第22話 大正フラミンゴの引退②
「えっ」
唐突な引退宣言に、思わず俺は一驚する。
おそらく俺だけでなく、大正フラミンゴの視聴者達も驚愕しているだろう。というのも、大正フラミンゴはUtuberからのDtuber転身勢の中ではヒルキンと共にトップを競い合っており、Utubeで下降の一途をたどっていた人気をダンジョン配信で持ち直したと言っても過言ではない。ここで新たな柱となったダンジョン配信をやめると言い出すとは思わなかった。
「ハル……どうしてそう思ったの? 一応、理由は聞いていいかな?」
「多分、視聴者の皆も今日の配信を見て感じてたと思うんだけど、やっぱりダンジョン配信って私達が背伸びしてやる事じゃないと思うんだ。今日だって色んな人に心配掛けちゃったし、本当に死ぬ一歩手前のところだった。危うく、惨殺されるところを配信しかねない状況だったわけで……助かったのだって、たまたまこうして蒼真くんや果凛さんが近い階層にいたからでしょ? 二人が今日配信してなかったら、私達はあそこで間違いなく死んでたもん。今生きていられてるのって、ほんとに奇跡みたいなものだよ」
ハルさんはモエさんだけでなく視聴者にもその気持ちを伝えたいのだろう。鈴木さんが構えるカメラをじっと見据えて言葉を紡いだ。
「ダンジョン配信って、Utubeと違って私達みたいな一般人が軽いノリでやっていい事じゃないんだって……今日自分が経験して、改めて思ったの。当たり前に人が死んで、殺される。モンスターだって、殺されたくないから本気で挑んでくる。ゲーム配信みたいって思ってる人も多いと思うし、実際にそれに近いところもあると思うけども、それでも……私達の命はゲームみたいに何度もやり直しが利くものじゃない。それを今日実感させられたの」
ハルさんは顔を綻ばせると、俺と果凛の方を見て、促すようにして手のひらを上に向け、ゆっくりとこちらを示す。
「ダンジョン配信は私達みたいな一般人じゃなくて……こういう、蒼真くんと果凛さんみたいな、本当に強い人達、選ばれた人達にこそ相応しいっていうか。分不相応な人間が、命をかけて視聴者や家族に心配を掛けてまでやるべき事じゃないなって思ったの」
そこまで説明して、彼女は小さく息を吐いた。
結構緊張している素振りだ。まあ、でも上手くいっていた事から手を引くという提案・決断をするのはかなり勇気が必要なのかもしれない。もしかしたら、モエさんと衝突する可能性もあるわけだし。
しかし、モエさんは顔をくしゃっとして笑うと、「同感!」とハルさんに同意した。
「まあ……実はあたしもそれ思ってたんだよ。あたしらもそれなりに力に恵まれていたし、もしもの時はシーカーさん護衛に手伝ってもらえば大丈夫って思ってたけど……でも、命のやり取りに絶対に大丈夫、なんて考えが甘すぎたよね。それに、あんな戦い目の前で見せられたら、あたしには無理だー! って思っちゃったよね」
ハルさんとモエさんは互いに見つめ合って、同時に笑った。どうやら考えていた事は二人とも同じだったらしい。
それから二人はカメラの方を向き直して、しっかりとレンズを見据えた。
「というわけで、視聴者の皆さん。私達〝大正フラミンゴ〟は今日限りでダンジョン配信を引退します。向いてない事をしても仕方ないし、Utubeの方も落ち目でもしかしたらやっていけなくなってしまうかもしれないけど……でも、私達は私達でできる事をやって、コツコツ頑張っていくところを皆さんに見せていければいいかなって」
「もっと迫力あるダンジョン配信が見たいという人は、こちらの新星Dtuberのお二人! 蒼真くんと果凛ちゃんのDtube『そまりんカップル』をチャンネル登録してみてね! ちなみにあたしはもう登録した!」
ハルさんから言葉を引き継いだモエさんが、俺達を紹介してくれた。
鈴木さんが俺達にカメラを向けたので、俺はぺこりと頭を下げ、一方の果凛はどこかのご令嬢のように優雅にスカートの裾を持って挨拶していた。
これは凄い事だぞ、と思った。
Utuberからの転身組Dtuberのトップ層であった大正フラミンゴが引退を宣言し、そしてその配信中にまるで後任の如く俺達を紹介してくれた。今ARレンズの表示は全て切っているけれど、きっとチャンネル登録者数やコメントなどえらい事になっているに違いない。ちょっと見るのが怖いくらいだ。
「じゃあ……改めて引退の挨拶とかは後日ちゃんとした動画撮るので、詳しくはそっちで。今日はたくさん心配を掛けてしまい、申し訳ありませんでした」
「それから、これまでDtubeで応援してくれた人達はありがとう。よかったらUtubeの方も覗いてみてね。今日の配信はこれにておしまい。それじゃあ──」
「「おつミンゴ~!」」
二人は最後にお決まり(らしい?)の挨拶で締めくくって頭を下げたタイミングで、カメラマンの鈴木さんがカメラを下ろした。彼女達の配信は終わったようだ。
「あたしらの配信はもう終わりだけど……そっちは? まだ探索するの?」
モエさんが訊いてきた。
俺は腕時計で時間を確認すると、そろそろ母さんが家に帰ってくる時間だった。果凛が今日から下宿するのだし、あまり遅くなるのも変だろう。それに、剣がさっきの合わせ技でボロボロだ。
「いえ、俺達ももう疲れたので、今日はこれで終わりにしようかと思います」
そう言ってから、果凛と目配せをする。
こんな大事になるとも思っていなかったので、何も挨拶らしい挨拶なんて考えていないのだけれど、何も言わずにぶつっと配信を終わらせるわけにも行かないだろう。
俺と果凛が空中に浮遊するスマホとタブレットに視線を向けると、ハルさんとモエさんが「ねえモエ、気付いてなかったけどスマホとタブレット浮いてるよ……」「マジでどうなってんのこの二人」とこそこそと話していた。
そういえばこれの説明どうしよう? 果凛のスキルって事にしておくのが無難かな。色々大変だ。
「えっと……じゃあ、今日は俺達の初配信、見てくれてありがとうございました。今日はこのへんで終わります。……ほら、果凛も」
「え? 何を言えばいいんですの?」
「視聴者さんにお別れの挨拶的な?」
大正フラミンゴの『おつみんご』的なお決まりの〆文句みたいなものがあれば良いのだけれど、今は何も決めていないので、普通の挨拶で良いと思う。
俺がそう言ってやると、「わかりましたわ」と納得した様子でスマホの方を向き、にっこりと笑顔を作った。
「ごきげんよう、ですわ」
彼女がスカートの裾を持ってお辞儀したタイミングで、ARレンズの配信終了コマンドをタッチする。
果凛に任せてみたけど、『ごきげんよう、ですわ』は結構お決まりの〆文句として結構良いかもしれない。果凛の口調ともぴったりだし、〆の挨拶は果凛メインで際立たせていく感じで良い気がしてきた。というか、あれだけ派手な事をされたら俺とかほぼオマケみたいなもんだろうし、果凛の横でちょこっとお辞儀するくらいにしておこう。
さて、こうして、俺達〝そまりんカップル〟の初配信は終わった。空中に浮いているスマホを手に取ってみると、Dtubeアプリからの通知がえらい事になっていたのはいうまでもないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。