚獣との合わせ技の影響だろうか。

 こうして、戦いは終わった。


 ──え?


 ふと冷静になって周囲を見渡し、ぎょっとする。

 その煉獄なる斬撃は魔物だけに留まらず、後ろの壁さえも切り裂き、ダンジョンの階層の形を大きく変えてしまっていたのだ。


 ──はは、なんだコレ……。ダンジョンごとぶっ壊しそう。


 あまりの威力の高さに、自分でも引いてしまった。果凛の〈隕石召喚メテオ〉の事を言えたものではない。

 自身の耐久度と斬撃、そして果凛の召喚術を掛け合わせれば、これほどまでの連携技が実現できるとは思ってもいなかった。


 ──これが元勇者元魔王果凛の一撃、なんだな……。


 俺が振り下ろしたのは、ただの斬撃でもただの合わせ技でもない。

 これは俺と果凛の意志、俺と果凛の過去の精算、そして元勇者と元魔王の間で芽吹いた恋が形となったもの。彼女の言っていた、愛なる一撃の意味が少しわかった気がした。

炎舞踊インフェルノ・ブラスト〉 ──とでも名付けようか。これまで戦いに関しては別々にやってきた俺達だったが、〈炎舞踊インフェルノ・ブラスト〉は、そんな俺と果凛が初めて二人で成した業なのかもしれない。いや、これこそがきっと、俺達だけにしかできない関係の深め方で、新しい生き方なのだ。


「ったく……熱過ぎんだよ。殺す気かよ」

「それは失礼いたしましたわ」


 俺と果凛はそんな軽口を交わしつつ、互いに新しい一歩を進めた事を分かち合うような笑みを、こっそりと交わしたのだった。

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