第38話 喋る魔物
「お、今日は制服だ! 学校帰りか~。いいなぁ」
「暑いのにわざわざ来させてしまってすみません。今お茶用意しますね」
笹乃塚にある大正フラミンゴの事務所に着くと、二人が早速出迎えてくれた。マネージャーさんは今日も奥で作業をしているそうだ。
撮影部屋兼来客用の部屋に通されると、クーラーが利いていてほっとする。さすがは大正フラミンゴ。気が利いている。
「そっちもあたしらに用事あるんでしょ? 先に聞こうか?」
ハルさんが冷えたお茶とお菓子をテーブルに並べている間に、モエさんが訊いた。
「いや、俺達も多分同じだと思うんで」
「シーカー狩り、だよね」
モエさんの言葉に、こくりと頷く。
大正フラミンゴはUtuberからDtuberへの転身組として、ダンジョン配信を始める前にシーカー達との繋がりを作っている。自身の護衛の為や、情報収集の為だ。彼女達はしっかりと下調べをして、安全にDtuber活動を行えるか吟味した上で配信していたのである。
尤も、〝
「とりあえず、これを見て欲しいんだけど……」
モエさんはノートパソコンをこちらに向けて、メディアプレイヤーを開いた。
「これ、昨日の配信を見ていた知り合いのシーカーさんがスクショ動画を撮っていて、あたしらのところに送ってきてくれたのよ。犯人同じじゃないか、って。それを二人にも見て欲しくて」
「スクショ動画があるんですか。俺達も動画そのものは見ていなかったので、助かります」
他にもスクショ動画を撮っている人はいるのだろうが、見れる場所が公けにはなっていない。Utubeにあげると残酷動画としてBAN対象になってしまうからだ。
所謂そっち系のヤバい海外サイトに行けばいいのだろうが、それこそダンジョン配信以外に他の殺人動画も挙げられていて、目的のものを探すのは難しい。実際にはこうしてデータでやり取りして、オフラインで見る事の方が多いのだろう。
「結構ショッキングな映像だけど、果凛ちゃんはそういうの大丈夫?」
「ええ。問題ありませんわ」
モエさんの質問に、果凛が涼しい顔で答える。
言ってしまえば、俺や果凛は異世界テンブルクでこのダンジョン的な世界観の中生きていた。殺す殺されるが当たり前にある世界だ。今更人が死ぬ動画程度で怖気ずくわけがない。
モエさんがメディアプレイヤーの再生ボタンをクリックすると、映像が流れ始めた。
クラスメイトが見たというのを同じ映像なのだろう。階層は十五階層くらいだろうか。
シーカーが逃げ惑っているところに、まるで挟み撃ちするかのように魔物が現れている。挟み撃ちをしているのはミノタウロスだ。ミノタウロス・リーダーをまた
シーカーは逃げ惑いながら誰かに助けを求め、どうしてこんなにも魔物が連携を取るんだと困惑と愚痴を吐き散らかしていた。
このシーカーもそこそこ慣れていて、上手い事敵の攻撃をかいくぐっていたが、全て先回りされていた。結局最後にミノタウロスによる一撃を頭部に受け、即死。映像はもちろんそこで途絶えていた。
ARレンズによる撮影だったので無残な死体は映し出されていないが、追われる者の恐怖感と息遣いが直に伝わってくる映像で、見ていてとても気分が悪くなる。
「二〇階層まで潜った身としてはどう? こんな風に追い詰められるのって有り得る?」
モエさんが俺達に感想を求めた。
「いや、有り得ないですね。俺が知る限り、魔物はそれぞれ基本的に個々で動いています。連携を取る種族はいましたが、ミノタウロスがここまで上手く連携を取る事はなかったです。逆に、大正フラミンゴさんの時はどうでした? 九階層で襲われた時のミノタウロスもこんな感じの連携とかしてました?」
「う~ん……連携はされていたと思うんですけど、私達の時はここまで手早くはなかった、よね?」
