第4章第2節「夢から揺すり起こされて」
ソプラノ地区・フォルテシモ宮殿。スキャフォールドの機影はこちらにまで及び、クレイドルの魔の手から逃れることはできない。
女王の間にあるテラスからはアルカディアを襲う魔導母艦ワルキューレの姿が確認でき、レイヴェスナ・クレッシェンドは災禍に包まれる街並みを見守っていた。
クレイドルの侵攻を受けても一切混乱する様子もなく、ただ見守るのみ。まるで抵抗を諦めているかのように。あるいは、こうなることを最初から分かっていたかのように。
そんなレイヴェスナの背後、テラスへ入ってきたのは杖をついたディノカリダ・ラザリアス公爵だ。
「おぉ、ここにいらっしゃったか」
敬愛する女王の無事に安堵したかに思える態度だったが、すぐに意地の悪い笑みへと変える。
「相変わらず陛下は我が国に降りかかる災難を眺めるのがお好きなようだ」
「好いてはいません。私はアルカディアで起きる全てを見届ける義務があるのです」
ラザリアス公爵の言葉を否定しつつも、彼女は眺めることをやめようとはしなかった。その手には懐中時計がしっかりと握られていて、その場から逃げ出すつもりはないらしい。
彼女の覚悟を知ってか知らずか、公爵はレイヴェスナのもとへ歩み寄った。
「冗談を本気にせずともよい。戦禍を娯楽として消費するなぞあるまじき行為を、よもや陛下がなさるとは思いますまい」
公爵もまた、レイヴェスナと同じようにして戦場と化した国土を眺める。目を細め言葉を失う様は、彼女とは違って絶望的なものにも思えた。
心を動かすと一言に言っても、それは希望と絶望のどちらでも足るもの。絶望に打ちひしがれるように見える公爵だが、実際には正反対だということをレイヴェスナは知っていただろうか。
「しかし、愛すべき我が国が災禍に呑まれゆく様は筆舌に尽くし難い。アズガナン連邦の言葉で言えば、これも風情があるというやつかな。この景色を陛下と眺められるというのに美酒がないのが悔やまれますな」
あろうことか、戦に染まる自らの国を肴にすることを提案する公爵。
「ラザリアス公爵、お下がりください。ここは危険です」
のほほんとした公爵に対して、レイヴェスナは咎める前に身の安全を案じた。が、当の本人は意にも介さず戯ける。
「陛下の恩寵なくしては、わしはただの老いぼれ。それとも何か? 宮殿からわしを追い出して戦場にほっぽりだすおつもりかの?」
もっともらしいことを話す公爵。その言い分は間違いではないし、レイヴェスナも言い返すことはしなかった。
事実、女王のそばにいることが最も安全であることを公爵は知っている。国民たちと同じように、女王がいる限りアルカディアは救われると心から信じているのだ。
「戯れ言はさておき」
と、公爵はレイヴェスナの隣に並び、アルカディアを襲うクレイドルの母艦を見つめた。
「我らがアルカディアを侵した報いを、
暗に、公爵はレイヴェスナにクレイドルへの報復を提案している。女王の力さえあれば敵は取るに足らないと、公爵は確信している。
それこそが現状を打破する唯一の勝算であり、クレイドルへの報いであると考えていたが、彼女は違う。
「正義の下では、如何なる行為も正当化されますわ。その行為は往々にして、咎めることが難しく、達成することこそ容易いもの……であれば、彼らが正義を成すのを待つべきでしょう」
確信めいた言葉だったが、アルカディアを見守る目は不安げだ。戦争に直面しても動じないのは、何か確信があってのこと。そうした決意があるのは立派とはいえ、超能力者であるはずの彼女は具体的な行動を起こしていない。
「彼らは正義を果たそうとしているだけなのですから」
果たして超能力者として、あるいは女王として、こうして国民を見捨てることが正しいというのだろうか。
いずれにせよ、静観を続ける彼女は報復するつもりはないらしい。その様子に公爵はひどく落胆したように息を吐いた。
そのまま今一度、戦場と化した国土を見渡して思い出したふうに呟いた。
「して、ラストリゾートからの客人は無事にいられるかの。こちらが招いた客人に死なれては、和平に亀裂が入りかねん」
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