第4章第10節「夢から揺すり起こされて」

 ワルキューレ船内、多種多様な軍事兵器の格納庫兼発着場としての役割を持つハンガー。現在もアルカディアへ向けてプレデターやドゥームアンカーが投下され続けていて、スキャフォールドも次々に発艦している。ハンガーの奥には隣接する工場から開発された軍事兵器が補充され、此処こそが無尽蔵の兵力が湧き起こる源泉となっていた。

 船全体に言えることだが、大半のシステムの自動化によって乗組員も機械で造られた魔導兵たちが大部分を占める。ハンガーでメンテナンスを行い、戦闘機の発艦を管理するのも全て魔導兵だ。ギアーズという型番の彼らは作業の効率化のために二本の副腕を落ち、地上に投下されるプレデターとは異なり完全な整備用として設計されている。

 もちろん、これら全てのネットワークを束ねているのは人間である。総司令室から直々にハンガーの管制塔へ来ていたバルタザール提督は、逐一報告される戦況をモニタリングしその都度指令を書き換えていた。戦況は比較的優勢であったものの、提督は慌てた様子でホログラムのモニターをあれこれと見回している。

「小癪なレリーフめ。クローキング中に無理矢理引き摺り出されたせいでシールドが機能不全に陥るとは」

 レリーフ・バンビが『グレートアトラクター』を引き起こす直前まで、ワルキューレは量子クローキングによって一時的に存在しない状態でアルカディア上空を滞空していた。膨張する魔力の渦に巻き込まれたことで空間が割れクローキング機能が故障、ワルキューレは露出し攻撃をやむなくされたのだ。

「ええい! あのマグマを吐く虫けらをどうにかしろ!」

 故障してしまったのはクローキング機能だけでなく、母艦の外を球体状に覆うシールドも今は機能していない。そのせいで、地上にいるが魔獣が吐いた溶岩のブレスが船体を傷つけているのだ。

「おのれ、シールドはまだ修復できないのか!?」

 ブレスを受ける度、船体に大きな衝撃が伝わりハンガーの管制塔が揺れる。バルタザール提督が体勢を崩し声を荒げると、首筋から耳、後頭部にかけて剥き出しになった金属部が発光。新たな指令をクレイドル軍へ伝える。

 ワルキューレ下部に装備された、超大型のユレーナキャノン。砲塔戦車ドゥームアンカーのものより数倍もの大きさを持つ艦砲は地上の溶岩溜まりへ照準を定め、高濃度のエネルギー弾を射出する。レミューリア神話に語られる魔獣も艦砲には敵わず、着弾と同時に引き起こされる大爆発に成す術なく飲み込まれてしまった。

「大至急シールドを修復させろ、大至急だ。これ以上私を煩わせるな……!」

 バルタザール提督は管制塔にいるギアーズたちに言葉で命令しているが、本来は意味のないことである。軍はネットワークによって統率されており、将軍であるクリストフ・ラベルツキンと副官のバルタザールの思考が指令として伝達される仕組み。言葉をかけても何の意味もなく、乗組員であるギアーズたちが反応を示すこともない。

 一見すると、管制塔で喚き散らすだけの一人芝居だ。

 しかしバルタザール提督に気にした様子はなく、レーダーに映り込んだ影を目敏く見つける。

「小蝿が入り込んだか。さっさと撃ち落とせ」

 ワルキューレへと接近してくる影は二つ。一つは杖に跨った銀髪の少女ニュルンガムと、もう一つは彼女の杖の上に器用に立つシグナスだ。彼女たちを迎撃すべく何機かのスキャフォールドが飛来するが、シグナスはクロスボウに矢を番えて的確に撃ち抜いていく。杖を操縦するニュルンガムは撃ち落とそうとしてくるエネルギー弾を避けつつ、ワルキューレのハンガーへ向かっていた。

「まさか本当にシールドが壊れてるなんて」

 獄楽都市クレイドルの旗艦はあらゆる魔法を絶縁するシールドで守られている──はずだった。少なくともニュルンガムはそう思い込んでいたが、彼女たちを阻むシールドはなく楽に接近できている。

