第53話 市長からのお願い
「失礼します」と一声かけてから校長室に入って、驚いた。
そこには、つい先日俺達に感謝状を渡してくれた男……市長・丸山氏の姿があったのだ。
「え……丸山市長⁉」
「やあ、数日ぶりだね。補習は頑張っているかい?」
市長は柔らかに笑って、俺達にソファーに座るように促した。
俺達は一礼してからソファーに腰掛けると、校長と市長も並んで俺達の正面のソファーに腰を下ろす。
その全く見慣れないというか想定さえしていなかった光景に、思わず息を呑んだ。いやいや、これどういう流れ? 全く予想もしていなかったんだけど。
校長が言った。
「いやはや、補習前に申し訳ない。実は、先日から市長の丸山さんから相談を受けていてね。ちょっと話を聞いてみてくれないか」
「はあ」
「それは構いませんけれど……」
俺と果凛は胡乱げではありながらも、丸山市長に視線を移す。
市長が俺達に相談って何だろう? 想像もつかない。やっぱりダンジョン関連だろうか?
そんな事を考えていると、市長が俺の予想を肯定した。
「何となく想像がついているかもしれないが、私がここにきたのは、ダンジョンについて君達にお願いがあるからなんだ」
「お願い?」
「ええ。ご存知の通り、今ダンジョン内は立ち入り禁止となっているし、シーカーズ・ギルドの発足が未だ成されていない今、まだシーカー免許を持っている者もいない。
市長が何か含みがある言い方をしてきた
これは何か、面倒な話になりそうな気がした。
俺と果凛はちらりと視線を交わすが、何も言わずに市長へと視線を戻した。
「そこで、話が少し変わるんだが……市の外れにある森に、小学校の廃校があるのは知っているかい?」
市長が唐突に話の流れを変えた。
全く話の全容が見えてこない。ダンジョンの話をしたかったのではなかったのだろうか?
「ええ、まあ……」
俺は怪訝な表情を浮かべつつ、頷く。
果凛は知らなくても仕方ないが、市の外れにある森に小学校の廃校があるのは知っていた。何だか色々曰く付きの場所で、人が行方不明になっただの、壊れた人体模型が走るだの、花子さんがいるだの色々言われている廃校だ。都心部からは少し離れているので俺は行く機会がなかったが、大学生などから人気の心霊スポットだというのも聞いた事がある。
市長は言った。
「実は、最近そこに肝試しに入った若者達が、その廃校の中に変な地下室への階段を見つけたというんだ。その若者は去年にもその廃校に肝試しに入ったと言っていたんだが、去年はそんな場所はなかったと言っていた」
「もしかして……」
「そう。若者達がおそるおそる中に入ってみたらしいんだけど、その中にはDtubeで見たような生き物……魔物がいたそうだ。新しいダンジョンが見つかったんだよ。これまで誰にも発見されていなかった、未知のダンジョンが。国に報告をしたら、今はまだ人を回せないから市の方で対応して欲しいと言われた。全く困ったもんだよ、国も。あっちは書類や電話で方針や指示を出すだけかもしれないけど、それが市でどれほどの労力と時間を必要とするかまるでわかっていない。それに伴う予算や人員の補助もなくて──」
「ええっと……それで、俺達にどうしろと?」
市長の長い長い愚痴が始まりそうだったので、そちらに話が向かないように話題を引き戻す。
校長がこっそりと笑っていたのがうっすら視界に入った。こうした愚痴の展開はこの市長の癖なのかもしれない。
「そうそう。それで、市としては、危険なダンジョンを放置しておくわけにもいかない。もちろん、これからは肝試しで人が無暗に入ってこないようにしないといけないだろう。それは市の仕事だからいいとして、それとは別に今この国で唯一の国家公認シーカーの仮免を持つ君達にお願いがあるんだ」
「……ダンジョンの調査、ですわね?」
果凛が市長のお願いを先読みして訊いた。
市長はこくりと頷く。
「その通り。完全に未知なダンジョン故に、その強さや深さも難易度もわからない。敵の強さや広さなど、君達が入ったダンジョンとどの程度差があるのか調べて欲しいんだ」
「ちょっと待って下さい。俺達だって、この前入ったあのダンジョンしか知らないんです。それだけで比較というのもなかなか……」
