第13話 初めてのカップルダンジョン配信

 果凛の一声で、元勇者元魔王カノジョ配信ワルツが始まった。

 一般的なパーティーにおけるダンジョン配信は、パーティーメンバーで戦いながら、カメラマンがそれを撮影する。もちろん、カメラマンを守るのもパーティーメンバーの仕事だ。彼らの配信はメンバー間で協力をしながら、その戦術の選択と連携を見たり、その間のやり取りを見て視聴者は楽しむ。

 しかし、俺達の配信スタイルは一般的なそれとは明らかに異なっていた。カメラマンを守る必要がなく、カメラ代わりのスマホとタブレットは果凛による〈防御魔法プロテクション〉付きでふよふよ浮いて勝手に追尾してくれるので、守る必要がない。俺達はただただ、目の前に迫り来る敵を一撃で屠る──それだけだった。

 色々掛け合いなどを楽しませた方が良いと思うのだが、それらはもう少し視聴者が増えてからだ。Dtubeのアルゴリズム上、Dtuberアカウントを開設した当初の配信は新アカウントによるダンジョン探索として視聴者のホーム画面におすすめで載りやすい。最初はちらほらと見に来る人がいるので、無双しているところを見せてそのあたりの視聴者をぐっと引き止めなければならなかった。

 その為には、まずは派手さが必要だ。俺ひとりではただ殴られ殴り返すだけの退屈な配信にしかならないが、果凛がいれば話は異なってくる。彼女の手から放たれる色とりどりの魔法はそれだけで視聴者の心をつかむだろうし、彼女自身の姿もまた然り。

 なんと……俺の隣には、深紅のドレスを纏った果凛がいるのだ。


 ──うわ、すげ……やっとあの魔王と共闘してるっていう実感が湧いてきたよ。


 俺はその姿を横目で見て、なんだか不思議な気持ちを感じていた。

 果凛のドレスは魔法礼装のようなものらしく、魔力の威力や彼女の防御力を大幅に増加させるものだそうだ。彼女は配信開始と共に魔力を放出すると、そのタイミングで制服姿から異世界テンブルクで魔王として君臨していた際に着ていた深紅のドレス姿へと変わっていた。その御蔭で、一気に派手さとファンタジーさが増している。

 俺が視聴者なら間違いなく見入ってしまうだろう。その効果は絶大で、まだ配信を始めて数分しか経っていないのに既に同接数が二桁になっている。俺ひとりでは五人すら越えた事もなかったのに、果凛が入るだけでこれだ。なんか悔しい。

 本当はこれにプラスしてもうちょっと連携プレイなんかもできればいいのだろうが、果凛と俺は謂わばほんの少し前まで敵同士の関係。彼女があまり広いとは言えないこのダンジョン階層でどのようにして戦うのかがわからない以上、この狭さでどういった戦い方をするのかをまず見た方が良いと思い、まだ掛け合い等は行っていない。連携を合わせていくのは、まずは彼女のスタイルをよく見てからだ。

 というか、それ以前に八階層ではまだまだ敵が弱すぎて連携が必要ないというのも実情なのだけれど。


「そこですわ」


 果凛は手から〈火球ファイヤーボール〉の魔法を放ち、魔物は悲鳴を上げる余裕すら与えて貰えず一瞬のうちに灰に変えられていた。


「そちらにもいらっしゃいますの?」


 振り返りつつ、元魔王の少女は〈電撃ライトニング〉を反対側の通路の角に放つ。

 角に隠れて機を伺っていた魔物に対して、貫通式の雷撃魔法で壁ごと貫いて攻撃したのだ。相変わらず洒落にならない強さである。

 スキル〈破壊不可アンブレイカブル〉で死なないが為にあの〈火球ファイヤーボール〉と〈電撃ライトニング〉を俺は何発も食らったわけなのだが、さすがにちょっと可哀想過ぎない? とか何とか考えつつも、俺も果凛に負けないように現れる魔物を一撃で屠っていく。


「さすがですわ、蒼真様」


 果凛が俺の剣技を見て、うっとりとした表情で言う。


「こんな雑魚を倒した程度で褒められてもなぁ」

「あら、そんな事ありませんのに。素敵でしてよ?」


 謙遜しても、果凛はにっこりと微笑んで褒めてくれる。あんまりこうして褒められた経験がないものだから、それだけでドキドキして調子が上がってきてしまう。思っていたよりどうやら俺は単純らしい。


 ──仲間と共闘するってこんな感じなのかな。


 テンブルクの世界でもダンジョン配信でもずっと独りで戦ってきたが、誰かと戦うのと独りで戦うのって全然違う。独りで戦うのは……どちらかというとただの作業に近い。特に俺の場合は敵からの攻撃が効かないから余計に作業感が出てしまうのかもしれないけれど。


「わたくしも蒼真様に負けていられませんわ。もっと派手な魔法を使ってみせましょう」

「ん? って、おいこら! 〈隕石召喚メテオ〉はやめろ! ダンジョンごと俺達が生き埋めになるだろうが!」


 果凛が魔力を放出し、見覚えのある魔法陣を宙に浮かび上がらせたので、俺は慌ててそれを御した。

 あの魔法陣の後に隕石が降ってくるのを俺は何度も見ている。そしてその威力も散々味わった事があるのだ。間違いなくダンジョンがぶっ壊れる。


「ええっ、ダメですの? そんなの地味で退屈ですわ」

「いや、今のままでも十分派手だから。そのドレスも人目を惹いて凄い目立つし。ってかドレス姿でダンジョン配信してる人なんていないから、それだけでも十分だよ」


 俺がそう言ってやると、果凛はふと自分のドレスを見る。

 眉の形をハの字に変え、何やら悩ましい表情をしていた。


「……どうした?」

「いえ、蒼真様がこのドレスについてどのように思われているのか少々気になりまして。もう少し控え目の方が、蒼真様の好みじゃありませんこと?」

「うん……? いや、それが凄く似合ってるよ。果凛って感じして、制服姿よりも全然しっくりきてる」


 三日三晩その姿の魔王と戦っていたからしっくりくる、というのが本音なのだけれど。

 というか、うちの学校の制服を着ている事の方が全然慣れないし、未だにテンブルクの世界の魔王がうちの学校に転校してきたとか信じられない。


「本当ですの? 嬉しいですわ」


 俺にドレスを褒められたのが嬉しかったのか、テレテレと果凛が恥ずかしがる。

 こういうところ可愛いよな……って思っていると、彼女はうっとりとしてこう続けた。


「わたくしも、蒼真様を見ていると身体が火照ってしまいますわ」

「いや、言い方!」


 別に俺はそのドレス姿を見て身体を火照らせてないし! いや、まああっちで戦ってる時にちょっと色々思っちゃったけどさ! 綺麗だなとか腰細いなとか肌綺麗だなとかちょいちょいスカートから垣間見える脚がちょっとエロいなとか!

 果凛は相変わらず悪戯っぽい笑みを浮かべ楽しそうだった。どうやらからかわれているらしい。


「あらあら? もしかして蒼真様、照れておりますの?」

「くっ……やかましい。ほら、次の敵来たぞ!」


 からかわれた恥ずかしさを誤魔化す為に、新しく現れたゴブリンロードを一刀両断する。


「照れた顔も可愛らしいですわよ、蒼真様」


 果凛は満足げに言いながら、背後から忍び寄っていたスケルトンに向けて無慈悲な〈火球ファイヤーボール〉を放つ。

 なんだろう? 初回の配信、こんな緩い感じで良いのだろうか? てかこれカップル配信なの?

 なんだか色々不安になってくる俺であった。

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