第23話 ひとつの謎と初回ダンジョン配信の閉幕

「本当に、今日はありがとうございました!」

「ありがとね。ふたりがいなかったら間違いなく死んでたよー」


 配信が終わって浮遊していたスマホとタブレットを鞄に仕舞うと、早速ハルさんとモエさんが俺達のところまで駆け寄ってきて、改めて御礼を言ってくれた。

 配信中は大正フラミンゴの邪魔をしないように画面枠の外にいた護衛のシーカーさん達からもしっかりと御礼の言葉と握手を受けた。カメラマンの人だけは唯一俺達に対して何も言って来なかったけれど。


「撮影、どうしてるんですか? スマホとタブレット、浮いてましたよね?」

「ああ、えっと……これは果凛のスキルの一つみたいなもので」

「ほえー! さすが天才Dtuber!」

「やっぱり、私達とはレベルが違うんですねー」


 慌てて適当に取り繕った言い訳で、ハルさんとモエさんは何となく納得してくれた。

 いちいち果凛の魔法について説明をするのは結構面倒だった。こちらの人々がダンジョン内だけで発揮できるスキルと、果凛の扱う魔法は根本が異なる。全部召喚術の応用とかそんな感じで乗り切るのが良さそうだ。


「あ、そうそう! 今度さ、近いうちにうちらのUtubeに遊びにきてよ!」


 モエさんから唐突にUtube撮影の提案がされた。

 DじゃなくてUの方か。全然考えていなかったけれど、要するにコラボ動画を撮りたいって事かな。


「俺達Dtubeしかやってないので、大正フラミンゴさん的に旨味ないと思うんですけど……」

「いいよいいよ。ふたりの紹介とかしたいし、普通に雑談しよ? 落ち目って言われてるけど、一応登録者数一〇〇万人のチャンネルだからさ。そまりんカップルの宣伝にもなると思うよ」


 これは有り難い申し出だった。

 Dtubeはまだできたばかりのプラットフォームなので、Utube程のユーザーを抱えているわけではない。大正フラミンゴやヒルキンの御蔭でユーザーも増えてきているだろうが、プラットフォームとしてはまだまだ新参。流行に敏感な若者達には人気だが、年配の人にまでは行き届いていない。そういった意味では、Utubeで成功している人のチャンネルに出させて貰えるのはチャンスだ。

 ただ、俺だけの一存で決めるのも何だし、一応果凛にも確認を取った方がいいだろう。


「……って事だけど、果凛。どうする?」

「わたくしはまだそのあたりの事情がよくわかっていませんので、蒼真様に一任いたしますわ」


 果凛は眉をハの字にして困ったように笑って言った。

 確かに、彼女の場合はDtubeやUtubeどころかネットに触れたのも数時間前の出来事。チャンネル運営の戦略についての知識まではわかっていなくて当然だ。


「じゃあ出てみよっか。せっかくこうして有名人がお誘いしてくれてるわけだしな」

「有名人だなんてそんな。もう落ち目のUtuberですよ」


 ハルさんが謙遜する。

 落ち目だと言っても、後発組のUtuberで成功した人達である事には変わりないし、登録者数一〇〇万人を越えているチャンネルなどそう多くはない。十分に有名人である。


「じゃあ、また撮影場所とか日時の提案は後日連絡しますね。連絡先とか教えてもらっていいですか?」

「あ、はい」


 ハルさんとスマホのQRコードを読ませ合い、LIMEのフレンド登録をする。

 いや、これ普通にLIME交換してるけど、大正フラミンゴだぞ? 普通にやばくないか?

 熱心なファンだったわけではないけれど、俺だって何度か動画を見た事があるくらいには有名人だ。一夜にしてそんな人と連絡先交換してコラボ配信の提案までされるって、普通に凄い。昨日まで登録者数〇人だったDtubeなのに。


「本当にありがとうございました! それでは、おやすみなさい」

「おやすみー!」


 連絡先を交換し終えると、ハルさんとモエさんが手を振ってから、シーカーやカメラマンの鈴木さんと一緒にポータルオーブを使用して地上に戻って行く。

 俺達はただ彼女達に手を振って見送っていただけなのだけれど、何か違和感があった。


「……?」


 注意深く見ていると、この和気あいあいとした空気の中、何故かカメラマンの鈴木さんから一瞬だけ睨まれた気がしたのだ。

 俺が鈴木さんの方を見ると、彼はすっと目を逸らした。


 ──なんだ? 何か恨みを買うような事でも……って、あ、もしかして撮影方法?


 果凛の自動追尾型スマホ撮影システムを不服に思ったのだろうか? 確かに、果凛のあの魔法はカメラマンの存在意義を奪うものだった。もしかして、それで恨まれているのだろうか? それとも、大正フラミンゴを引退に追い込んでしまった事?

