第10話 果凛のDtuber適正

 ──地下二階層。

 ここから魔物も湧き出てくるので、一応は注意しておかなければならない。と言っても、俺達にとっては雑魚中の雑魚なので、警戒する必要もないのだが、敵意を持って襲ってくる魔物が現れるエリアだ。


「……とりあえず、ちょっとテスト配信でもしてみるか?」


 俺はコンタクトレンズ型のARグラスを嵌め込み、配信の準備を始める。

 ここまでの道中で、果凛にはARグラスやDtubeアプリの仕様について大方教えてある。もともとの地頭の良さに加えて色々な人の記憶を覗き見ていたからか、果凛は簡単な説明でそれらの仕様をすぐに覚えてしまった。このあたりはさすがだ。

 しかし、俺も果凛も戦いとなればトップオブトップではあるものの、如何せん配信者としては雑魚中の雑魚。チャンネルができたばかりなので当然登録者も〇人だし、チャンネルに流入できるSNSも持っていない。これからはこつこつ活動しつつ、登録者を集めていくしかないが、そもそもカップル配信の反響も需要もわからない。地下二階層ならまだ安全であるし、軽くテスト配信してみるのも悪くないと思ったのだ。

 しかし、言い出しっぺの果凛が顎に手を当て、悩ましげな表情をしている。


「……どうかしたか?」

「いえ。先程いくつかの配信を拝見しましたけれど、少し見にくかったのがどうしても引っ掛かってしまうのですわ」

「見にくい? あ、画面の事?」

「ええ。わたくしが慣れていないせいなのかもしれませんけれど、配信者の視点に沿って動くので、少々画面に酔ってしまいますの。あと、見たいところが見れないのも苛々してしまいますわ」

「なるほど」


 果凛の言いたい事はわからないでもない。

 基本的に、ダンジョン配信者はコンタクトレンズ型のARグラスのカメラ機能を用いて配信を行う。そうなれば画面視点は当然配信者と同じで、視聴者は一人称(FPS)視点のような感覚で配信を見る事になるのだ。

 ただ、配信者が上手ければいいが、視線があっちこっちいけばどこを見ればいいのかわからないし、ばたばた走ればその分画面も揺れる。

 視聴者はそれがわかって見ているといえども、果凛のように動画慣れしていない人からすれば画面酔いしてしまうだろう。これはARグラスの欠点かもしれない。

 果凛は続けた。


「それに、カップルで配信をするのでしたら、視聴者はわたくし達ふたりを見たいんじゃありませんこと? そのARグラスで配信してしまうと、蒼真様が映りませんわ」

「あ、確かに」


 言われてみればそうだった。

 複数人のプレイヤーで配信する場合、例えばカップル配信のような場合だが、どちらか片方のレンズを通してしか見れないし、そうなればパートナーしか映らない。FPS視点なので当然自分の顔が映らず、視聴者は片方だけの姿しか確認できないのだ。

 パーティーやカップルでダンジョン配信を行う場合、パーティーメンバーの他にカメラマンを雇っているケースが多かった。

 俺はソロでダンジョン配信を行っていたから気にならなかったが、確かに果凛と一緒に配信するならクリアしなければいけない問題だ。


「でも、俺らにはカメラマンがいないしなぁ」

「配信中に画面の切り替えはできませんの? 例えば、わたくし達ふたりがARグラスを使って、交互に視点が切り替わる、とか」


 分かりやすく言うと、一カメとか二カメって事か。

 確か音楽の配信ライブとかだとそんな感じで画面が切り替わっているのをよく見た事がある。


「それならアプリの方で設定すればできるけど、それこそ画面酔いが酷くなるんじゃないか? コロコロ視点が変わったら視聴者も困惑するだろうしし」


 良い案ではあるが、FPS視点の切り替えはかなりしんどいように思う。例えばFPSゲーム配信を見ている時に別プレイヤーにいきなり視点が飛んだら見ている側としては堪ったものではないだろう。

 まだ数える程しか動画を見ていない果凛にはそこまで想像ができていなかったらしく、「確かにそうですわね」とすぐに納得していた。


「なら……タブレットとスマホで俯瞰的に撮ってみてはいかがでして?」

「俯瞰って……そもそもタブレットとかスマホで撮影するなら、それこそ別途カメラマンが必要で──」

「要りませんわよ?」


 果凛は俺の言葉を遮って、小首を傾げる。何を言っているんだ、とでも言いたげな表情だ。


「……はい? 何で? だって、スマホ持ちながら戦うのってめんどくさくないか? それなら、誰かに持ってもらうしかないと思うんだけど」

「わざわざ人に持ってもらわなくても、こうすれば俯瞰で撮れますわ」


 果凛は先程貸し与えたタブレットに魔力を一瞬だけ込めて地面に投げると、タブレットは地面に落ちる事なく空中を浮遊した。ふよふよとちょうど俺と同じくらいの目線の高さにまで浮き上がっている。


「は⁉ 浮かせれんの⁉」

「魔法を扱うのですから、これくらいできて当然でしてよ」


 そうだった。

 俺の相方は元魔王。ただのお嬢様口調のツインテール美少女転校生ではない。その気になれば隕石だって降らせられるのに、どうして物を浮かせられないと思い込んでいたのだろうか。


「じゃあさ、これも浮かせれる?」


 俺は手持ちのスマホを果凛に渡した。

 果凛は「もちろんですわ」と頷いて、タブレットと同じようにスマホも浮かせてみせる。


「おお! これならもしかして……!」


 俺はARグラスで操作パネルを出すと、タブレットとスマホのカメラモードをDtubeアプリに同期した。それからカメラを五秒ごとに交互で切り替えるように設定し、代わりにARグラスのカメラを停止する。これで音楽配信ライブのように、スマホとタブレットの一カメと二カメだけが切り替わって配信されるはずだ。


「あ、もうちょっとスマホとタブレットの位置高くできない? 俺達を後ろから撮る感じで」

「このぐらいですの?」

「うん、完璧」


 果凛に言ってデバイスの位置を調整してもらい、カメラは俺達の後方上空に設置。こちらの移動に合わせて視点カメラも等距離で付いてきてきてもらうようにしてもらった。

 これにて三人称視点(TPS)での配信が可能となった。配信画面を見てみると、俺と果凛の背中が背後から移されており、TPS視点のゲームを見ている感覚だ。

 え、これって普通に凄い事じゃないか? この時点で既に他の配信者にはできない視点の映像を提供できてるんだけど。


「果凛、もしかしてゲームとかやってた?」

「……? テンブルクにゲームがあるとお思いでして?」

「いや、あまりにも指摘と対策が適格だったから、つい」

「そうなんですの? わたくしはただ、自分が見やすいと思った視点を提案しただけなのですけれど……」


 どうやら、天然で提案したらしい。地頭が良いのと、客観的な視野を持てているからこそ出た発想なのだろう。

 風祭果凛とは、俺が思っていた以上にダンジョン配信の適格者だった。これはもしかすると、面白い事になるかもしれない。

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