第33話 怨恨路線と無差別路線
俺いじりが終わって、ようやく場の空気が収まった。
俺が不利な話題でしかなかったので、ただひたすら嵐が過ぎ去るのを待つしかなかったのだ。
「いやー、面白かった。惜しい事をしたなぁ。ここも動画回しておけばよかった」
モエさんがとんでもない事を言う。
こんなやり取りまで大正フラミンゴのチャンネルで流されてしまったら俺は学校にいけなくなってしまう。
「本当にお二人は仲が良いんですね。見ていて羨ましいです」
ハルさんが紅茶を淹れ直してからソファーに腰掛けると、「ところで」と話を切り出した。
「お二人に伺いたい事があるんですけど、いいですか?」
「あ、はい。何でしょう?」
紅茶で喉を潤しつつ、訊き返す。
「どうして初日以降配信してないんですか? あれだけバズったんですから、連日でも配信をした方が良いと思うのですが」
「あ、それあたしも気になってた。一応配信者の先輩として言うけど、勢いがある時は多少無理してでもやった方がいいわよ?」
ハルさんとモエさんは初日以降俺達がダンジョン配信をしていない事を不思議に思っていたらしい。現に、SNSをちらっとだけ見てみた際、視聴者もそれっぽい事を言っていた。
確かに、普通だったらそうなのだけれど……俺達はちょっと慎重にならざるを得ない事情があったのだ。その事については大正フラミンゴの二人にも関係しているので、ちょうど切り出す良いタイミングだったかもしれない。
「ああ、そうだった。その件について俺達もお二人にお伺いしたかったんです」
「私達にですか?」
「はい。単刀直入に訊きますが……誰かから怨みとか買ってませんか?」
言葉通りの俺の質問に、モエさんが「怨みぃ?」と裏返りそうな声で首を傾げてから、ハルさんと顔を見合わせる。
「まあ、こういう仕事してるから、誰かしらから嫉妬されたりとかそういうのはあると思うけど……」
「今では随分と少なくなりましたけど、アンチも結構いましたし」
「でも、そこまで言う程恨まれてるっていう自覚もないかなぁ。それと二人が配信しないのにはどんな関係があるの?」
モエさんが俺達に訊き返した。
ふたりには身に覚えがある程の大きな恨みを買った記憶はないらしい。
「あのミノタウロスですけれど……意図的にハルさんとモエさんを襲わせた可能性がありますわ」
果凛がそう切り出して、簡単に説明した。
といっても、テンブルク世界の〈使役術式〉云々についてまでは言えないので、あくまでもあのミノタウロス・リーダーが〈
「俺は果凛と出会う前にソロでダンジョンに入ってたんですが、その時は地下二〇階くらいまで行ってます。ミノタウロスが出たのは地下十八階層くらいからです。それより上層では出た事がありません」
地下二〇階層という単語が出た時に二人が「に、にじゅッ……⁉」と息を詰まらせていたが、お構いなしに話を進めた。そこは今それほど重要なところではない。
「それに、あの統率者……ミノタウロス・リーダーに至っては二〇階層でも見掛けていません。もっと深層にいる上位の魔物と考えて良いと思います。それが部下を率いて九階まで上がってくるのは、やっぱりどう考えてもおかしい」
「ハルさんとモエさんを殺すために差し向けた、と考える方が自然ですわ」
俺の言葉を果凛が引き継ぐ。
ダンジョンについてシーカーの専用サイトやWEBの掲示板などもここ数日漁ってみたが、やはり魔物が階層を移動していたケースは過去になかった。その特例が今回有名配信者の前だけで生じた、というのは都合が良すぎる。
〈
「そっか。それで、怨みを買ってないかって話に繋がるのね」
「はい。怨恨の路線なのか、それとも無差別だったのかでまた変わってくるかと思いまして」
怨恨の路線なら、大正フラミンゴが注意すべきはダンジョンだけでは留まらない。ダンジョン配信をやめたところで、彼女達はリアルでも襲われる危険があるという事だ。
一方、無差別だった場合は彼女達以外の配信者やシーカーが襲われる事となる。どちらにせよ、由々しき事態である事には変わりなかった。
「うーん。さっきも言ったけど、嫉妬だったりヘイトだったりを買いやすい立場であるのは間違いないから、恨まれてないって言いきれもしないけど……殺されるほど恨まれるような事はしてないと思うけどなぁ」
「私も思い当たりません」