 それに関しては恨まれる可能性はありそうだけれども、代わりに命を守ったのだから、許して欲しいところだ。


「なーんか、初回なのに随分と大変な配信だったな」

「そうですわね。わたくしも少々はしゃぎ過ぎてしまいましたわ」


 果凛は指をパチンと鳴らすと、魔法礼装を解いて、紅いドレス姿から元の制服姿に戻った。

 なんか変身みたいでかっこいいな。俺もそういうのやりたい。羨ましい。


「でも、とっても楽しかったですわよ? たくさんコメントも頂きましたし……まあ、気になる事もありましたけれど」

「気になる事? ……あれ?」


 果凛と話しながらミノタウロス・リーダーの魔石を取ろうと思って地面を探してみるが、魔石らしきものがどこにもない。ミノタウロスの方の魔石はあったが、リーダーの方だけないのだ。

 まだミノタウロス・リーダーを討伐してからそれほど時間は経っていないので、魔石が消滅する事など有り得ない。


「もしかして炎魔幻獣イフリートの炎が熱すぎて魔石も溶けちゃった、とかかな?」

「それは有り得ませんわ。最初に炎魔幻獣イフリートに倒させたミノタウロスの魔石はここにありますもの」


 果凛は同じく炎魔幻獣イフリートの灼熱で倒したミノタウロスがいた場所まで移動すると、地面に落ちていた魔石を手に取って俺に見せた。


「ミノタウロスの魔石だけあってその統率者の魔石だけがない……? 何でだ?」

「……蒼真様は、統率者の最期を覚えてまして?」


 彼女は悩ましい表情のまま俺に魔石を渡すと、そう訊いた。


「ん? ああ。確か、死ぬ直前に胸のあたりに紋章みたいなのが一瞬浮かんでいたな。俺もあんなの見た事がなかったから、なんか変だなとは思ってたんだよ」

「わたくし、テンブルクであれと似た術を見た事がありますの」

「テンブルクで? どんな術だ?」

「〈使役術式〉……人が魔物を操る技術ですわ。〈使役術式〉に掛かった魔物を殺すと、あんな風に死ぬ直前に紋章が胸のところに浮かんでおりましたの」


 果凛がとんでもない事を言う。

 ミノタウロス・リーダーがスキルによって誰かに使役されていた可能性があるというのだ。そして、その可能性はもう一つの可能性に繋がっていく。


「おいおい。って事は、まさか……」


 果凛が俺の推測を肯定するように頷くと、言葉を紡いだ。


「〈使役術式〉……或いはそれとよく似たスキル〈使役テイム〉を持つ方がミノタウロス・リーダーを操り、大正フラミンゴのお二方を襲わせた──可能性が濃厚ですわ」

「なるほど。魔石を落とさなかったのは人間に使役された魔物だったからか」

「だと思いますわ。魔石を落とした残りのミノタウロスは、あのリーダーのもともとの配下で〈使役テイム〉されていたわけではなかった……そう考えると、全ての辻褄が合いませんこと?」

「ああ、違いない。それでこの不可解な事件も説明がつく」


 まだ確定ではないが、おそらく果凛の推測は正しい。

 俺は過去何回かダンジョンには入っているが、魔物は基本、階層間を移動していない。それに、俺の知る限りミノタウロスは地下一八階層より上の階には現れないはずだ。ミノタウロス・リーダーに関しては地下二〇階層でも見なかった。とすると、もっと下層にいる魔物のはずだ。

 それが、この上層に当たる地下九階層に現れた。そこに現れるように仕組んだ者がいると考える方が自然だ。

 でも、誰がどういった目的で大正フラミンゴを? これにどういった意味がある?

 ……ダメだ。情報が少な過ぎて推測さえできない。果凛も同じ結論に達したのか、困ったような笑顔をこちらに向けた。


「まあ、今わたくし達がここで悩んでいても仕方のない事ですわ。今度ハルさんとモエさんにお会いした時に、詳しく状況を訊いてみましょう」

「だな。とりあえず……今日は帰ろうか。母さんも仕事から帰ってくる時間だし」

「ええ。わたくし、お腹が空いてしまいましたわ」

「俺も腹ペコだよ」


 そんな会話を交わしていると、自然と果凛が腕を絡ませてきた。

 不思議と、いきなり腕を組まれても配信を始める前ほどドギマギしないというか、この状況を受け入れられていた。

 それはきっと、配信を通してこの数時間一緒にダンジョンの中を冒険したからだろう。

 一緒に何か作業をすると仲が深まるっていうけど、こういう事なんだなぁ、と改めて俺は実感したのだった。

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