「そんなこと見れば分かるだろ」

「相っ変わらずいちいちムカつくわね」

 杖の上に立つシグナスがそのことに気づいたのは、つい先ほどのこと。ニッキーが召喚した魔獣の攻撃がワルキューレへ届いているのを見て分かったのだ。尤も、二人ともなぜシールドが存在しないかまでは分かっていない。肝要なのは、ワルキューレが無防備であるということ。

 口喧嘩をする二人は難なくハンガー内部へ侵入。シグナスは杖から飛び降りると同時にクロスボウの引き金を引き、分裂する矢でギアーズたちを射抜く。ニュルンガムも杖から腰を浮かしハンガーへ降り立つと、杖で濁流を呼び込む。濁流はハンガー内に待機していたプレデターやスキャフォールドをさらってまとめて破壊する。これからアルカディアへと投下される大量の兵器に、彼女は「ペッ!」と唾を吐きかけずにはいられなかった。

 二人の侵入者の出現により、ハンガーではけたたましいアラートが鳴動。管制塔で狼狽えるバルタザールは、怒りに唸りながら指令を出す。言葉を発するのと、通信機を内蔵した耳が指令を送信するのは同時だった。

「シールドの修復を優先しろ。待機状態のプレデターを直ちに起動し、邪魔な侵入者を排除するんだ」

 同じ魔導兵とは言っても、ギアーズは戦闘を想定した設計になっていない。ライフルを扱う技術こそあるが武器を一切内蔵していないため、反撃に転じる間もなく侵入者に破壊されている。だがクレイドル軍もやられっぱなしではない。バルタザール提督の指令により、投下を待機していたプレデターの小隊が起動する。

「で、アイツがどこにいるかは分かってるの?」

 杖を使い文字通りに広大なハンガー内を洗い流すニュルンガムは、片手間にシグナスへ問いかけた。実は二人がワルキューレへ乗り込んだのは、単に奇襲を仕掛けるためではない。のだが、シグナスの言動はおおよそ目的を意識したものでもなかった。

「知るわけがないだろう」

「はあ!? どうして一番大事なところをレイヴェスナ卿に聞かなかったの?!」

 すれ違い続ける二人。苛立っているのはニュルンガムだけでなかったようで、シグナスも魔法の矢を乱暴にクロスボウへ叩きつけてハンガー内の管制塔を射抜く。矢が刺さると遅れて爆発を起こし、ハンガー内の兵器運搬を制御していた管制塔の内の一つが土埃を立てて倒壊した。

「ワルキューレに捕えられた客人を助けろとだけ伝えられたんだ。知りたければ私でなくレイヴェスナに聞けばいい」

 シグナス曰く、彼女はレイヴェスナ・クレッシェンドからある人物の救出を命じられたという。ニュルンガムは女王の指令について何も知らなかったが、シグナスの言葉を信じてついてきた。しかしここまで無計画だったとは、ニュルンガムでさえ予測していなかった。

 ハンガー内はすっかり戦場と化し、艦内にアラートが響いている。その音に紛れて、ニュルンガムは聞き覚えのある声を聞いた。

「おい! こっちだ!」

 ニュルンガムが操る波で兵器が流され、水に濡れた滑走路の奥。全艦に響き渡るアラートを頼りにやってきたのは、魔剣ライフダストを持った桜井だった。

「桜井結都! こんな所にいたのね、探してたんだから」

 桜井とニュルンガムが合流すると、ハンガーの奥からは待機状態だったはずのプレデターが疾走する。まだ三十メートル以上は離れているが、すぐに自分たちへ追いつくだろう。

「それはありがたいけど、ひとまず脱出するぞ!」

「言われなくたってそうするわよ!」

 一方で、管制塔にいるバルタザール提督は侵入者ではなくシールドの修復状況に注目していた。

「よし、シールドを展開しろ」

 ようやくシールドの発生装置の修復が完了し、提督は耳の金属部を光らせて指令を出す。ワルキューレの上部からは天蓋を被せたように半透明なシールドが生成され始めていく。母艦の全体を覆うのに時間を要するが、シールドが展開されてしまえばクレイドルの勝利は揺るぎないものとなるだろう。

 何より、侵入者たちは生きて出ることが不可能となるのだ。

「逃げられると思うなよ。虫けらが」

 ハンガーの滑走路を走る桜井とニュルンガム。二人の元にはあっという間にプレデターの群れが追いつき、脱出の邪魔をする。ニュルンガムは鋭い水圧によってプレデターを転がし、桜井は魔剣ライフダストでプレデターの爪を弾き、腕を斬り飛ばす。

