第30話 元魔王なカノジョの服選び

 空宿の竹中通り──所謂若者ファッションの最先端で、中高生に人気のスポットだ。テレビやUtubeなんかでもよく紹介されており、様々なショップが立ち並ぶ。

 以前来たのは中学生の時だったか。ふらふらと歩いていただけなのだが、ちゃんとビザを取っているのかさえ怪しいイカつい外国人達にしつこくつきまとわれ、怖くなってろくに店を見れなかった。

 当時は怖かったが、今では全然怖くないんだろうな。だってあの外国人よりもっとバカでかい魔物と異世界やダンジョンで戦っているわけだし。今ならワンパンだ。

 今日は土曜日という事もあって、竹中通りは主に十代から二十代くらいの若い世代で埋め尽くされていた。だが、幸い今のところ俺達が【そまりんカップル】だとバレて騒ぎになる気配はない。

 というのも、今日は俺が制服を着ていないからだ。加えて、果凛は魔法礼装を纏っているわけでもなく、更にツインテールでもない。彼女が髪型を変えたのはもしかすると、変装の意図もあったのかもしれない。ツインテールだと強気な魔王感が強まるが、おさげにすると艶っぽくてお淑やかな感じになる。髪型ひとつで女はこうも変わるのかと相変わらずびっくりだ。

 俺が私服で果凛が制服というのもちょっと変だが、服を購入し次第そこで着替えると言っていたし、早く服を買ってやらないと──と思っていた矢先である。隣を歩いていたはずの果凛がいない。

 あれ、と思って後ろを振り返ってみると、果凛が立ち止まって店頭に飾られていた服をぽけーっと見ている。気に入った服があったのかなと思ってその服を見るや否や、俺は「うげっ」と顔を顰めた。

 果凛が惚れ惚れと眺めていた服、それは……赤と黒で彩られた派手派手しい着物とドレスが入り混じったような和風のゴシックロリータ服。所謂〝和ゴス〟というやつである。

 深紅のドレスの時から思っていたけれど、やっぱり果凛ってそっち系の服が好きなのだろうか。


「あ、えっと……果凛さん?」


 恐る恐る声を掛けてみると、果凛はがばっとこちらを振り返った。その黄金こがね色の瞳が光を当てられた宝石の如く輝いている。

 これは、まずいかもしれない。


「……ばらしいですわ」

「はい……?」

「素晴らしいですわ! 素晴らしいですわ! 蒼真様、わたくしこの服にいたしますわ!」

「待って! ちょっとそれは待って!」


 言いつつちらりと値札を確認してみると、目が飛び出そうになった。七の後ろに〇が四つあったのだ。

 は⁉ 七万⁉ この服七万もするの⁉ いやいやいや、さすがにその価格帯の服は何着も買えないから!


「多分それかなり異例というか全然日常的に着れる服じゃないから! イベント用というか、特別なやつというか!」

「でもこちらのお洋服、わたくしの世界の文化とこの国の文化が融合していましてよ⁉ まさしくわたくしの為にあるような服じゃございませんこと⁉」

「待って! っていうか和ゴスはやめて! さすがにちょっと目立ち過ぎるし空宿ならいいかもだけど家の近所を一緒に歩くの恥ずかしいから!」


 それから数分、俺は店頭で果凛を説得する羽目になった。

 周りを見ても和ゴスを着ている人がほぼいない事、物凄く目立つ事、和ゴスのドレスを着るなら魔法礼装を日常的に着るのと大差がない事を説明してみせると、ようやく納得してくれた。