「もちろんそれもわかっている。だが、君達はそのダンジョンで三〇階層まで行った人間であるし、強さも他のシーカーとは段違いだ。その経験を踏まえて、あのダンジョンとどの程度差があるのかを調べて欲しいだけだよ。既存のダンジョンをベンチマークにして、何階層レベルの難易度、等を調べて記録してくれるだけでいいんだ」
続けて、記録方法と報告方法についても市長は話した。
記録方法については、Dtubeでいつも通り配信するだけ。それをアーカイブとして残して、後にその動画のURLと既存ダンジョンとの難易度を比較した簡単な感想をメールで送るだけで送ってもいいとの事だった。
正直、調査負担としてはそんなに重いわけではない。
実際に地下三〇階層まで行った俺達が中に入れば、どの程度の難易度かまではわかる。どの程度の難易度なのか、敵の強さかも比較できるだろうし、力になれる事も多いだろう。
でも……正直、引き受けるメリットがない。俺達がそれを引き受けて、一体何の得があるんだ。
俺の表情から考えている事を察したのか、市長が補足した。
「もちろん、タダというわけではないよ。ちゃんと市から報奨金も出すし、市としても君達の活動をバックアップする。君達を嗅ぎまわる記者に対しても圧力を掛ける事だって可能だ」
それは確かに嬉しい申し出かもしれない。
実際に記者のインタビューはかなり面倒臭い。家の番号を調べて電話を掛けてくる奴もいるし、果凛の〈
「やっぱり、ちょっとキツいです」
俺は少し考えた末にそう答えた。
「どうしてだい?」
「単純にスケジュール的な問題です」
俺は自分の置かれている状況を説明した。
一学期に入院したせいでテストが受けられなかった事、本来だったら留年だったところを担任の計らいで、夏休みの補習を受ければ進級させてもらえる事になった事、更には一日も休む事は許されない、など。
「その補習を受けながら新しいダンジョンの探索はちょっと肉体的にしんどいっていうのが本音です。廃校まで距離もありますし」
「……だから、私がここに来てるんだよ。そして、これが君達にとってのメリットでもある」
俺の返答を聞いて、市長がにやりと笑みを浮かべて校長と視線を交わす。校長もこくりと頷いて、微笑を浮かべていた。
「どういう事ですか?」
「校長先生から許可を頂いて、補習ではなく課題の提出で進級できるようにしてもらったんだよ。もちろん、新しいダンジョンの調査を行ってくれるなら、という条件付きでだがね」
「え、マジですか⁉」
俺は校長の方を向いて確認すると、彼はこくりと頷いて莞爾として笑った。
「ええ。君達二人は我が校の誇りでありますし、市や今後の日本の為に役立つのであれば、こちらとしても協力せざるを得ないでしょう。ですが、あなた達はまだ若く、そして学生の身です。身の危険を感じたら、無理をせずちゃんと撤退する、という事だけ約束して下さい」
「そこは私の方からもお願いしたい。無理だけは禁物。君達でさえ危ないと感じたなら、そのダンジョンは危険区域として国に報告するだけですから」
校長の言葉に、市長が念を押すようにして言った。
心配してくれているところ申し訳ないが、俺に身の危険というものがあるなら、きっと数か月前の事故が一番危うかった。
一番危険なものでいうと、果凛からの精神攻撃だ。ランジェリーショップに連れ込まれたり、唐突に甘えられたりした時が一番危ない。
「……果凛、どうする?」
一応、彼女の意見も聞いてみる。
俺からすればメリットは多いが、果凛にはそれほどメリットがあるようにも思えなかった。
「わたくしはどちらでも構いませんわ。でも、蒼真様に時間ができて、前に仰っていた夏の風物詩というものを二人で堪能できるのであれば……それは、わたくしにとっても嬉しい事、と言えますわね」
果凛は嫣然として言った。
そう言われてしまえば、答えは決まりだ。
実際に、課題の提出だけで済むならかなり時間的な融通は利く。果凛も手伝ってくれるだろうし、デートの時間もできるだろう。彼女に夏の風物詩というのも教えてあげたい。
俺は正面の二人の方を向き直り、頭を下げた。
「丸山市長、校長先生。その新しいダンジョンの調査依頼、俺達がお受けします」
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