第6話 元魔王とカップルになりました。

「わたくし、あの蒼真様と遂にカップルになってしまいましたわ」


 うふふ、と幸せそうな笑みを零して、魔王の少女は握手する手をじっと見つめた。

 何だかそれがやけにくすぐったくて、俺はつい手を離してしまった。


「えーっと……魔王、じゃないな。なんて呼べばいいんだよ」


 そういえば、俺は彼女を〝魔王〟としてしか認識していなかった。異世界テンブルクでも彼女は魔王としか呼ばれていなかったし、決戦の際も名乗っていなかった。


果凛かりん、で宜しいですわよ? さっき教室で自己紹介をしたと思うのですけれど……」

「だってそれ、本名じゃないだろ? 日本人の名前じゃんか」

「蒼真様、失礼ですわ。『カリン』はわたくしの本名ですのよ? あちらの世界でもそう呼ばれておりましたもの。もちろん、あちらには漢字がありませんでしたので、『果凛』は当て字ですけれど」


 果凛は拗ねたように唇を尖らせて言った。

 うーん、魔王だというのをつい忘れてしまうくらい所作が可愛いな。完全に俺絆されかけているけれど、大丈夫なのだろうか?

 そういえば、苗字の『風祭』はどこからきたんだろうか? 異世界の人達の苗字は皆横文字だったように思うのだけれど。


 ──風祭、ね……?


 見覚えがある字面だと思っていたが、そういえば最近、どことなく果凛に似た雰囲気のヒロインが表紙を飾っていた同人誌を買ってしまったのだけれど、それのヒロインの苗字も風祭だった。

 いや、まあきっとただの偶然だろう。あの同人誌、本棚の後ろにこっそり隠したままだし。決して、異世界最後のラブコメが心残りでその同人誌に手を伸ばしたわけではない。


「つーかさ……何でもっと早く俺のところに来なかったんだよ。俺がこっちで目覚めたのって、もう半月前くらいだぞ。この間どうしてたんだよ」


 何となく果凛の照れた顔を見ていられなくて、話題を変えた。

 それに、実際に疑問だったのも事実だ。〈魔眼ディストート・アイ〉を使ってちまちまと情報を集めるなど面倒そのもの。直接俺のところに来て事情を話せば良かったのではないだろうか。


「ドラマティックな再会というのが一番効果的だ、と漫画にも描いてありましたけれど……違いましたの? こういう再会が一番ドキドキする、と」


 どこの漫画情報なんだそれは。

 いや、まあいろいろな意味でドキドキしたのも間違いないのだけれど。冷や汗的な意味で。


「……ん? そういえば、何で漫画を知ってるんだ?」


 先程も果凛は少女漫画という単語を使っていた。俺の知る限り、異世界テンブルクには漫画という文化はなかったはずだ。


「ああ……それでしたら『ネットカフェ』というところで知りましたわ。家がない人はネットカフェで生活すると知りましたので、これまでそこで寝泊りさせて頂いておりましたの。インターネット、というのはよくわかりませんでしたので、漫画や雑誌というものを読んで過ごしておりましたわ。色々この世界の事を学べましたのよ」

「は⁉ ネカフェでずっと寝泊りしてたのかよ!」


 どこか楽しげな感じで話す果凛に対して、俺はやや声を荒げてしまった。

 当然、果凛は怪訝そうに首を傾げている。


「……? いけませんの?」

「いやいやいや、女の子がそんなところでずっと過ごしてたら危ないだろ! 変な男が入ってきたらどうすんだよ。鍵だってあってないようなもんなんだし。せめて女性専用のネカフェとかで──」


 俺が語気荒げに女子のネカフェ利用の危険性を訴えかけていると、果凛はくすくすとおかしそうに笑った。


「……何で笑うんだよ」

「いえ……決して馬鹿にしているわけではありませんわよ? ただ、ちょっと可笑しくて」

「何がだよ?」

「だってわたくし、魔王ですのよ?」


 そこまで言われて、「あっ……」と言葉を詰まらせる。

 そうだった。

 ついつい見掛けから忘れてしまいがちだが、彼女は異世界テンブルクの魔王と呼ばれていた存在。一般人の男など、彼女に触れようとした時点で蒸発しているに違いない。一般女性のいう危険など彼女にはないに等しいのだ。


「心配して下さるなんて、優しいんですのね。まあ……あちらで戦っていた時から、それは知っておりましたけれど」

「え?」

「だって蒼真様、わたくしと戦っている時もとっても辛そうでしたわ」

「それは……」


 確かに、そうだったのかもしれない。

 彼女と戦うのは辛かった。それはきっと、どこか本当に悪人だとも思えなかったからだろう。俺から見た彼女は、ただ〝魔王〟という役割を背負わされて戦っていたに過ぎないように思えたのだ。〝勇者〟の役割を背負わされ、戦っていた俺と同じように。

 その証拠に、過去に召喚された異世界からの勇者を、彼女は殺していない。〈魔眼ディストート・アイ〉で記憶を改竄し、あの世界の住人にしているだけだったのだ。


「お前、もしかして──」


 その事について、果凛に尋ねようとした時だった。

 昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。


「チャイムが鳴ってしまいましたわ」

「ああ。昼休み、終わっちまったな。まあ、話の続きは放課後にしようか。とりあえずネカフェに泊まるのは──」

「それなら大丈夫ですわ」


 果凛は俺の言葉を遮って、こちらをにっこりと見つめた。

 当然「は?」と俺は首を傾げる。

 そんな俺に対して、魔王のカノジョ様は隕石級のとんでもない爆弾をぶん投げた。


「わたくし、今日から蒼真様のお家から学校に通う事になっておりますの」

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