第5話 魔王の事情と理由

 昼休みのチャイムが鳴るや否や、俺は隣の席の黒髪ツインテールお嬢様口調の魔王様の手を取り、そのまま屋上まで引っ張って行った。

 今は梅雨明けの七月。屋上で昼食を取る物好きなんていない。話すのにはぴったりだろうと思ったのだが──やり方がまずかった。噂の美少女転校生と話そうと思っていたクラスメイトや彼女をひと目見ようと教室まで集まってきた連中の視線をこの身に全て受けながら、俺は彼女を連れ出す事になってしまったのだ。全身羞恥で沸騰しそうだ。恥ずか死ぬ。


「あらあら。強引ですわ、蒼真様。まるで少女漫画のワンシーンみたいでしてよ?」


 魔王の少女は俺をからかうように、くすくすと笑って小首を傾げている。

 うぐ、可愛い。可愛いけど騙されてはいけない。この女は俺と死闘を繰り広げた魔王なのだから。何で少女漫画の事を知っているんだとかツッコミを入れかけたが、今はそんな事はどうでもいい。


「ええい、やかましい。そうしないとお前、どうせ人から囲まれていつまで経っても話せないだろ!」

「人気者は辛いですわ。皆さんわたくしに興味津々で、離してくれませんもの。お手洗いにいくだけでも大変だったんですのよ?」


 魔王は相変わらず笑みを保ったまま言う。

 そうなのだ。何度も彼女と休み時間に話そうと試みたが、中二病風不思議ちゃん美少女転校生に興味を持ったクラスメイト達が彼女に殺到。とてもではないが彼女とゆっくり会話ができるわけもないし、もし魔王の気が変わっていきなり破壊行動に出ようとしたならば、全力で皆を守らなければならない。

 休み時間毎にそんな緊張感を背負わされていると、正直参ってしまう。兎も角、彼女の現状を知る必要があった。


「それで……どういう事なんだよ?」

「どういう事、と申されましても。それだけではわかりませんわ」

「いや、わかれよ! さっき、事情を話してくれるって言っただろ? 何でお前が生きていて、ここにいるんだよ。あの時お前、確かに死んだよな?」


 そう、確かに彼女は死んだはずだった。俺もそれを確認したし、俺と異世界の女神様の契約も『魔王の命』によって結ばれていた。彼女が死んだ事によって女神様との契約も達成できて、俺は無事こちらの世界に戻って来れたのである。

 彼女は悪戯っぽく笑って言った。


「ええ、ええ。確かに死にましたわ。仮死状態、ですけども」

「仮死状態?」

「はい。一時的に心臓を停めて、死んだように見せかけていたと言えば伝わりますでしょうか? 実際にわたくし自身もその期間の記憶はありませんし、死んでいたようなものですわ」


 魔王はそれから、こちらの世界に辿り着いた理由を説明してくれた。

 彼女は戦闘中の俺との会話で、俺と女神との契約が自分の命にある事を察した。ならば、自分が仮死状態となって女神を欺く事ができれば、俺が現世に帰れるのではないかと考えたそうだ。そして、その俺についていけば、自分も俺がいる世界にいけるのではないか、とも。

 彼女は俺と会話を交わして仮死状態になる直前、女神にもバレないように俺の魂と自身の魂を紐づけた。俺が再び転移で現世に戻った際に、俺を追い掛けられるようにしたのだ。

 そして、彼女は最後の賭けに出た。自身を仮死状態にする為生命力を極限まで下げ、更には俺の一撃を受ける。本当にほぼ死ぬか仮死状態になれるかは賭けそのものだったそうだ。

 そして、仮死状態になる事に成功。俺の転移が終わったのを確認してから、俺を追ってこちらの世界に来た……という事らしい。とんでもなく手の込んだストーカー行為をされた気分だ。いや、世界の境界を越えたストーキングである。もはやそれは執念に近かった。


「そんで、こっちの世界に来てからどうしたんだよ。何のツテも知識もなかったんだろ?」

「ええ。道路の真ん中でぽつんと立っていたところを、警察官に保護されましたの。最初は殺してしまおうかと思いましたけれど、危ないところでしたわ。殺しが重罪の世界などとは思っておりませんでしたもの」

「いや、あっちの世界でも殺しはダメだから……」

「そうなんですの? あなたもたくさん殺していらっしゃったように思いますけれど」

「うぐ……」


 そうだった。何なら目の前にいる女の子も殺そうとしていた。

 そう思ったけれど、敢えて何も反論はしない。今の主題はそれではないからだ。


「警察官に保護されてからは? 身寄りなんてものもないだろ?」

「ええ。身寄りどころか常識さえも知りませんでしたので……警察官の方から、色々頂きましたわ」


 少女はその黄金色の瞳をカッと見開いて、輝かせた。

 その瞳からは強い魔力を発されている。常人がこの魔力を受けると、正気ではいられまい。


「……〈魔眼ディストート・アイ〉か」

「ご名答、ですわ。蒼真様に効果がないのが残念ですけれど」

「当たり前だ。俺の能力は〈破壊不可アンブレイカブル〉。物理攻撃だけじゃなくて、精神攻撃も洗脳も一切効かないんだよ」


 魔王の能力のひとつ〈魔眼ディストート・アイ〉。ひとたび〈魔眼ディストート・アイ〉に呑まれてしまったならば、その者の思考は全て彼女の意のままとなってしまう。記憶や情報を読み取られるだけでなく、改竄も可能だそうだ。

