第31話 大正フラミンゴとのUtube撮影

「「おつミンゴ~!」」

「お、おつミンゴ」

「おつミンゴ、ですわ」


 二人きっちり揃った挨拶とやや緊張した挨拶、それから優雅な挨拶が事務所の一室に響く。

 挨拶が終わって少しの間を置いたタイミングでモエさんがソファーから立ち上がり、撮影用スマホを操作した。


「はい、おっけ~! 二人ともお疲れ様~!」


 モエさんの明るい声とともに、無事撮影が終了。それと同時に、俺と果凛はほっと安堵の息を吐く。

 今日は先日ダンジョン内で大正フラミンゴから誘われたUtube動画の撮影だ。一時間くらい喋っていただろうか。実際の動画は色々編集されて二〇分くらいの動画になるらしいが、楽しい撮影だった。

 ただ、初めてのUtube撮影が登録者数一〇〇万人越えのUtubeチャンネルでゲストメインというのはあまりに荷が重い。緊張して昨夜はあまり寝れなかった。

 俺達はまだダンジョン配信でさえもまだ一度しかしていないのだから、こういった事には慣れていないのだ。一応ちゃんと受け答えできてたと思うけれど、不安でならない。


「お疲れ様でした~。今日はわざわざ事務所まで来てくれてありがとうございます」


 ハルさんもソファーを立って事務所の中の冷蔵庫からドリンクを二本取り出すと、俺達に差し出した。

 俺達はそれぞれ「どもっす」「ありがとうございます」と受け取り、早速ペットボトルの蓋を開けて喉を潤す。話詰めだったから、もう喉がカラカラだ。


「こちらこそ呼んで頂きありがとうございました。俺達、ちゃんとできてましたかね?」

「大丈夫だと思いますよ! しっかり受け答えできていましたから」

「うん。蒼真くんはちょっと固かったけど、むしろ高校生らしい初々しさがあって良かったと思う。果凛ちゃんはイメージ通り如何にもクールなお嬢様って感じでかっこよかったし、良い対談動画になりそうだよ。あとは編集次第だけど、そこは任せておいて!」


 モエさんが俺達にウィンクする。

 よかった。とりあえず大正フラミンゴの二人からは太鼓判を押してもらえたようだ。

 今日のUtube撮影は大正フラミンゴとそまりんカップルの対談動画で、ただ大正フラミンゴの二人からされた質問に受け答えする、というシンプルなものだった。もちろん事前にどんな質問をするかも知らされていたので、俺達は予め考えていた答えを言うだけだ。その答えを受けて、大正フラミンゴの二人が合間に茶々を入れたり会話を広げたりしてくれた。

 さすがは若手トップUtuberのうちの一組といったところだろうか。会話がとてもスムーズで、俺達も話易かった。

 ハルさんが果凛の方を向いて訊いた。


「果凛さんって、もしかして撮影慣れしていますか? とても落ち着いた受け答えだったので、驚きました」

「いえ、カメラの前で話すのは初めてでしてよ? わたくしは普通に受け答えしていただけですわ」

「さ、さすが大物新人Dtuber……肝っ玉が座ってる」


 果凛の返答に、モエさんとハルさんが顔を見合わせ苦い笑みを交わした。

 果凛の受け答えは普段通りだった。焦ったり照れたりする事もなく、ダンジョン配信の時と同じ感じだった。

 まあ、果凛が住んでいた世界からすればそもそも撮影なんてものはなかったわけだし、カメラの前だからといって何かを意識もしないだろう。大正フラミンゴの二人も有名人ではなくただ成り行きで助けただけの二人組なので、緊張する要素がないのだ。文化の違いって凄いなと改めて思わされた瞬間である。


「それにしても、自分達の事務所もあるって凄いですね。しかも笹乃塚ささのづかにこんな立派なオフィスとか、家賃高そう」


 俺は室内をきょろきょろと見回して言った。

 大正フラミンゴの事務所兼撮影場所は、市部谷区にある笹乃塚の駅近物件のオフィスビルの中にある。それほど広くはないけれど、すっきりとしていて居心地の良いオフィスだ。今俺達が座っているソファー周りが撮影場所らしく、ここだけ背景が色々凝っていた。


