第21話 大正フラミンゴの引退

「す、すご……」

「……なにこれ」


 戦闘が終わり炎魔幻獣イフリートも自らの世界に還ると、呆気に取られたかのようにハルさんとモエさんが呟いた。

 俺は小さく息を吐いてARレンズでDtubeの表示画面を操作し、コメント等の情報を非表示にする。さすがに他の人と会話をするのに同接数やコメントが視界の隅にちらちら見えるのは気になってしまう。


「怪我、なかったですか?」

「は、はい! 大丈夫です」


 俺が訊くと、ハルさんが元気よく答えた。

 周囲を見渡すと、大正フラミンゴの護衛をしていたシーカーの方々も皆無事のようだ。果凛がしっかり〈治癒魔法ヒール〉で怪我を癒してくれたらしい。

 あれだけ死闘を繰り広げた魔王が人間──しかも俺の世界の──を治療していたかと思うと、何だか可笑しかった。


「……何か失礼な事を思われていませんこと?」


 俺の視線が気になったのか、果凛がやや不機嫌そうに訊いた。


「いや、わざわざ治してくれたんだなって思っただけさ。ありがとな」

「な、治しますわよ。蒼真様がそう指示されたんじゃありませんの」


 恥ずかしかったのか、果凛はふいっと顔を背けた。

 忌み嫌われる存在としてずっと君臨していたわけだし、もしかすると御礼だとか感謝だとかを言われ慣れてないのかもしれない。

 ちなみに、俺は『頼めるか?』と言っただけで、怪我まで治してやってくれとまでは言わなかったはずだ。また果凛の可愛い一面を発見してしまったらしい。


「あ、えっと! 本当にありがとうございました! 助かりました」

「ありがとう、ほんと助かったわ。それにしても、二人とも強いのねー! 映画でも見てる気分になっちゃった」


 ハルさんとモエさんが俺達の前に並んで御礼を述べた。

 ハルさんは気弱で大人しい感じ、モエさんがノリの良い気さくな姉ちゃんといった感じだろうか。二人共案外人当たりは悪くなさそうだ。

 ハルさんがカメラマンの方をちらりと見ると、カメラマンは俺と果凛が映らないようにカメラの向きを変えた。


「お二人の事、うちの視聴者さんに紹介したいんですけど……いいですか?」


 それから改めて確認を取るように、ハルさんが訊いてくる。

 一応、こちらに気を遣ってくれているらしい。確かに、こうした配信者間で無許可で映して自分の配信で流してしまえば問題にする人もいそうだ。Utuberだから、そのあたりは結構シビアというか、慎重なのかもしれない。


「あ、俺達は大丈夫です」

「ありがと。じゃあ鈴木っち、二人を映してあげて。命の恩人を皆に紹介してあげないと」


 モエさんが改めてカメラマン──鈴木さんというらしい──に指示を出すと、カメラマンはレンズをこちらに向けた。

 何だか、こうして撮られると恥ずかしい。スマホやタブレットで撮られるのはそれほど気にならないのに……って、そっか。無人だから緊張しないのか。

 ハルさん達も俺達の背後に浮いているスマホとタブレットに気付いていないし。


「えっと、改めまして……助けて下さり、ありがとうございました」

「ほんとに助かったよー!」

「い、いえいえ。たまたま通りがかっただけなんで」


 年上の女性に頭を下げられるというのも慣れない。しかも相手は有名人。普通に生きていればなかなかないシチュエーションだ。

 果凛はどう対応すればいいのかわからないのか、様子見といった感じだ。


「そういえば、おふたりのお名前を伺っていいですか?」

「ああ、えっと……冴木蒼真、です」

「風祭果凛と申しますわ」


 果凛は大正フラミンゴを前にしても、いつも通りだ。

 凄いなと一瞬思ったが、すぐにそれもそうかと思い直す。俺にとっては有名Utuberだが、彼女にとってはただの二人組の女性でしかないのだ。ハルさんが訊いた。


「ふたりもDtuberなんですよね?」

「はい。まだ今日始めたばっかの新参者ですが」


 一応ソロで地下二〇階層まで行った事はあるが、それはそれで言うと面倒なので伏せておこう。

 そもそも地下二〇階層まで行った事がある人が少なそうなので、信じてもらえないだろうし。


「新人さん⁉ あ、ほんとだ! チャンネル開設したの今日じゃん。って事は初配信⁉ それであの戦い方とか、何者なのよほんと……」


 モエさんが何やら空中で手を動かしながら言う。

 おそらくAR上で俺達のDtubeアカウントのページを開いて確認しているのだろう。


「二人はこれまでシーカーとしてダンジョンにはよく入られていたんですか?」

「わたくしは今日が初めてでしたわ。蒼真様は何度かあるようですけれど」


 果凛が代わりに答えてくれた。

 まあ、一応これがリアリティある回答だろうか。実際に真実でもあるし、二人ともが初ダンジョンでこの戦い方をしていた、というと何か色々怪しまれそうだ。


「初配信、初ダンジョンでこれって……しかも高校生でカップル配信……色々凄い時代になったわね」


 モエさんが愕然としてぼそぼそ呟いている。何やらショックを受けているらしい。


「私達は見ての通りとても怖い思いをしていたんですけれど……果凛さんはダンジョンが怖くないんですか? 私は正直、最初は怖かったです。あまり争いにも慣れていませんでしたし」


 ハルさんが果凛に訊いた。やっぱり二人の関心は彼女にあるのだろう。紅いドレスで戦うわ、挙句に炎魔幻獣イフリートを召喚するわである意味常識をぶち壊しまくってめちゃくちゃしていたのだから、それも仕方ないのだけれど。

 そんな事をぼんやり考えていると、果凛は俺の腕を掴んでぐっと自らの方へと引き寄せた。


「蒼真様が一緒でしたら、何も怖くありませんわ」

「はい⁉」

「くぅぅ、憎いねえ! この色男! こんないい娘を泣かせんじゃないわよ!」


 モエさんが肘でぐりぐりしてからかうようにして言う。

 いや、さっきダンジョンに来る前に同人誌ネタで既に俺が泣かされかけたんですけど。何なら異世界でも何度も泣きそうになる攻撃を食らわされまくったんですけど。召喚獣使われなかっただけマシだけど。


 ──あっ、なるほど。これか。


 そこで果凛が先程『苦しめようと思えば他にまだ手はあった』といった言葉の真意に気付いた。おそらく、あれは先程の召喚術の事だったのだ。

 確かに、あの苛烈な戦いで先程の炎魔幻獣イフリートを召喚されていれば、俺の勝利は遠のいていただろう。戦いも三日三晩では済まなかったはずだ。どうして奥の手を使わなかったのかはわからないが、心の中でこっそりと彼女に感謝しておいた。

 そんな俺達の様子を見ていたハルさんは柔らかく微笑むと──それは何かを諦めたような笑みでもあった──モエさんの方を向き直って言った。


「ねえ、モエ。私、今日の一件でわかった事があるんだけど……ダンジョン配信、もうやめない?」

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