第50話 元勇者&元魔王VS血骨鬼②

「おい、見ろよ。再生してやがるぜ」


 俺は重い溜め息を吐いて、血骨鬼を眺めた。

 先程腹に刺した剣の傷がみるみるうちに修復していっていたのだ。どうやら高い再生能力をもっているらしい。果凛が魔法で与えた傷も再生している。

 しかも、見ている限りでは剣による傷より魔法の傷の方が治りが早い。もともと魔法耐性が高いのか物理攻撃に弱いのかはわからないが、果凛の〈火球ファイヤーボール〉を直撃してもすぐに動けたのはこの為だろう。


「……どこか、弱点がありますわよね?」

「だろうな。どこだと思う?」

「案外あの武器……剥き出しになっている骨だったりしませんこと?」


 果凛の言葉に、こくりと頷く。

 俺も同じ事を考えていた。肉体部分は再生能力が高いが、まだ骨部分には攻撃を与えていない。それに、血骨鬼の主な武器は右腕の剥きだしになっている尖った骨だ。その腕ごと奪えたとしたら、戦闘力を大幅に下げる事も可能だろう。


「んじゃ……ちょっくら試してみるか。果凛、ちょっとあいつの動きを遅くしたりとかできないか?」

「わたくしを誰だと思っていますの? 造作もありませんわ」

「さすがは魔王様だ」

、ですわよ」


 俺達は相変わらず軽口を交わし、互いに拳を握って小指球をこつんと合わせる。

 それと同時に果凛が魔力を高め始めたので、俺も脚に力を込めて、血骨鬼に向かって猛然と突進。俺の剣が血骨鬼の骨の腕に向けて振り下ろされると同時に、果凛は手のひらを血骨鬼に向けた。


「せっかちはいけませんわ、妖怪さん。もう少しゆっくりされては?」


 果凛は妖艶に微笑み、〈空間遅延スロウ〉を発動させた。血骨鬼の周囲の時間が遅くなり、その動きが鈍くなる。

 その隙を狙って、俺は血骨鬼の骨に向けて全力で剣を振り下ろた。

 剣と骨が当たり、その衝撃としっかりと芯を捉えた感触が手と腕に伝わってくる。剣は揺らぎもせず、そのまま骨を切り裂いた。血骨鬼の腕が宙を舞い、血骨鬼自身もバランスを崩して転倒する。

 果凛はこの瞬間を見逃さず、別の魔法〈視えざる手シャドウバインド〉を唱えた。無数の透明の手が血骨鬼の周囲に出現し、血骨鬼の足と身体を掴んで動きを封じた。


「これで動けませんわね」


 愉快そうに彼女が言った。

 血骨鬼は驚愕した様子でじたばたと動くが、全く自由が利かないのか、逆に床に転がされてしまった。


「うごげねえ、うごげねえ」

「ゴミムシにはお似合いの姿ですわよ」


 果凛は魔法の笑みを浮かべたまま、透明の手で血骨鬼の動きをさらに制限する。

 一方、俺はその間に宙に浮いた骨の腕に向けて跳び上がり──


「オラァ!」


 骨の腕を剣で一刀両断。彼の腕は真っ二つになり、もはや腕の形さえ保てていなかった。

 この腕は血骨鬼の主要武器。いずれ再生するにしても、再生するまでの間、血骨鬼の攻撃手段はない。


「うで、うで! おでのうで! いでえ! いでえ!」


 血骨鬼は切り裂かれた自らの腕を見て、妖怪に似合わぬ恐怖の色でその表情を染め上げる。


「ほら、喰うんだろ? いちいち怯えんなよ」


 その隙を逃さず、俺は跳び上がって全力で剣を振り下ろした。続けざまに何度も斬りつけ、血骨鬼の肉体に深い傷を刻み込んでいく。


「ぐがあああああああああ!」


 しかし、それでも血骨鬼は意識を保っていた。獣のような咆哮と共に火事場の馬鹿力で〈視えざる手シャドウバインド〉から逃れ、立ち上がる。

 だが、その姿はもはやかつての強大さや恐ろしさを失っていた。背丈は先程と変わらず四~五メートルありそうだが、今では随分と小さく見える。

 俺と視線を合わせると、果凛はにこりと微笑んで頷き、その黄金こがね色の瞳をゆっくりと閉じた。

 何もかもが一瞬で静まり返った、その沈黙が空気を冷やす。彼女は瞳を開くと、悪魔的な微笑を血骨鬼に向けた。その笑みは彼女の元魔王としての素質を余す事なく映し出していた。

 次の瞬間、果凛の右手の人差し指がゆっくりと前方に伸びる。指の先端には、一瞬で魔力の塊が形成されており、強烈な光を放っていた。初めは微細な輝きであったが、瞬く間にその明るさを増し、紫色の光の玉となる。


魑魅魍魎ちみもうりょうの分際で、よく頑張りましたわ。もう十分でしてよ」


 果凛の声が静かに響いた。

 彼女の指先から放たれた魔力の光は、眼を見張るほどの速さで目の前の空間を貫き、血骨鬼へと向かった。音もなく、一瞬だけ何かが光る程度のものだった。しかし、その光が触れた瞬間──赤い妖怪は静かに爆発した。

 血骨鬼は悲鳴を上げる事さえ許されず、再び地面を這っていた。全身大火傷状態だが、ぴくぴく動いているところを見ると、まだ生きているようだ。


「うひゃあ、可哀想に」


 敵ながら、思わず血骨鬼に憐れみを覚えてしまった。

 俺自身が彼女との戦いで何度も食らった事がある果凛の必殺技〈死煌砲デッドグリッター〉。これを避けるためには、光を見てから動いては遅い。予測して避けるしかないのだ。拳銃の弾を避けるのとほぼ変わらない。

 だが、血骨鬼は懲りずにまだ立ち上がろうとしている。火傷もみるみるうちに再生していっていた。

 この妖怪が憐れなのは、この再生能力の高さだ。再生してしまうが故に、更なる苦痛を与えられる事になるのだから。

 果凛はこちらを見て言った。


「そろそろ頃合いですわね」

「ああ。やっぱり最後はだよな?」

「ええ。皆様お待ちかねのですわ」


 俺達は背後に浮遊するスマホに視線を送り、にやりと笑みを浮かべてみせてから、松本へと視線を移した。

 彼はまだカメラを向けたままだったが、覆面越しでも焦っているのが見て取れた。この状況になってから、自らの過ちを嫌でも感じ取っているのだろう。喧嘩を売る相手を間違えた、と。


「なあ、松本さんよ……まさかお前、本当にこの妖怪如きで俺達に勝てると思っていたのか?」

「だとしたら、見積もりが甘すぎますわ」


 果凛は一旦言葉を区切って、嗤笑をその美しい顔に広げてからこう続けた。


「だって、わたくし達……まだ全然

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