第46話 未踏の二十六階層でも変わらず無双
二十三階層から二十五階層まではそれほど時間が掛からなかった。例の二十五階層まで足を踏み入れていたシーカーさんがコメントで道を教えてくれたからだ。
二十六階層からは完全なる未知の分野。二十六階層でも相変わらずの樹海エリアだったが、階段と階段の間がそれほど離れていなかったので、苦労は少なかった。階層を全て探索するとなるとまた別だろうが、今回の俺達の目的は三〇階層にいち早く進んで、松本の野郎をぶっ倒す事。探索はまたの機会にすれば良い。
松本がダンジョンやスキルを利用して人を殺し、金を儲けているであろう事はおそらく間違いない。であればこそ、拘束して警察に突き出すべきだ。ダンジョン内での殺人行為に対して、今後どういった法的処置が下されるのかの判例にもなるだろう。
ダンジョンが当たり前にある世界だからこそ、その世界に適した法令も必要だ。今はできたばかりで無法地帯のダンジョンだが、今後はシーカーやDtueberを管理する団体やギルド的なものができるかもしれない。
「果凛、魔力の残量は大丈夫か?」
「誰に訊いておりますの?」
果凛は相変わらず派手な魔法で目の前の魔物を蹴散らしながら、こちらに妖艶な笑みを向けた。
九階層からずっと魔法を使いっぱなしなので魔力の残量を気にしていたのだが、どうやら心配ご無用だったようだ。
「
「……マジかよ」
俺は呆れながら剣を振るい、目の前の
三日三晩魔法をぶちかましまくって、まだ彼女には魔力の余裕があったらしい。
さすが魔王。その底なしの魔力には脱帽する他なかった。
ただ、このダンジョン攻略に当たっては果凛の魔力は本当に助かる。魔物の数が多くなってくるにつれて、彼女の広範囲魔法の出番が増えるのだ。
魔物の強度は二十五階層と比べて随分と上がっており、数も多い。俺達の敵ではないが、さすがに数が多いと面倒だし労力が増える。
今もわらわらと三〇匹程の妖魔のような魔物が目の前に現れてうんざりしていたところだが、果凛は「わたくしにお任せ下さいまし」と微笑み、前に躍り出た。
「さあさあ御覧なさい、この一撃を」
果凛が中指と人差し指を上に突き出して高らかに言うと、彼女の身体から強烈な魔力が炸裂した。
その魔力は目に見える形となり、衝撃波となって空気を震わせてあたり一面を揺るがす。その威力は、まるで星が破裂するかのような恐るべき破壊力を持っていた。
地表は崩れ落ち、周囲の木々は根こそぎ吹き飛ばされた。圧倒的な破壊力を前に、何度もその魔力を体感している俺でさえも息を呑む。
果凛の放つ衝撃波は、彼女の無尽蔵の魔力を象徴するかのようだった。おそらく、魔法でさえない。ただ体内の魔力を無造作に解き放っただけだ。それだけで、目の前の全てを無に帰すかのような絶対的な力を放っている。
よくこんな魔王に戦いを挑んで勝てたなと今でも思う。二度と彼女とは戦いたくない。
「片付きましてよ。……あら?」
果凛の魔力波によって生じた土煙が薄れていくと、その先にはまた同程度の数の妖魔がわらわらと現れていた。
なるほど、この階層は魔物の数がかなり多いらしい。俺達以外のパーティーが探索するとなると、かなり大変な階層となりそうだ。
さすがに果凛も呆れている。
「もう後続が来ておりますの? さすがにしつこいですわ」
「まあ、また枯渇させてやればいいだろ。今度は俺がやるよ」
「では、お任せしてもよろしくて? わたくしは紅茶でも淹れておりますわ」
「お湯が沸く前に終わってるさ」
果凛とそんな軽口を交わしてから、トンと跳んで魔物の群れの中に飛び込む。
このまま果凛にばかり任せていると、視聴者コメントで彼氏仕事しろだのニート彼氏だの言われかねない。広範囲攻撃ができる果凛に任せた方が楽なケースだとは思うのだけれど、ニート彼氏と言われるのはさすがに不本意だ。
妖魔もまさか俺が飛び込んでくるとは思ってなかったのか、驚いて俺を取り囲んでいた。
──魔物……なのか?
ふと見慣れぬ妖魔を見て、首を傾げる。
周囲にいるのは、テンブルクでも見た事がないような魔物だった。外観的には魔物というより妖怪に近い感じもする。
──まあ、どうでもいいか。
とりあえず全員倒そう。そういう調査は他のシーカーがやってくれるだろうし、今の俺達の目的は魔物の分布調査ではない。
妖魔達の目は凶暴さに満ち、殺気を帯びていた。先程仲間を一瞬で吹き飛ばされた事に怒りを覚えているようだ。
「妖魔風情が、いっちょ前に俺に敵意を向けてんじゃねーよ」
唇を舐め、にやりと笑みを浮かべる。
風が吹き抜け、髪を揺らす。前髪が俺の意志を示すように風に舞った。
飛んで火にいる夏の虫、とでも言いたいのだろうか。妖魔達の嗤う声が空に響いた。
全く、悠長な事だ。その笑みが消える頃にはもう命が絶たれているというのに。
俺は剣を抜き、息を吸い込む。その瞬間、全てが動き出した。俺の体は一瞬で数十メートル先に移動し、妖魔達が反応する前に彼らを全て斬り倒していく。
風切り音が遅れて耳に届いた。戦場は一瞬にして静寂に包まれている。
剣を鞘に収め、深く息を吐き出した。妖魔達が倒れていく音が遅れて響く。周りを見回すと、妖魔達達は倒れ、俺だけが立っていた。妖魔達の死体はすぐに魔石へと姿を変え、静かな風が地面に数多と転がる魔石を優しく撫でる。
果凛が魔力の衝撃波だけで敵を吹き飛ばしたので、それに対抗して一瞬で敵を斬り伏せてやったのだ。疲れるけど、俺だって雑魚を一瞬で殲滅するくらいはできる。疲れるけど。
「本当にお湯を沸かす暇もありませんのね。お見事ですわ。これからは蒼真様に全てお任せしてもよろしくて?」
「おい……」
「冗談ですわ。さあ、次の階に参りましょう」
果凛は言いながら、視聴者に見せつけるようにして俺に自らの腕を絡ませ、「そういえば」と切り出した。
「ん?」
「紅茶と言えば、わたくし、パンケーキというものを食べてみたいですわ。紅茶に合うスイーツなのでしょう?」
「ああ、うん。紅茶とかコーヒーによく合うと思うよ」
「では、今度デートで行ってみませんこと?」
そういえば果凛は昨日テレビで紹介されていたスイーツ特集を食い入るように見ていた。
魔王でも何でも女の子は甘いものが好きらしい。にしても、妖怪みたいなのを殲滅した後に言うことでもないだろうに。
「あー……パンケーキ屋さんなら
「
「もちろん。じゃあ、この配信の打ち上げは
デート代代わりに、俺は地面に落ちた魔石をいくつか拾う。
この階層ともなると、魔石の濃度は濃い。この数個だけでもパンケーキと洋服代くらいならお釣りが来るだろう。
「
果凛の笑顔に、俺も思わず顔を綻ばせた。
コメント欄に、リア充氏ねコメントが並んでいたのは言うまでもない。
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