第41話 二度目の配信スタート

 その日の十六時、俺達はダンジョンの地下九階層の広間部分にいた。以前、大正フラミンゴを救出する為にミノタウロス・リーダーと戦った場所だ。

炎舞踊インフェルノ・ブラスト〉によって切り裂かれた壁は未だ修復されておらず、壁をばっさりとえぐり取られたままだった。どうやら、ダンジョンに自動修復機能はないらしい。時間経過とともにもしかしたら修復されるのかもしれないが、今のところは一旦壊れたら壊れたまま、という認識でいた方が良さそうだ。

 何故俺達が九階層にいるのかというと、これは果凛の力だった。

 地下三〇階層に松本と例の化け物はいるみたいなので、一階層からえっちらおっちら降りるとなると結構時間が掛かる。急いでぱぱっと進もうかと提案すると、「前のところから始められますわよ?」と〈転移魔法テレポート〉で一瞬で九階層まで来てしまったのだ。やはりこの女、何でもありでチートである。

 今、果凛は既に魔法礼装の紅いドレスを纏っており、髪型もいつものツインテール。異世界テンブルクの魔王として君臨していた彼女の姿がそこにはあった。

 以前は表情が柔らかくて風祭果凛が魔王の礼装を着ている、という印象だったのだが、今回は表情も冷たく、その黄金こがね色の瞳も鋭い。思わず魔王として初めて相まみえた時を想起してしまった。

 大正フラミンゴの事務所から帰っても、彼女は口数も少なくあまり表情を変えなかった。あの宣戦布告動画に、俺以上に腹を立てているのだ。

 喧嘩を売られた事そのものに腹を立てているのか、或いは〝調教者テイマー〟の行いに腹を立てているのかまではわからないが、果凛は怒っている。これは間違いなさそうだ。


「じゃあ、配信始めるぞ」

「ええ」


 彼女に確認を取ってから、ARレンズのコマンドから配信開始を選択。

 俺達の配信を心待ちにしていたらしい視聴者達が、すぐさま集まってきて同接は瞬く間に二〇〇〇を越えた。

 コメント欄も早速賑わっており、二度目の配信を喜ぶ声以外にもやはり宣戦布告動画に関するものが多かった。


『あの宣戦布告ってやらせ?』

『大正フラミンゴのやつもこみこみで伏線張ってたの?』

『グル? それとも大正フラミンゴのDtuber引退の筋書き?』

『そこから話題集めの為にシーカー襲ってたの?』


 案の定、俺達の神経を逆撫でするコメントも集まった。

 あんな趣味の悪いヤラセなんてするわけがないだろうに。ヤラセをやるならやるで、もっと面白くて笑える事をやる。それこそ、巷のカップル配信みたいに果凛に何かどっきりを仕掛けて驚かせるなど、皆が和やかな気持ちになれるものをやるだろう。誰が好き好んであんな趣味の悪い宣戦布告動画を作るというのだ。視聴者の頭の悪さにも苛立ってくる。

 ただ、こういった無料コンテンツで配信をする以上、頭の悪い視聴者のコメントも否応なしに流れる。ある程度のチャンネル登録者数に達したら、有料配信コンテンツに切り替えるなどした方がいいのかもしれない。


「わたくし、本日は少々気分が優れませんの。不愉快なコメントは差し控えて頂けませんこと?」


 コメントに苛立ったのは果凛も同じだったのか、冷たい眼差しで宙に浮くスマホを射貫くと、ばっさりと切り捨てた。

 以前とは異なる果凛の冷たい声色に視聴者も怯えたのか、『ひぃっ』『魔王ちゃん怒ってる』『こわ』などのコメントが流れた。

 彼らに悪気はないのだろうが、おそらくこういったコメントも今の果凛の機嫌を損ねるものにしかならない。俺はこっそりとARレンズを操作して、コメントを非表示にした。ついでに同接数やチャンネル登録者数なども全部非表示。ほとんどコマンドが表示されていない状態になって、視界がすっきりとする。

 普段のダンジョン配信ならともかく、今回の配信は毛色が異なる。気が散るし、何より宣戦布告とあの胸糞悪い動画で俺も果凛も腸が煮えくり返っている。いちいちコメントに反応できる気分でもなかったのだ。

 今日は敵の挑発事項の中に俺達の配信が入っていたので、否応なしに配信しているだけである。本来なら配信せずただただ売られた喧嘩を買って、敵を蹴散らすだけで終わっていただろう。

 コメント欄は非表示にしているが、視聴者達が見ているていで俺は現在地の共有に加えて、しれっと衝撃的事実を加えておいた。


「今俺達は地下九階層までいるんだけど、今日は敵さん……行方不明中の〈使役テイム〉スキル持ちの元シーカー・松本俊彦さんが三〇階層で待ってくれてるらしいんだけどさ」


 きっと、唐突に犯人の名前が出た事で今コメント欄は大騒ぎになっているだろう。それとも大正フラミンゴの二人に教えた人みたいに、俺達の配信からカメラマンの正体に気づいた人がいて、皆も知っているのだろうか。まあ、どのみちコメントは非表示にしているので見えないけど。

 そのまま何食わぬ顔で言葉を紡いでいく。


「俺も二〇階層までしか行った事がないからそこから先は未知なんだけれど、さっさと頭に便所虫でも涌いてそうな変態野郎をとっととぶっ飛ばしたいんだよな。そこで果凛……RTAでもやってみようかと思うんだけど、どう思う?」

「RTA……? 一体何なんですの、それは?」


 唐突に話を振られた果凛が首を傾げる。

 まだネット世界を知って数日の果凛にはちょっと専門用語過ぎたか。


「リアルタイムアタックだよ。簡単に言うと、一秒でも早く目的地に行くって事で、競争しようって事さ。こんな胸糞悪い茶番に付き合わされるのも癪だしな」

「なるほど、そういう意味ですのね。わたくしはそれで構いませんわ。その代わり……置いて行かれても、文句を言わないで下さいましね?」

「へっ。こっちの台詞だっつーの」


 俺達は不敵な笑みを交わし、互いに拳を握って小指球をこつんと合わせてフィストバンプをする。

 交渉成功。とっとと三〇階層までいって、松本の野郎をぶっ飛ばす、で合意が取れた。今回の配信は、決して楽しいものではない。さっさと終わらせるに越した事さないのだ。

 俺達は互いに視線を交わし、頷き合う。果凛はふわりと浮いて、俺はクラウチングスタートの姿勢を取った。

 そして、果凛のこの一声から、俺達そまりんカップルの二度目の配信が始まったのだった。


「さあ──わたくし達の配信ワルツを始めましょう」

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