「それじゃあ……大正フラミンゴとダウンドットとの関係は?」
二人が怨恨について否定したところで、俺はもう一つ確認しておきたかった事についてメスを入れた。
大正フラミンゴのUtube人気が衰えていった原因・イケメンUtuberグループのダウンドット。大正フラミンゴは彼らと揉め事をファン離れが進み、勢いが落ちたという。怨恨の路線があるとしたら、ここではないかと予想していたのだ。ただ、恋愛関係のいざこざというだけで深い内容が一切出てこなかった。揉め事の真相は全く見えない。
唐突な俺の質問に、二人は「え?」と一驚する。
「すみません、ネットに上がっている情報程度ですけど、勝手に調べちゃいました」
「ああ、うん。いいよ。調べれば出てくるし、一時期話題にもなったしね。でも、それに関しては怨んでるのはむしろあたしらの方だからなー。怨む事はあっても怨まれる筋合いはないのよね」
「……具体的に何があったか聞いていいですか?」
「いいけど、期待に添える程のネタじゃないわよ? ほんと、大した問題じゃないから」
モエさんはそう言って、事情を説明してくれた。
曰く、ダウンドットのメンバーのひとりがハルさんを気に入っていて、ちょっかいを出そうとしていたそうだ。ハルさん自体はあまり相手にしていなかったそうなのだが、その狙っている感というのがコラボ動画内でも出てしまっていたらしく、ダウンドットのファンが気付いてしまった。ダウンドットファンは若い女性がもともと多く、中には以前から大正フラミンゴに嫉妬心を抱いている人もいたらしい。そこでそれらのネガティブ感情が一気に噴き出し始めたのだ。
「それで、火がつく前に向こうが私らから距離置いたってわけ」
「そしたら、向こうの女性ファンから嫉妬されちゃって……男性ファンも離れちゃって、チャンネル登録者数が激減したんです。何もないって弁明したんですけどね」
ハルさんが苦い笑みを見せた。
もともと大正フラミンゴは意外にもガチ恋勢が多かったのか。ダウンドットと上手くやる事で女性ファンも取り込んでいたが、そこに色恋沙汰が匂ってきてしまって、女性ファンが離れて、同じく男性ガチ恋勢も離れた……話をまとえるとそういった流れだろう。
となると、ダウンドット関連起因の怨恨路線ではなさそうだ。
「ガチ恋勢の話が出ましたけど、ストーカーとかそういうのはいなかったんですか?」
「そういうのもないかなぁ。居場所とか特定されないようにSNSの運用とはもかなり気を付けてるし。あ、果凛ちゃんとか可愛いから特に注意しなきゃダメよ? SNSに家の近所の風景とか上げないように」
「ええ。気をつけますわ」
果凛はSNSについての知識がそれほどないので──あとは興味もなさそうだ──何となく適当に流していた。
まあ、リアルであろうとダンジョンであろうとそのあたりは全く心配していない。むしろ、果凛に手を出そうとしたところで地面に紅い華を咲かせるのはその男達の方だ。下手をすると骨さえも残らないかもしれない。
彼女はその気になれば、地上でも
「お話を伺っている限り、怨恨ではなさそうな気がしますけれど……」
果凛の言葉に、こくりと頷く。
おそらく怨恨路線はなさそうだ。
「一応、なるべく一人にならないようにして下さいね。もしも危険を感じたり異変を感じたら、連絡貰っていいですか? 俺達、すぐに駆け付けますんで」
「うん、ありがとう! まー、こう見えて一応そこそこ有名人だから、そのあたりは注意してるよ」
「家もマネージャーしか知らないですからね。私の方でもシーカーさん達にダンジョンで異変がないか訊いてみますね。ダンジョン配信で知り合った人達も多いですから」
「助かります!」
こうして、大正フラミンゴとの撮影及び雑談は終わった。
使役術者や犯人、動機などについては一切情報が手に入らなかったが、怨恨路線が薄いというのがわかっただけでも上出来だろう。
そうとなれば、おそらく犯人は動く。もちろんダンジョンで、だ。
いずれにせよ、もう少し様子を見てから動いた方がいいのかもしれない。
もしそいつが無差別にダンジョン配信者を狙っているとしたなら、次に狙うのは〝そまりんカップル〟に他ならないのだから。
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