第29話 空宿ラブコメディー

 翌日、俺と果凛は空宿そらじゅくに来ていた。

 空宿は日本国内に於いては市部谷しぶやに並ぶ若者の地で、十代の若者が好みそうなショップが軒並み揃っている。果凛の好みらしい好みは今のところわからないし、彼女自身もこちらの服についてはそれほど詳しくないだろう。色々なショップを見てみて気に入ったものを買えばいいのではないかと思っていたのだ。

 それに、空宿から市部谷までは徒歩で行けるし、やや派手な服が多めな空宿で好みの服がなければ市部谷の一〇Qまるきゅーにでも行けば、何かしら気に入る服があるだろうとの判断だ。

 そうして俺達はいくつか電車を乗り換え、空宿の駅に降り立つ。果凛は改札の外に出ると、大きく溜め息を吐いた。

 彼女にとっては初めての電車な上に、休日の電車は人が多い。色々息苦しかったようだ。


「人に酔ったか? ちょっとどっか店でも入って休む?」

「いえ、大丈夫ですわ。ただ、わたくしの世界にはない乗り物でしたので、少々面食らっておりましたの」

「まあ、そうだよな。テンブルクだと隊商キャラバンに近いかもしれないけど、ちょっと意味合いが違うしな」


 俺達からすれば当たり前にある電車であるが、よくよく考えれば身分も立場も年齢も全く違う人々が同じ乗り物の中に詰め込まれている不思議な乗り物だ。中世的世界観の世界から来た果凛からすれば、情報としては理解できても実際に乗ってみると驚く事も多いのだろう。

 今日の果凛は制服に加えて、髪型がツインテールではなく、肩あたりでゆるく二つに結んだおさげスタイルだ。この髪型をされると、ついキスをした時の事を思い出してしまって、思わずドキドキしてしまう。昨夜もお風呂上がりの彼女がこの髪型をしていたので、つい思い出してしまってドギマギしてしまっていた。


「……どうかなさいましたの?」

「え?」

「いえ、ぽかんとした顔でわたくしの方を見ていらっしゃったので。どこか変なところでもありまして?」

「い、いや! 何も変じゃないよ。そうじゃなくて……今日は髪型がおさげなんだなって思ってさ。外に出る時はいつもツインテだったから、ちょっと意外で」


 そこで果凛は俺の視線の意図に気付いて、「あっ」と納得した様子の声を上げて、嬉しそうに目を細めた。

 そしてちょいちょいと手招くような仕草をするので、彼女の口元まで耳を寄せると──


「蒼真様とキスをした時の髪型の方がドキドキして頂けるかと思いましたの。如何ですか?」

「ふぁい⁉」


 あまりに図星過ぎて、思わず変な声が出てしまった。

 俺、ほんとに〈魔眼ディストート・アイ〉の効果ないんだよな? 心の中覗かれてない?

 俺の反応を見て、果凛は口元を手で隠してくすくすと上品に笑った。


「あら。当たっておりましたの? 嬉しいですわ。で~もォ……」


 彼女はもう一度俺の耳元まで口を寄せて、甘い吐息を耳に吹き掛けながらこう紡いだ。


「こんな人前でキスは、だ~め、ですわよ?」


 その蠱惑的な眼差しと艶っぽさのある声、それでいて俺をからかうよう際の年相応な子供っぽさが絶妙な塩梅で混じりあっていて、可愛いのか色気があるのか何とも評し難い果凛に、俺の初心なピュアハートが一気に持っていかれてしまった。


「あ、もちろん……蒼真様がどうしてもと仰るのでしたら、わたくしもやぶさかではありませんけれど」

「そんなはしたない事は人前でしませんッ!」


 俺のその反論に、果凛の目元と口元が悪戯っぽく歪む。

 そして、その黄金こがね色の瞳で俺を見据えてこう尋ねた。


「……人前でなければ、して下さいますの?」


 まずった。言葉尻を取られてしまった。

 今の言い方ならそう受け取られても仕方ない。


「ち、ちがッ! 今のは言葉の綾だ! そそそそんな事より、服買うんだろ、服! 服屋のある通りはこっちだから、さっさと行くぞ!」


 俺は焦燥と羞恥を隠すように、彼女の手をがしっと掴んで横断歩道を渡った。

 このままこの話題を続けられると一生からかわれ続ける自信がある。


「あらあら、蒼真様。お顔が真っ赤ですわよ?」

「お前がそうさせてるんだろうが!」

「そんなに声を荒げないで下さいまし。わたくしだって、同じですのに」

「同じって……何が?」


 意味がわからず、振り返って果凛の方を見ると、彼女は年相応の少女のように顔を赤らめて、こう言った。


「わたくしもこの髪型をすると、あの夜を想い出してドキドキしてしまいますの。変ですわよね?」


 おさげの髪をいじりながら言う彼女は妙にいじらしくて、先程まで俺をからかっていたのがきっと照れ隠しなのだというのがその仕草からも伝わってくる。

 ああ、ちくしょう。可愛すぎじゃないか、こいつ。

 きっとこの光景が配信されていたら、コメント欄が『果凛可愛い』と『蒼真氏ね』で埋め尽くされているに違いない。


「……変なわけねーだろ、バカ」


 俺は小さくそうとだけ言うと、彼女の手を引いて竹中通りを目指した。

 この甘酸っぱい空気、気持ち、無性に叫びだしたくなってしまう。人前でもをしたくなってしまう自分を律するので必死だった。

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