「チッ、回り込まれたわ……!」

 プレデターは強みとして群れを成し、効率的な作戦のもとターゲットを追い詰める。二人が滑走路から逃げようとしていることを理解し、一部の群れは先回りをしていた。それだけならまだしも、二人が置かれている状況は挟み撃ち。単に突破しようものなら手数で抑えこまれてしまうのが関の山だ。

「任せろ」

 しかし、桜井には苦境を打破できるほどの力を持つ自信があった。彼は魔剣ライフダストでプレデターを斬り伏せると同時、床を勢いよく斬りつける。盛大に火花を吹き散らし、魔剣を返す刀で振り抜く。すると魔剣は火花を纏った大車輪と化し、滑走路の先を塞いだプレデターを一掃する。

 その間、桜井は無防備になっていたが続くプレデターの攻撃に左手を動かす。何も持っていないはずの左手をかざすと、プレデターの爪は見えない何かにぶつかり白と黒の火花を生む。白黒の火花は空間に剣の形を浮かび上がらせ、桜井の手元に黄金の魔剣をもたらした。彼はそのまま魔剣デスペナルティを斬り返してプレデターを撃破。戻ってきた火花の大車輪は右手へ収まり魔剣ライフダストとなる。

「なんてこと……」

 驚きのあまり言葉を失うニュルンガム。神話に登場する二振りの魔剣を扱う桜井は、彼女からすれば異端だ。今の桜井であれば、彼女が驚くのも無理ないことだと理解できる。だが今はとやかくしている場合ではない。

 その時、増援として駆けつけたプレデターの群れが純白の炎によって包まれる。それはまるで天界の炎のように煌めき、プレデターの黒い金属骨格を白く染め上げ跡形もなく消し去ってしまった。

「呑気だな。もたもたしてると逃げ遅れるぞ」

 横合から出てきたのは魔法の杖を持ったシグナス。桜井は彼女がいるとは知らずに驚くが、彼女が顎で指した方向へ目をやると状況は刻一刻と変化する。滑走路から見えるワルキューレの外を半透明のシールドが覆い始めていたのだ。万物の一切を遮断する障壁が被せられれば、脱出もままならないかもしれない。

「まずい……!」

 自分たちが窮地に陥っていることを瞬時に理解したニュルンガムは、急いで杖を手放しその場に浮遊させる。そうしてすぐに跨ると、

「ほら早く乗りなさい!」

 突然杖に乗れと言われても、二輪車の相乗りとは違う。生まれてこの方杖に乗って飛んだことのない桜井だったが、躊躇っている時間はない。

「いいから黙って乗る!」

 結局腕を引っ張られて半ば強引に杖へ跨ることになった。当然細い杖では安定しないように思えたが、不思議と軸はしっかりとしている。

「捕まってて」

「あ、あぁ」

 戸惑いつつも、桜井はニュルンガムの小さな背に抱きつく。滑走路の奥からはなおもプレデターが追いすがり、シグナスは杖を振って先ほどと同じ純白の炎で一帯を焼き払った。

 ニュルンガムはシグナスを待たずに杖を前進させる。彼女ほどの魔法使いならば自力で脱出できるのだろうか。とはいえ、桜井にはシグナスにまで気を回す余裕はない。気づいた時には滑走路から飛び出し、杖に乗った二人は大空を飛ぶ。幸いにも彼らを撃ち落とそうとする戦闘機の影はなかったが、既にシールドはワルキューレの大部分を多い底部を残すのみ。

 杖に乗った浮遊感には案外すぐに慣れ、感覚的にはDSRの空を飛ぶ車に近い。ただ風を肌に受け器用な急旋回をする度、思わず息を止めていた。

 だが最も驚くべきは、上空から見たアルカディアの景色だろう。桜井が知らぬ間に戦火に包まれた街並みは破壊が撒き散らされ、最初に飛空船から見た荘厳な景色は硝煙に塗れてしまっていた。

 呆気に取られる桜井には知る由もないが、ニュルンガムは巧みな杖捌きでシールドの穴から見事に抜けることに成功。彼らは無事にワルキューレからアルカディアへと帰還した。

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