第7話 元勇者、敗北
「あらあら。蒼真様ったら、手が早いですのね。お付き合いし始めたばかりの女性を、早速自分の部屋に連れ込むだなんて」
放課後──俺の部屋に来た果凛はクッションに腰掛け、楽しそうに言う。
こっちの気も知らないで、完全にからかいの口調だ。
「言ってろ。ったく、何でもかんでも勝手に〈
「それは仕方ありませんわ。だって、お母様には今朝お伝えさせて頂いたばかりですもの」
「くっ……この魔王め」
〝お伝えさせていただいて〟が聞いて呆れる。〈
ちくしょうめ。こっちは防御力カンスト状態だから一切ダメージ受けなくても、完全に外堀から埋められてしまっている。さっきだって、昼休みが終わって教室に戻ってから大変だったのだ。
クラスの連中は教室から唐突に美少女転校生を連れ去った俺がどんな顔をして戻ってくるのかを待っていた。そこに、この元魔王の転校生ときたら……がばっと俺の腕に自分の腕を絡ませて、「わたくし達、お付き合いをさせて頂く事になりましたのよ!」とおもいっきりカップル宣言しやがったのである。
美少女が転校生してきた興奮は一気に冷め、今度は別の嵐が生じたのは言うまでもない。放課後、俺達はクラスメイト達からの追及を逃れるためにすぐさま家に帰る羽目になったのである。
魔法の隕石は落としていないが、精神的な隕石を落としまくってくる女だった。
「それにしても、案外人の部屋に来て緊張してないんだな」
初めてくる男の部屋なのだから、もっと緊張したりどぎまぎしたりするのかと思っていたが、意外にも果凛は普通というか。初めて女の子──しかもカノジョ──を部屋に招く事になってドキドキしている俺の方がバカみたいだ。
だが、彼女の口からは再び俺の精神に隕石魔法をぶつけるかのような言葉が飛び出てきた。
「初めてではありませんわ。このお部屋にお邪魔するのは、今日が二度目ですのよ?」
「……はい? 二度目?」
耳を疑った。
待て待て、どういう事だ? 俺が部屋にいる時は誰もこの部屋に訪れた事はなかったはずだ。
まさか──⁉
そこでふととある可能性に思い当たった時、果凛はまるで俺の思考を読み取ったかのように、上品な笑みをその頬に携えた。
「ええ。御察しの通り、蒼真様が留守の際にお家にお邪魔させて頂いた事がありますの」
「不法侵入者ーーーーーーー! それ犯罪だからな! 日本じゃやっちゃダメな事なんだからな! っていうか異世界でもやんな!」
やっぱりやってやがった、この女。
というか、よくよく考えれば俺が留守の時は結構多い。朝から夕方までは学校だし、夜も何時間かダンジョンに潜っていた。その間、この家は入り放題だ。現代日本の防犯具や鍵などこの元魔王の娘からすれば何もないに等しい。
「あらあら。その言い方はひどいですわ。ちゃんとお母様に許可を貰ってから上げてもらいましたのに」
「母さんに
「え……? でも、わたくし、お母様から蒼真様の秘密も教えてもらいましてよ?」
「秘密……?」
何だか嫌な予感がした。
すると、果凛はクッションから立ち上がって、とことこと軽やかな足取りで本棚の方まで行くと……本棚の背に隠してあった、この前買ったばかりの一冊の同人誌をすっと引き抜く。
「こちら、この前こっそり蒼真様が買っておられた秘密の本だと仰っておりましたわ」
「ぎぃいやあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
俺は自室の床を五回転くらい転がり回った。
恥ずかしい。あまりに恥ずかしい。恥ずかしくて死ぬ。
え? 付き合い始めたばかりのカノジョにエロ同人誌の場所バレてたってどういう事? しかも表紙がそのカノジョに似てるというとんでもなく不純な動機で買った同人誌を? っていうか、そもそも母さんにもバレてたってなにそれ初耳なんですけど? これどういう羞恥プレイ? もう今すぐ死にたい。この元魔王様、俺に隕石でも落としてくれないか? いや、それもできっとこの身体は死なないのだろうけど。
「まさか、果凛……
「はい! 苗字については迷っていたのですけれど、こちらの冊子に出てきている女性から頂きましたわ。蒼真様の好きなタイプの女性だともお母様からお伺いしましたし」
「うわあああああああああああああああああああああああああ!」
母さんに俺の好みがバレていて、しかもまさしく好みのタイプどストライクの子本人にその子とよく似てるからという理由で買った同人誌を見られていて、その同人誌キャラの苗字から名前を取られているってナニコレ? 殺すの? 俺を殺すの? っていうか〈
一方の果凛は、そんな俺を見てお腹を抱えて笑っていた。
「ふふっ、うふふふっ。ああ、おかしい……蒼真様とお付き合いするのがこんなにも楽しいだなんて。癖になってしまいそうですわ」
頼むから癖にならないで。っていうかこれ、お付き合いしてる男女がする事じゃないから。ただただ俺が羞恥プレイを受けて精神的に凌辱されているだけだから。
そこで、笑っていたかと思うと、果凛はふと表紙の女の子を見やって首を傾げる。
「……あら? よく見ればこの方、わたくしに少し似ているような──」
「うわああああああ! 中を見るなあああああ!」
果凛が
中身だけは絶対に見られてはいけない。この中では、果凛と似ている女の子があんな事やこんな事など、全年齢対象のエンタメでは決して口にできない事がたっぷりと描かれているのだ。
果凛はくすっと楽しげに笑うと、俺の耳元まで顔を近付けて、こう尋ねた。
「そこに描いてあるような事、わたくしともしてみたいんですの?」
「──プシュウ」
俺の頭はショートしてしまった電気器具のように煙を上げて、全ての思考を停止してしまった。同人誌を守るように抱え込んだまま、ぱたりと前のめりに倒れ込み、果凛に懇願する。
「うう……もう許してくれ……」
「ふふっ。そこまで言うなら、仕返しはこれで終わりにしてあげますわ」
果凛は悪戯っぽく笑って、人差し指を自らのその瑞々しい唇に当てる。
「仕返しって、何のだよ」
「わたくしとの約束を忘れそうになっていた事、に他なりませんわ」
「……そっちかよ」
てっきり異世界で戦った時の事かと思っていたのに。どうやら、昼休みに約束という単語ですぐに思い至らなかった事を根に持たれているらしい。
果凛は楽しそうに笑って隣に腰掛けると、よしよしと慰めるように俺の頭を撫でたのだった。
──……あれ? 勇者の俺、完全に魔王に敗北してない?
一瞬そんな事を思うが、魔王との勝敗よりもどうやってこの同人誌を処分するかで頭が一杯な俺であった。
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