「こう見えて法人化してるからねー。まあ、実は前までもっと家賃高いところにオフィス構えてたんだけどね……お察しの通り落ち目なもので」


 縮小したんだよ、とモエさんが苦い笑みを漏らして付け足した。

 どうやら、Utubeでの活動に限界を感じて大きく収益を落としていたというのは本当だったらしい。スタッフも今ではスケジュール管理や送り迎えをしてくれるマネージャーがひとりいるだけで、他のスタッフはなし。動画編集も自分達でやっているそうだ。


「あ、そうそう。忘れるところだった。これ、少ないけど」


 そこで何かを思い出したようにはっとして、デスクの引き出しから一枚の封筒を差し出した。

 何だろうと思って中を見てみると、なんと一万円札が三枚程入っている。果凛は小首を首を傾げて訊いた。


「……? こちらは何のお金ですの? 交通費にしては多いようですけれど」

「ああ、今日の出演費。ギャラってやつね。交通費は別途払うから、あとで最寄駅までの金額教えてね」

「ギャラ⁉ いやいや、こんなの貰えませんって。俺達ただ喋ってただけだし、むしろ紹介してもらうだけでこっちには恩恵しかないのに」


 まさか自分がギャラだとかを貰える立場になるとは思っていなかった。たった一時間弱話すだけで三万って……貰い過ぎではないだろうか。交通費だけでも十分なのに。


「いえいえ、お仕事として依頼していますし、私達もこの動画から収益を得る事になりますから。受け取って下さい」


 戸惑う俺を優しく諭すようにして、ハルさんは言った。


「命の恩人ですし、本当はもっと渡したいんですけどね……何分、私達も今は結構カツカツで」

「この事務所、まだ引っ越したばかりなんだよね。それで、引っ越し費用とかも結構大きくてさぁ。ギャラはあんまりお支払いできなかったんだけど、その代わりたくさん【そまりんカップル】の宣伝して、応援させてもらうから!」


 モエさんが元気よく答えた。

 聞いている限り、本当にギリギリっぽい生活をしていそうだけど、大丈夫だろうか? 法人だとか何だとか俺には色々わからないけれど、Utuberって俺が思っているより全然大変そうなんだな。お気楽に動画だけ上げてて稼いでるのかと思ったけれど、全然そんな事はない。


「それに、Dtuberをやめた事で戻ってきてくれる視聴者さんもいて下さって。ダンジョン配信じゃなくてUtube配信をしてる大正フラミンゴを見たいっていう人が多くて、焦ってその人達の声を聞き逃してたんだなぁって気付かされました。どれもそれも、蒼真くんと果凛さんの御蔭なんです」


 ハルさんが俺達に微笑み掛けた。

 一時期はDtuberをやめてどうするかと悩んだみたいだが、元のUtuberとしてこれまで通り視聴者さんが楽しむ動画を上げ続けようと決意したらしい。


「初心に戻って一から頑張ろうって思えたのは、間違いなく二人の御蔭。落ち目落ち目って言われてるけど、まだまだやれるってところを見せてやろうって思ってね」

「あんなに怖い思いなんて、動画配信だと絶対にしなくていいですからね。どれだけ頑張っても死なないから頑張ろうって思えました」


 大正フラミンゴのふたりは、先日のダンジョン配信の一件で色々学び、前向きになれたそうだ。

 何だか、話を聞いているだけでこっちまで胸があたたかくなる。


「……とっても、素敵だと思いますわ」


 果凛も同じ感想を抱いていたのか、目を細めてぽそりとそう呟いた。

 その横顔は穏やかで、やっぱりテンブルク世界で彼女と死闘を繰り広げた事など全くの別人ではないかと思わされるのだった。

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