「わたくしとした事が……申し訳ありません。あまりの可愛さに、冷静さを失っていましたわ」


 どうやらかなり和ゴスがお気に入りらしい。

 和ゴスはちょっとあれだけれども、フリルがあったりするゴシック系が好きなのは何となくわかったので、このショップで地味めの服を探してみる事にした。

 が、中に入ってみると、呆気に取られる。甘ロリやらゴスロリやら、なんちゃらロリータとつきそうな服がびっしり並んでいる。凄い世界だ。

 中には男性向けのもあって、中二病をこじらせていた時にこの店に来ていたら俺もやばかったかもしれない。治っててよかった。

 果凛は呆気に取られた様子でぽけーっとしながらそれらの服を見回しながら、ふとメイド風ゴスロリ服の前で立ち止まった。


「こちらのお洋服は怪我人限定なのでしょうか……?」

「はい? 何で?」

「マネキンに眼帯と包帯が巻かれておりますわ。怪我人でも着こなせるファッション、という意味ではありませんの?」

「ああ、えっと……それは……」


 また答えに困る質問を。

 前知識があれば眼帯も包帯も不自然ではないのだけれど、前提知識がない彼女からすれば確かに怪我人のように思えるのかもしれない。


「……色んな意味で怪我を負っているんじゃないかな。でも、その怪我に気付くのは、きっと数年後なんだ」


 俺は苦い笑みを零して、視線を逸らす。

 果凛は感心したように目を大きく開いて包帯のゴスロリメイド服を眺めた。


「それは恐ろしい怪我ですわ。わたくしも気をつけなければなりませんわね」

「もしかしたら果凛はもう手遅れかもしれない……いや、性格的な事を鑑みればむしろ逆にずっと大丈夫なのかな? どっちだろう……」


 彼女が厨二病という病の存在に知ってこじらせを恥ずかしがるところも見たい気がするが、案外気にせずずっとこのままな気がしなくもない。というか、むしろ『これがわたくしでしてよ』と言ってそんな自分さえも受けれいてしまいそうな気がする。強い。


「……? どういう事ですの?」

「いや、何でもないよ」


 俺の独り言に対して怪訝そうに首を傾げる果凛に、俺は何となく言葉を濁して歩を進めるのだった。

 それから数歩歩いたところで、果凛が「あっ」と声を上げる。


「どうした?」

「蒼真様も配信時はこちらの服がよろしいのではなくて?」


 そう言って、男性用のそっち系の服を指差す。

 ゴスロリではないけれど、まるで貴族やらが着ているような服だった。無駄に黒と金色で構成されている。どちらかというとビジュアル系バンドの衣装みたいだ。

 っていうか値段十万近いじゃないか。こんな服買う人いるのか? いや、いるから展示されているのか。わからない世界だ。


「わたくしの魔法礼装とも合っておりますわよ?」


 うん、そこは合ってるよ。致命的に、俺にはこういった服が似合わないってのが着なくてもわかってしまうだけで。たとえ似合っていても着る勇気はないけれど。


「お、俺はいいよ。今日は果凛の服を買いに来たんだから」


 変な方向に進まないように、果凛を女性モノの売り場の方へと誘導していく。

 こんなものを着せられて配信させられたら堪ったものではない。一生消えない痛々しいデジタルタトゥーが刻み込まれてしまう。

 結局、服がたくさんあり過ぎて果凛では決められなかったので、店員さんに色々見繕ってもらった。指定した条件は、和ゴス・甘ロリ・包帯眼帯等は避けて一般生活でも馴染める範囲のもの、とした。

 店員さんは果凛みたいな可愛い女の子に着てもらえるなら、と色々用意して下さって、試着室であれやこれやと話し合いと何度かの着替えを経て……最終的には黒のブラウスと黒のロングスカートで落ち着いた。

 ブラウスは黒い薔薇やフリルで袖口がふわりと広がっている姫袖で装飾されており、ロングスカートにも同じくフリルが用いられている。悪目立ちしない程度にゴシック要素が含まれていて、私服としても着こなせる洋服だ。喪服みたいに真っ黒だが、真っ黒な髪の果凛によく似合っているし、玲瓏妖艶な彼女の魅力をより引き立てているようにも思える。

 今彼女が着ているのは姫袖部分が長袖になっているものの、生地が薄くて通気性の良い夏仕様。また、店員さんのご厚意で、少し寒い日を見越した秋用もセットで付けて下さって割引もしてくれた。有り難い限りだ。

 価格もバキバキの和ゴスやら甘ロリやらゴスロリやらのドレスよりは随分と抑えられていて、お財布にも優しい。こちらの年齢から使えるお金も考慮してくれたのだろう。優しい店員さんだ。


「どうですかしら?」


 店を出ると、黒のブラウスとロングスカートに身を包んだ彼女が恥ずかしそうに訊いてきた。

 うん、雰囲気や佇まいも相まって大人っぽさもありつつ、でも果凛の可愛さもしっかりと際立っている。改めてよく見ても似合っていた。和ゴスにならなくてよかった。本当に。


「可愛いと思うよ」

「本当でして?」

「嘘言ってどうするんだよ。ほんと、可愛いよ」

「ふふっ……ありがとうございます、蒼真様。とっても嬉しいですわ」


 言いながら、彼女はそっと俺の腕に自らの腕を絡ませた。

 そして、通りの先にある店舗を見て「あっ」と声を上げる。


「どうした?」

「そういえば、お母様から下着はもう少し持っていた方がいいと忠告を受けていますの。次はあちらで下着を選んで下さいませんこと?」

「はい⁉」


 彼女が見ている店舗を見てみると、これまた目が飛び出そうになった。

 彼女の視線の先には目がチカチカしてきそうなランジェリーショップがあったのだ。


「ちゃんと試着もいたしますから、どれがいいか仰って下さいましね?」

「いや……待って。それも待って! あそこ入るのはさすがに無理っていうか──」

「気にしてはいけませんわ。早く参りましょう」

「気にする! 気にするからぁッ!」


 ダンジョン配信よりも空宿そらじゅくデートの方がよっぽど精神的に大変だったのは言うまでもない。

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