第28話 PKシーカーの可能性

「やっと終わった……早く帰ろうか」


 随分と陽が傾いてしまった。

 なんやかんやで途中でふたりしてあんな感じで遊んでしまうので、結局補習を終えるまで随分と時間が掛かってしまった。

 夏休みはこんな感じの補習が毎日か……さすがに辛いな。留年しなくて済むのは有り難いけれど。

 校門を出たところで、果凛が訊いた。


「今日も探索いたしますの?」

「いや、今日はやめとこうか。時間も遅いし、昨日の今日で色々騒がしいだろうし」


 俺は少し考えてからそう返した。

 とりあえず、昨日の反響のせいで今日は諸々大変だった。

 おそらく今日も配信してしまったら、もっと騒ぎになるだろう。俺自身まだバズというものに慣れておらず精神的にぐったりとしているし、少し余裕を持ちたかった。

 それに、母さんはネットに疎いからまだ俺が一夜を賑わせたDtuberだというのに気付いていないが、毎晩毎晩騒ぎを起こしていればさすがに彼女にも知れてしまう。ただでさえによって三か月昏睡していて心配させてしまったのだ。目覚めてひと月しないうちにDtuberとして世間を賑わせる存在になっていては、心労で倒れてしまうかもしれない。


「わたくしもその方がいいと思いましてよ。〝調教者テイマー〟の件もありますし、もう少し様子を見たいですわ」

「ああ。全く、面倒な奴が現れたもんだ」


 果凛の言葉に同意する。

 そう、例のミノタウロス・リーダーをスキル〈使役テイム〉で従えて大正フラミンゴを襲わせた者については全く情報が見えていない。

 明確な意図を持って大正フラミンゴを襲わせたのか、それとも誰でもよかったのか。後者であればテロみたいなものだ。ただDtuberを殺す事が目的だったならば、これから他の配信者も襲うだろうし、死者が出ればきっとニュースにもなるだろう。大正フラミンゴが狙いの場合は、少なくとも何も起こらない。

 いずれにせよ、〝調教者テイマー〟という明確な敵意を持って人を襲おうと企んでいる人間がダンジョンにいるとわかった以上、迂闊に動くわけにもいかない。

 それに、おそらくこれはまだ歴史の短いDtuber史上、いや、ダンジョン・シーカー史上で初めて人が人を襲う事案だ。ゲームでいうとPKプレイヤーキルに当たるが、ダンジョン内はゲームの仮想世界ではなく現実。ただの人殺しだ。

 相手が〝調教者テイマー〟で、魔物に人を襲わせているが故に表沙汰になっていないのが不幸中の幸いなのかもしれない。もし当たり前に殺人が公になれば、きっとイカレポンチな配信者──所謂迷惑系Utuberみたいな連中──がきっとPKプレイヤーキルチャンネルみたいなものを作る。そうすれば、ただダンジョン内を探索するという問題だけでなく、PKプレイヤーキルプレイヤーからも身を守らなければならなくなるのだ。異世界同様に、かなり殺伐としてくるだろう。

 ただ、遅かれ早かれそういった人種は現れると思う。今のところダンジョン内は治外法権になっていて、国の法律が及ばない。殺人を罰する事はできないはずだ。現行法では、映像等で証拠が残っていれば、ダンジョン外で目撃されたところで確保する、といった方法しかなさそうだ。もしかすると、今後はPKプレイヤーキルからの防衛手段──証拠を残す手段──としてダンジョン配信をする、という事になるのかもしれない。まだまだ未知であるが故に、危険な職種である事には変わらなさそうだ。

 いずれにせよ、今回の敵はスキル〈使役テイム〉持ちの〝調教者テイマー〟で、PKプレイヤーキルを行おうとしている確かな意思がある。それ以上の詳細が見えてこないので、慎重に動くに越した事はない。


「大正フラミンゴのお二人にも訊いてみないといけませんわね」

「怨恨なのか無差別なのか、その鍵を握っているのはあの二人だろうしな」


 大正フラミンゴほど有名になれば、色々怨まれたり妬まれたりする事も多そうだ。競合相手のDtuberやUtuberかもしれないし、或いはストーカー化したファンの可能性もある。今の段階では想像の域を出ない。

 そういえば、今夜は大正フラミンゴのふたりがUtube上にDtuber引退報告動画を上げるというニュースが先程SNSで話題になっていた。もしかすると、そこで何かしらそれらしい情報も出てくるかもしれない。

 そこで、スマホがピコンと通知音を鳴らした。LIMEの通知音だ。


「……っと。噂をすれば、だな」


 スマホをタップして通知を確認すると、昨日友人登録をしたばかりのハルさんからのLIMEだった。

 うわ、ほんとに有名人からLIMEきちゃったよ。一瞬スパムかと思ってしまうくらい信じられない。

 メッセージの内容はコラボ撮影依頼だった。日時と場所、コラボする大まかな内容などが詳しく記されている。こういうのを見ると、配信者としてただ遊んでいるように見えても裏ではしっかりとしてるんだぁと思わされた。


「どうしましたの?」

「ハルさんから連絡。昨日言ってたコラボ撮影の依頼、日曜日の昼から夕方くらいまでの間でどうかってさ。大丈夫か?」

「撮影は構いませんけれど……」


 そこで、果凛が眉を下げて困った顔をした。

 何やら問題があるらしい。


「どうした?」

「撮影に着ていく服がありませんわ。わたくし、服は制服とお母様から頂いた夜着しか持っていなくて」

「ああ、なるほど。制服じゃダメなのか?」

「せっかくお招き頂いたのですから、ちゃんとした服装でお伺いしたいですわ。ですが、魔法礼装だとさすがに浮き過ぎてしまいますし……」


 果凛は顎に手を当て、悩ましげに唸った。

 俺からすれば制服でもドレスでもどっちでも良いじゃないかと思うのだけれど、そこはやはり彼女も女の子なのだろう。女性誌やらを一通り読んだ影響なのか、ちょっとお洒落をして出演したいらしい。


「あー……じゃあ、明日土曜日だし服でも買いに行く? 昨日の配信成功祝いって事で、何着かプレゼントするよ」

「よろしいですの? お金が掛かってしまうのではなくて?」

「まあ、金ならダンジョンで結構稼いでるから大丈夫。配信の成功祝いに何着か買わせて頂くよ」

「ありがとうございます。嬉しいですわっ」


 俺の提案に、果凛が声を弾ませた。

 果凛が私服で出るなら俺も合わせた方がいいだろうし、それならお洒落なものを着ておきたい。新しい服も買っておいた方がいいだろう。


「デート、ですわね」


 果凛はそっと俺の腕に自らの腕を絡め、こちらを見上げて言った。その頬はほんのり赤く染まっていて、どこか嬉しそうだった。

 そっか。デートになるのか。確かにデートだ。そう考えると、少し緊張してくる。

 いや、恋愛関係にある男女がお出掛けする事をデートというなら、カップルダンジョン配信もデートになるのだろうか? よくわからないけれど、とりあえず明日は果凛とのデートが決まってしまったようだ。

 元魔王……一体どんな服を選ぶんだろうか? どうせ彼女の事だから何を着ても似合いそうだけれど、元魔王をカノジョに持つ特権として、果凛のファッションショーを存分に楽しませてもらおう。明日は楽しい一日になりそうだ。

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