第43話 樹海地帯

 地下二〇階層に辿り着き、無事RTAを終えた俺達はその足で地下二十一階層へと向かう階段を降りていた。

 地下九階層から二〇階層まで掛かった時間は二時間。こんな短時間で二〇階層まで降りたシーカーは過去にいないはず。過去最短記録に違いない。さっきちらっとだけコメント欄を表示させてみたが、えらい騒ぎになっていた。同接も一万を越えていたので、注目度も高い。

 ただ、今の俺達にとっては正直配信のあれこれはどうでも良い。いち早く三〇階層まで辿り着いて、あの気持ち悪い化け物と松本を成敗してやらなければならなかった。


「長い階段ですのね」


 隣を歩く果凛がぼやいた。

 確かに、長い階段だ。かれこれ五分くらい降りているのに、まだ出口が見えない。


「二〇階層と二十一階層は別物らしい。思っている以上に広いのかもしれない。俺にとってもここから下は未知の空間だから、果凛も気を引き締めてくれ」

「わかっておりますわ」


 二〇階層と二十一階層は全く違うと考えておくべき、というのがシーカー間で常識だった。この常識を知っていたので、これまで俺も敢えて二十一階層までは降りなかったのだ。

 というか、学生の身分では二〇階層より深く潜るのは割と難しい。さすがに夜通しダンジョン探索をするわけにもいかないので、休日の五~六時間程度が限界なのだ。今日だって、果凛の〈転移魔法テレポート〉がなければこれほど早くには来れなかった。

 ともあれ、あと一〇階降りれば松本の待つ三〇階層まで辿り着ける。とっとと倒して、この騒動を終わらせよう。

 それからもう五分程降りたところで、ようやく階段の下が見えて、光が見えた。

 地下二十一階層──

 俺自身初めての階層に降り立って、目を見開いて息を呑む。

 目の前には、森が広がっていたのだ。天井もこれまでの階層よりも遥かに高く、木々が生い茂っている。

 さすがにダンジョン内でいきなり森が出現するとは思っていなかったようで、果凛もその黄金こがね色の瞳を大きく見開いていた。


「森……ですの? 確かに長い階段でしたけれど、まさかダンジョンの中に森が出てくるだなんて」


 果凛はやや呆気に取られた様子で呟いた。このダンジョンは彼女の知る世界の地下迷宮とも勝手が異なっているらしい。

 俺は事前調査で二十一階層が森のエリアである事は知っていたが、これだけ天井が高くちゃんとした森であるとも思っていなかった。


「自然科学的に考えて、地表からこんなに深い場所に森が作れるわけがないよな」

「ええ。もしかすると、このダンジョンというものそのものが異空間なのかもしれませんわね」

「入口が地球にあるってだけで、そこから一歩入れば異空間ってわけか。銃とかが通用しない代わりにスキルやらに目覚めるってのも、そのへんが理由なのかもな」


 俺の推測に、果凛が頷く。

 ダンジョンの発生要因等については未だ解明されていないし、今の人類にそれができるとも思えない。もしかするとダンジョン探索を続けているうちに要因にも行きあたる可能性があるが、今は探索よりも〝調教者テイマー〟の一件である。


 ──それにしても……。


 この森、どこか見た事がある。なんというか、草木なんかがどことなく日本っぽくていまいちダンジョン感がないのだ。


「あっ……もしかして、藤の樹海か?」


 あたりを見回しているうちに、ここがどこの森と似ているか気付く。

 藤の樹海だ。何となく雰囲気が日本のある名高い樹海に似ているのだ。


「藤の樹海?」

「ああ。日本にある藤山の近くにある樹海に雰囲気が似てるんだよ」


 そういえば、松本の宣戦布告動画も和風の祠っぽいものがあった。

 もしかすると、このダンジョンというのはそれぞれの国やら地域の特徴が反映されているのかもしれない。

 ダンジョンは、ここ以外にも日本各地にあるし、世界にも出現している。まだまだ未開発で情報も少ないので判断できないが、地域性みたいなものも反映されているのだろうか。それとも、ここが偶然日本っぽいだけという可能性もある。

 兎も角、今は進むしかない。それに、俺達に気付いてこちらに近付いてくる気配も多い。ざっと十五くらいだろうか。


「気付いておりまして? 歓迎されているようですわよ」

「ああ。正面から五体、左右からそれぞれ五体ずつってところか。情報通り、数も多いな」


 一応、大正フラミンゴの事務所から帰ってから、DtubeやUtube、シーカー専用サイトなどを見て回って、可能な限り情報を収集した。

 この二十一階層の探索を終えたパーティーの報告動画によると、この二十一階層は全てが森である事、また魔物の発生数が二十階層までとは全く異なる事が例として挙げられていた。


「どう進みますの?」

「とりあえず、道っぽいところを進めば二十二階層への階段はあるらしい。視界が悪いところでの戦闘は避けたいから、この付近にいる敵は殲滅してから進もうか」

「了解ですわ」


 俺達の会話が進む中、静寂を破るように、左右から魔物の群れが姿を現した。

 ミノタウロスとミノタウロス・リーダー、そして先程の階でも見掛けたストライプブレイズの緑色バージョンの魔物・エメラルドストライプ。正面の敵はまだ少し離れているらしい。


「あらあら、先程の虎さんとは色が異なりますのね」

「さっきのは炎だったけど、こいつは風魔法を操るらしい。場合によってはミノタウロスより全然厄介だ」


 続けて、初めてエメラルドストライプを見た果凛に特徴を説明していく。

 エメラルドストライプも、ストライプブレイズと同様に虎の姿を持つが、その特性は大きく異なる。ストライプブレイズと同様に身体を筋肉で覆われており、その短い毛は虎皮の模様を持つ一方で、体色は豊かなエメラルドグリーン。体全体を覆う縞模様は黒色で、エメラルドグリーンと強いコントラストを放っている。外見でいうと、かなりかっこいい。

 ストライプブレイズと同様に鋭い牙と爪を持っており、風魔法を操るという。エメラルドストライプの尾は長く、その尾の先端は青白い光を放っている。サイトによると、この光を振り回すことで、風魔法を繰り出すそうだ。

 ミノタウロス・リーダーのような部下を用いた連携攻撃はないが、それぞれの一撃は重く速い。さらに風魔法が厄介で、これについてはサイトでも確認した。


「まあ、所詮……獣が何匹集まっても、わたくし達には敵いませんわよ」

「ああ。間違いない。とっととぶっ飛ばして、下の階に行こう」


 俺と果凛は笑みを交わすと、同時に左右へと散開して、魔物に攻撃を加えていく。

 こうして、俺達の二十一階層での戦いが始まった。

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