 どこまでが本当かまでは定かではないが、俺より前に召喚された勇者も殆どこの〈魔眼ディストート・アイ〉でやられてしまったらしい。勇者の役割や記憶を消し去られ、ただの住民に変えられてしまったそうだ。今回女神様が俺に〈破壊不可アンブレイカブル〉の能力を付与したのは、これまでの失敗を経ているからだろう。

 さて、話を元に戻そう。

 彼女は〈魔眼ディストート・アイ〉を駆使して人々の記憶や情報を読み取り改竄。こちらの世界に来てから今日に至るまでの数週間を、こちらの世界の常識を知ったり学んだりする期間に充てていたのだそうだ。

 おおよそこちらの常識等は把握したので、そのタイミングで〈魔眼ディストート・アイ〉を用いて学校関係者の記憶を改竄し、俺のクラスメイトになった──というのが一連の流れだった。

 何だろう? 本当に手の込んだストーカー被害に遭っている気分だ。


「それで、目的は?」

「目的?」

「ああ。こっちの世界にきた目的だよ。まさか、こっちでも魔王をやろうってんじゃ──」

「何の話ですの? わたくしがここに来たのは、全てあなたとの約束を果たすために他なりませんわ」


 魔王の少女は不思議そうに首を傾げて言った。


「約束……約束って?」

「ひどいですわ、ひどいですわ。わたくし、泣いてしまいますわ。蒼真様との約束だけを頼りに遥々異世界から来ましたのに」


 俺も同じく怪訝そうに首を傾げると、彼女はよよよと泣く仕草をした。


「え、約束って……もしかして、俺の世界で再会したら、お前を受け入れるって話か?」

「もちろんですわ。他に何があると言うんですの?」


 泣く仕草をしただけかと思っていたが、彼女の黄金色の瞳にはうっすらと膜が張っていた。

 どうやら、本当に俺が約束云々についてぱっと思い出さなかった事に傷付いていたようだ。

 その瞳を見て、俺は確信する。この子にきっと、他意はない。この世界を滅ぼす気もないし、再度俺と戦うつもりもないだろう。 

 ただただ俺を追い掛けてきてくれたのだ。最後に交わした、たった一つの約束のために。


「心からお慕いしておりますわ、蒼真様」


 異世界の最後で生じた魔王とのラブコメが、世界の境界を越えてもう一度生じていた。

 少し照れたような、それでいてどこか緊張している様子の彼女を見ていて、俺は胸の高鳴りを感じざるを得なかった。


「それで……約束、守ってくれますの?」


 魔王の少女は不安そうに訊いてきた。

 いや、もう魔王としての役割はないのだから、元魔王とでもいうべきだろうか。


「念の為もう一度確認したいんだけど、本当にこの世界をどうこうしにきたってわけじゃ──」

「ありませんわ。だって……敵対関係になってしまいましたら、蒼真様は私を受け入れて下さらないでしょう?」


 俺の言葉を遮って彼女は答えた。

 敵対関係ではない事。そう、確かそれが彼女と最後にした約束の条件だったように思う。

 ただ、そこまで言われたならば、俺も受け入れるしかない。それに、男ならば自分の発言に責任も採らなければならない。俺の言葉が、彼女を動かしてしまったのだから。


「うん……それなら、いいよ。でも、人間と敵対しようっていうなら、また戦う事になるからな」

「ええ、わかっておりますわ。その際は遠慮なく、わたくしの事を屠って下さいまし。今度はちゃんと殺されて差し上げますわ」


 彼女はくすくす笑って物騒な言葉を綴りながらも、その顔には満面の笑みを拡げていた。

 その笑顔からも、きっと俺と対立する気が一切ないというのは伝わってくる。


「えっと……じゃあ、宜しくって事で」


 俺は彼女に手を差し出した。

 異世界で三日三晩死闘を繰り広げた彼女と現実世界で結ばれるなど、正直全然意味がわからないし実感もない。でも、こうしてここに至ったならば──それが、世界の運命なのではないのだろうか。


「ええ。不束者ですが、宜しくお願いいたしますわ。蒼真様」


 彼女は俺の手を取り、幸せそうな笑みを浮かべてそう言った。

 こうして、元勇者の俺は、元魔王の彼女とカップルになったのだった。

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