第9話 そまりんカップル、早速ダンジョンへ

 俺と果凛のチャンネル『元勇者&元魔王のそまりんカップル』が発足してから一時間後……何故か、俺達はダンジョンにいた。

 まずはどんな感じのチャンネルにするのか、というかそもそもダンジョンのカップル配信ってどんな事をするんだとか、もっと調べてからの方が良いと言ったのであるが、元魔王のカノジョ様は「そんなもの、行ってから決めればいいのではありませんこと?」と聞く耳を持たなかった。

 そもそも果凛からすればまずダンジョンがどんなものかさえわかっていないわけだし、実際にその目で見てみない事には何とも言えないのかもしれない。

 それに、彼女の言う事にも一理あって、そもそもダンジョン配信をしているカップルチャンネルは少ない。カップルチャンネルにおけるダンジョン配信とは何ぞや、などまだ誰も定義付けられていないのだ。

 それもそのはずで、誰も自分の恋人と危ない事をしようなどとは思わないだろうし、実際に死ぬ可能性があるのもダンジョン配信である。これまで何人かのDtuberが無残に魔物に殺されており、問題視もされている。なかなかカップルでの参戦は難しいだろう。

 まあ、そういったおグロ動画は配信を生で見ている人しか見れないようになっているのがDtubeの上手いところなのだけれど。どうやら、このDtubeというものはチャンネル主の死亡が確認された時点でDtubeアカウントも消滅される仕組みになっていて、アーカイブも残らないそうだ。その配信をスクショ録画していた人がUtubeに転載しようとしても、投稿審査が通らないようになっているらしい。

 だからこそ、余計にDtube生配信の稀少性も上がっている。要するに、可能性もあるコンテンツなのだ。もちろん、応援しているDtuberのおグロシーンを見せられてトラウマになった視聴者もいるようだが、それらも自己責任として片付けられている。

 そういった理由から、なかなかカップルでのダンジョン配信は難しいのであるが……俺のパートナーは異世界の元魔王で、俺自身も元勇者。そのあたりの問題はクリアできているので、手探りで物事を進めていくのも悪くはない。


「ここがダンジョンですのね……確かに、あちらの世界にある地下迷宮とよく似た雰囲気を感じますわ」


 ダンジョン一階層部分にて、果凛は周囲を見渡すと、そんな感想を漏らした。

 この一階層は魔物もおらず、ダンジョン内で使える武器やアイテムを売っている露天商が何人かいる程度。配信者同士の交流や待ち合わせに使われる場所でもある。ちなみに俺が今使っている剣もここで買った。

 今はまだ夕飯時なので、他の配信者はいなかった。大体有名配信者はもう少し遅い時間帯に配信をする事が多い。配信やダンジョン探索で食っている人はこの時間帯でも入っているのだろうが、どちらにせよ人が少ない時間帯である事には変わりない。


「にしても……別にわざわざ今日からやる必要もないんじゃないか? どうせもうすぐ夏休みなんだし、夏休み入ってからやればいいだろ」

「まあまあ、そう仰らずに。善は急げ、ですわ」

「元魔王が善って言うのもなぁ」


 というか、ダンジョン配信って善なのか?

 配信をする側は探索のついでに承認欲求を満たしたいだけであるし、見る側にとってはただリアリティあるゲーム配信を見ている程度の娯楽でしかないと思うのだけれど。


「善が急ぐのでしたら、悪はもっと急がねばなりませんわ!」


 果凛は道端を歩くカップルのように俺の腕に自分の腕を絡ませてきたかと思うと、楽しそうに笑ってそう反論した。

 全く、ああ言えばこう言う。とりあえず果凛が楽しいのなら、それはそれで良いんだけどさ。俺も彼女も、ダンジョンの上層でやられるわけがないのだから。


 ──ぶっちゃけると……どうやって果凛と付き合えばいいのか、俺自身よくわかってないんだよな。


 俺は内心で独り言ちる。

 確かに、異世界の最終決戦で俺達は約束をしたし、果凛はその約束を果たそうとわざわざ俺を追い掛けてきてくれた。

 しかし、俺と果凛との関係値などあってないようなものだ。言うならば、三日三晩死闘を繰り広げた、というだけである。

 一緒のクラスになって、カップルになって、俺の家に下宿する事にまでなっているのだけれど……全部、今日一日で決まった話だ。そんな彼女といきなり恋人らしく振舞えと言われたところで、やっぱり無理がある。

 だって、そもそもカノジョなんて初めてできたわけだし。その初めてのカノジョが異世界の魔王ってどういう事なんだって話なんだけれど。


「……無理を言って、申し訳ありません。蒼真様」


 果凛は俺と腕を組んだまま、唐突にそう切り出した。

 いきなり謝られるなど考えてもいなかったので、思わず「え?」と彼女の方を見る。彼女の視線は正面に向けられたままだったが、その横顔は妙にしおらしかった。


「本当のところを申しますと、わたくしも不安なのですわ」

「不安? 果凛が?」

「ええ。だって、わたくしと蒼真様には……あちらで戦ったという事実しか共有できるものがありませんもの。こちらの世界の常識や文化はある程度理解しましたけれど、だからといってすぐに高校生らしい交際ができるわけではありませんし、何か共有できる価値観があるわけでもありませんわ」

「果凛……」


 驚いた。まさか、元魔王の彼女も俺と同じような事を考えていたとは思わなかったのだ。


「そうなってくると、今のわたくし達にとっては、これ以外に共有できるものがないような気がしてしまって……こんな考え、変ですわよね?」

「いや、変じゃないよ」


 どこか自信なさげに言う彼女の言葉を、はっきりと否定する。

 それは変じゃない。だって、俺も同じ事を考えていたのだから。取り得る選択肢が多いようで少ない俺達にとっては、間違いなくダンジョン配信は一つのコミュニケーションツールとして働くだろう。


「まー……正直なところ、ダンジョンのカップル配信なんてものに需要があるのかなんてわからないけどさ。こうして一緒に価値観を共有できるものがあるなら、やってみればいいんじゃないかなって思うよ。とりあえず、俺達はこっから初めていこう。合わなかったらやめればいいし、こういう関係値の深め方があってもいいはずだろ?」

「蒼真様……はい!」


 俺の返答が満足いくものだったのか、果凛は満面の笑みを見せた。そして、こう続けたのだった。


「わたくし、あなたに恋をして良かったですわ!」

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