第39話 テイマーの正体
「ね……? 気分最悪な動画でしょ?」
俺達が言葉を詰まらせていると、モエさんが苦い笑みとともにそう切り出した。
俺も似たような笑みを返して、肩を竦めてみせる。果凛は表情を変えておらず、何を考えているかまではわからなかった。
ただ、俺の気分としては最悪だ。
もちろん、異世界テンブルクでも人を食う魔物というのはいたし、食われているところを見た事もある。ただ、その時はここまで感情が揺れ動かされる事もなかった。
というのも、その際に被害に遭っていたのは異世界人で、場所も異世界だったからだ。俺自身も異世界テンブルクの中で自分をどこか俯瞰的に見ているようなきになっていたし、映画の中の世界の出来事のような感覚。きっと、他人事だったのだろう。
しかし、今被害に遭っているのは、俺と同じ世界、そして同じ国・人種の人達。面識はないが、もしかしたらどこかすれ違った事があるかもしれないくらい、身近な人間なのだ。そういった近しい人間が怪物に食われていると知ると、一気に自分事となる。激しい嫌悪感と怒りに心が支配されてしまう程に。
「最後の魔物が〝
「その〝
俺の独り言に、ハルさんが口を挟んだ。
予想していなかった言葉に、「えっ?」と俺と果凛が彼女の方へと視線を向ける。
「私達のカメラマンを務めてくれていた鈴木さんを覚えていますか?」
「ええ。何となくですけれど」
「なんか感じ悪い奴だったよな」
果凛と顔を見合わせて、頷き合う。
助けてもらったのに礼も言わず、去り際も俺達の方を睨んでいた。それに、ハルさん達が襲われていたにも関わらず、ずっとカメラを向けたままで……と考えていたところで、はっとする。
よくよく考えれば不自然だった。ハルさんやモエさん、護衛シーカーが全員殺されたらなら、次の矛先は自分に向くはず。それなのに逃げずに撮影を続けるって、変じゃないか?
「もしかして……」
「うん。多分、あの人が〝
俺の予想を肯定するようにして、モエさんが続けた。
「もともとあの人はあの時単発のカメラマンさんだったのよ。もし今回のでよかったらこれから継続して、という形で、あの日が初めての配信。ダンジョンでの撮影に慣れてるから怖くないって言ってたんだけど……目的が違ったって事ね」
「どうしてあの方が〝
「ほら、あの日ってそまりんカップルの方でも配信していたじゃない? 知り合いのシーカーさんがそまりんカップルの切り抜き動画をUtubeで見たらしくてね。あたしらのチャンネルだと鈴木さんがカメラ持ってるからあの人は映ってなかったけど、そっちの配信ではばっちり顔も映ってて」
曰く、俺達のチャンネルで配信を見ていたシーカーさんは画面に映った大正フラミンゴ側のカメラマンを一目見て〝
松本俊彦はダンジョン発生当初からダンジョン探索を行っていたシーカーで、ダンジョン内の固有スキルは魔物を仲間に引き入れる〈
「決まりですわね」
「ああ。間違いないな」
俺達の推測ともほぼ合致する。
PKシーカーは間違いなく鈴木改め松本で決まりだ。
「でも、どうして鈴木……じゃなくて、松本は大正フラミンゴを狙ったんだろう?」
「それが、さっぱりわからないんです。これまで絡みもなかったですし、お会いした時もあの日が初めてでしたから」
ハルさんが眉を顰めて首を横に振る。
二人が調べてみたところ、松本は特にUtube業界との関わりもなく、ダウンドットと交流があったとも考えられなかったので、彼らの差し金で二人を狙ったとは考えにくかった。もちろん、大正フラミンゴとも関わりはない。そもそも本当に消息不明だったそうで、ほぼほぼダンジョン内で死んだと思われていたらしい。
それが、今になって表に出てきた。それも、偽名を使って。全くその理由がわからない、というのが大正フラミンゴとシーカー達の私見だそうだ。
「単純に、そういう映像を撮るのが好きなのではなくて?」
松本の理由について、果凛がさも当然な事のようにして言った。
「以前蒼真様も仰っていたではありませんの。惨殺な映像を録画して商売をする人がいるかもしれない、と。得てして、歪んでいらっしゃる方が身の丈に合わない力を持ってしまうと、そういった方向に走りがちですわ」
「なるほど……!」
もし果凛の言う通りなら、ハルさんやモエさんが殺されそうになっていたのに熱心にカメラを向けていた事にも納得がいく。
有名配信者の惨殺映像なら、その手のマニアなら手が出る程欲しい映像となるだろうし、その絵が撮れそうな時に邪魔が入ったなら、当然その連中──即ち俺達──を怨むだろう。俺達が彼に抱いていた何となく抱いていた違和感も解消できる。
ただ金が欲しいだけならダンジョン探索だけでも十分なので思い至らなかったが、その手の趣味があったならば、ダンジョンで殺人動画を撮影したがるかもしれない。それに、使役した魔物に襲わせていれば自分の手を汚す事もないので、全て魔物のせいにできる。趣味と実益を兼ねた最高の高額商品の出来上がりである。
消息を絶っていたのは、死んだ事にしていた方が何かと便利だからである。
「糞……この変態マーダー野郎、マジで気分悪いな。反吐が出る」
「ええ。あまり良い趣味だとは言えませんわね」
果凛も俺と同じく不快感を顕にした、
どう考えても、この変態マーダー撮影野郎はさっさと何とかしなければならない。惨殺動画を撮影したいが為にスキルを使って人を殺すなど、テロや無差別殺人の同じだ。それで利益も挙げているとなると、余計に許せなかった。
「待って、二人とも」
今すぐにでもダンジョンに乗り込まんと勇み立つ俺達を、ハルさんが制止する。
「私はやっぱり、蒼真くんや果凛さんにそんな危ない人と関わって欲しくないです。いくら二人が強いと言っても、まだ高校生なんですから……そんな責任を負う必要もないでしょう?」
ハルさんの声は揺れ、言葉は丁寧に選ばれ、重みを帯びていた。
それは、心からの慎重さと配慮があふれるもので、彼女がどれだけ俺達を心配してくれているかを如実に示していた。不安に満ちた彼女の瞳は俺達を見据えていて、その白い手は無意識のうちに胸の前で固く握りしめられている。
「こういうのは、大人というかしかるべき人達の対応に任せて──」
「ハル……それ、もう遅いかも」
モエさんがスマホを見たまま、ハルさんの説得を遮った。その表情は青白く、口元はぎこちなく引きつっている。
「遅いって、どういう事?」
ハルさんが訊くと、モエさんはスマホの画面をこちらに見せて、驚くべき言葉を続けた。
「その変態マーダー野郎の松本が、蒼真くん達に向けて宣戦布告動画を上げたっぽい……」
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