第32話 透け透け下着
撮影後はあっさり撤収という流れになるのかと思っていたが、俺と果凛──というよりほぼ果凛の為っぽいけど──にケーキを注文してくれていたようで、大正フラミンゴの事務所にてお茶会という流れになった。
マネージャーさんはお茶会には参加せず、奥で素材の確認等を早速行っているようだ。もっとダンジョンや俺達のスキルの話になると思っていたが、話は完全にガールズトーク。男ひとりに女三人なのでそれも仕方ないのかもしれないが、結構きついものがある。
俺は気まずそうに紅茶を啜りながら、三人の会話に耳を傾けつつ適当に相槌を打つくらいしかする事がない。そんなさ中、話の方向が遂にまずい方向に行き始めた。ハルさんが果凛の服に目をつけたのだ。
「そういえばそのお洋服、とっても果凛さんの雰囲気に合ってますね!」
「そう言って頂けると嬉しいですわ。わたくしも気に入っていますの。なんと言っても、蒼真様がプレゼントして下さったお洋服ですから」
果凛が誇らしげに答えた。
いや、そこを誇らしげに答えられても困るのだけれど。ああ、ほら。モエさんが何か面白い玩具発見した、みたいな顔してるし。絶対にこれ乗っかってくるやつだ。
「ほー! やるねえ、少年。果凛ちゃんは彼氏に染められちゃう系なんだ?」
案の定、モエさんが楽しそうに乗っかってきた。
ハルさんは悪意がなく単純に果凛に似合っていると思ったから言っただけなのだろうが、モエさんはちょっと違う。この人はこっちをややおちょくってくるのだ。今もにやにやとこちらをちらりと見てきている。鬱陶しい。
しかし、モエさんのそのにやけ顔とハルさんの穏やかな笑みは、果凛の次の一言で固まったのだった。
「自分でも意外ですけれど、案外そうなのかもしれませんわ。今付けている下着も蒼真様の見立てですのよ?」
ハルさんとモエさんが凍った表情のまま、首だけをこちらに向けた。
「……え? 下着も?」
「蒼真くんの見立て……?」
先程まであった親しみはどこへやら。明らかに心の距離がめちゃくちゃ離れていっているのを感じる表情だった。
これなら「うわー、ないわー」「ひくわー」とかまだ言葉で言ってもらった方がよかった。ガチで引かれている。
いや、まあそれもそうだろうけど。高校生カップルが恋人の下着を選んでるとか明らかにおかしいし、俺自身もおかしいと思っている。っていうか自分でも引いてる。
「ち、違うんです! あれは果凛が俺を無理矢理店に連れ込んで、選ばせたんですよ! 決して俺が自分の好みを押し付けたわけじゃなくて──」
「そうでしたの? あれだけ何着も試着させていましたのに……」
「自分で勝手に試着してたんじゃねーか!」
ああ、ちくしょう。これは完全に果凛もお遊びモードに入りやがった。
しかも何着も試着というワードでますます大正フラミンゴのお二人が引いている。いや、そりゃ引くだろ。俺だってそんな話を同級生から聞いたら引くわ。どれだけキモい彼氏だよ。
しかし、果凛は止まらない。悩ましげな表情で彼女は続けた。
「でも、その中でこれが一番可愛い、と仰って下さいましたわ」
ぐふぅ。紛れもない事実の言葉を言われてぐうの音も出ない。
俺が言っていない事を言われたならば反論もできるが言ってしまった事を言われたら何も反論はできない。
「いや……まあ、それは確かにそうだったんだけど……」
「「うわぁ……」」
「違うんですって、ハルさんモエさん! これには深いワケがッ」
あからさまに引き始めた二人に、俺は慌てて弁明する。
せっかくの協力者に嫌われたらこれからの配信者生活が終わってしまう。
「どういう深いワケがあるのか、一応言い訳だけでも聞いてあげるわよ」
「そうですね。その理由次第ではまた印象も変わってくるでしょうし」
一応は弁明の機会を与えられた。
さあ、何て言おうか……って言うか、果凛のやつめ。目が笑ってやがる。めちゃくちゃ楽しんでるし。
これ以上果凛に遊ぶネタを与えてやるわけにはいかない。無難な回答で乗り切ろう。
「早く選ばないと俺のメンタルが持たなかったんです……下着売り場なんて、初めて入りましたし」
「ふむ、メンタルが持たなかったのは、下着売り場にいたからなの? それとも、果凛ちゃんの下着姿を目の前にしていたから?」
モエさんが楽しそうにメスを入れてくる。
ちくしょう、この場に俺の味方はいないのか⁉ 何て答えるのが正解なのかさっぱりわからない。ええい、ままよ!
「……どっちもです」
俺は意を決して、正直に答えた。
ここで嘘を言ってもどうにもならなそうだし、事実そのどちらもでまともな思考力を持ていなかったのは間違いなかった。
そこで、モエさんとハルさんがぷっと吹き出した。
「素直でよろしい!」
「まあ、男の子があの空間はきついものがあるよね」
どうやら、この二人は果凛に乗っかって遊んでいたようである。女が数人集まるところに男がひとりだとマジで成す術がない。恐ろしい生き物だ。
しかし、まだ手を緩めてくれないのが元魔王の少女こと果凛だ。
「そうでしたの。それで、あれだけ透け透けの下着を選んで下さいましたのね」
「もうそこを掘らなくていいから! それだって横のやつを指差したのにお前がわざわざそっちの透け透けの方を取ったんだろ!」
「ひどいですわ、蒼真様。わたくしだって、あの下着を試着して蒼真様にお見せするのは恥ずかしかったんですわよ?」
「俺は今こうして辱められてもっと恥ずかしい思いしてますけどね⁉」
俺の嘆きと三人の笑い声は、その後も暫く続いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。