「うん。ここまで人の思考を読んで手を打つような感じではなかったと思う」
ハルさんの確認に、モエさんが同意する。
なるほど。やっぱり俺達に負けた事を踏まえて、色々ブラシュアップしてきているという事か。
ミノタウロスとミノタウロス・リーダーのマンパワーだけで押し切れると思っていたが、それが不可能なDtuberがいる事を〝
「浅はかですわね。牛頭を何頭用意したところでわたくし達の敵ではありませんのに」
果凛が言った。
そう、その通りなのだ。いくらミノタウロスとミノタウロス・リーダーで連携能力・指示系統を整えたところで俺達とは根本的に実力差がある。
ただ、ミノタウロス・リーダーを起用しているところを見ると、〝
そう考えてみて、ひとつの考えに至る。
「もしかしたら……ミノタウロスを起点にもっと強い魔物を〈
「もっと強い魔物を……?」
「そうっす。たとえば……例の
俺はハルさんとモエさんをじっと見据えて訊いた。
ふたりは一瞬ぎくりとした表情を浮かべると、顔を見合わせて破顔した。どうやら図星だったらしい。
「やっぱり知ってたかぁ。これ、見せるかどうか迷ってたんだよね。ハルは見せない方がいいんじゃないかって言ってて、さっきまで相談してたの」
「私は見ていて気分が悪くなってしまいましたから。その声が耳からは離れないっていうか……夢にも出てきそうな感じで。あのままDtuberを続けていたらこれとも出会っていたかと思うと、怖くなりました。できれば、おふたりにもこれとは戦って欲しくないって気持ちが強くて……」
「まあ、この子はこう言うけど、逆にそんなヤバい化け物を倒せそうなのって蒼真くんと果凛ちゃんくらいじゃない? ってあたしは思ってて。どう、見る?」
俺達は「もちろん」と頷いて見せた。
敵の姿までは映っていないそうだが、少しでも情報は持っていたい。どのみち、俺達を標的にしているなら逃げる事はできないだろう。
モエさんが別の動画ファイルをクリックして、メディアプレイヤーに表示させた。
こちらも先程と同じく、ダンジョンの十五階層か十六階層くらいだ。ミノタウロスに追い込まれている風らしいが、先程の動画とは少し異なる。シーカーが困惑して逃げているだけではなく、怯えているのだ。
『なんなんだよ……あの化け物……あんな魔物、見た事ねえぞ!』
激しい息遣いと共に、男がダンジョン内を走って逃げる。ARレンズでの撮影なので酷い揺れだ。画面酔いしそうになる。
逃げている最中に先程の動画と同じようにミノタウロスに挟撃され、シーカーは地面に倒れ込む。その直後に、がしっと何かを掴む音と共に画面が浮いた。
『ひっ……』
シーカーの小さな悲鳴が漏れる。手足をじたばたさせているが、全く自由に動けない様子だ。
おそらく、後ろから頭を捉まれているのだろう。シーカーの視線は目の前のミノタウロスを見ているだけで、後ろを見ようにも見れないのだ。
『たすけ……ごめ……許し……』
シーカーは小さく目の前のミノタウロスに懇願するように呟くが、ミノタウロスは振り返り、そのままダンジョンの奥へと消えていく。まるで、何かを邪魔しないようにその場を去ったようだった。
それから、背後からこんな言葉が聞こえてきた。
『いだだぎぃ、まぁず』
クラスメイトの言っていた通り、獣が言葉を覚えたばかりのようなつたない喋り方。しかし、それでいて腹が底冷えして背筋が凍るような、気色の悪い声だった。
その声がした瞬間に、ぐしゃっという肉の潰れる音と共に画面はブラックアウトした。音から判断する限り、頭ごと握りつぶされたのだろう。そこで動画は終わっていた。
あまりの後味の悪さに、俺は言葉を失う他なかった。
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