第4章第11節「夢から揺すり起こされて」

 ワルキューレ船内の総司令室では、クリストフ・ラベルツキンが険しい表情を浮かべている。彼の両目は義眼へ改造されていて、軍から上がってくる全ての報告を即座に閲覧することができた。当然、桜井結都がワルキューレから救出されたことも把握していた。

「魔法調律連盟盟主よ。連れてきてくれた桜井結都には逃げられてしまったが、どう落とし前をつける?」

 総司令室には生身の肉体を持つ者はおらず、クリストフですら大部分を機械に改造している。そんな中で唯一生身の肉体を持つデュナミスは、総司令室の三六〇度を見渡せる窓からアルカディアを見下ろしクリストフの言葉に返答する。

「しかしそちら方が手を下すまでもなくアルカディアは災いに呑まれている。全ては彼らが魔法を利用しレリーフを招いた自業自得の結果でしょう」

「いかにも。我輩とてこんな景色を見たくはなかった。二年前、我輩がこの地に訪れ魔法の恐ろしさを見せつけたにも関わらず、クレッシェンドは懲りずに魔法で文明を発展させた。その結果は、あの女の目にはどう映っているのだろうか」

 クリストフとデュナミスの距離は離れている。それでいて、二人が見る景色は同じ。デュナミスは慈愛に満ちた眼差しをアルカディアへ注いだまま、躊躇いながら口を開く。

「私たち連盟はこの事態を危惧してきたけれど、レイヴェスナ卿は見てみぬフリをした。全く口惜しい……」

 彼女から紡がれる哀愁を帯びた言葉、クリストフには聞こえが悪かったのだろうか。彼はジロッとデュナミスの横顔を睨みつける。

「だが、貴様もまた魔法による秩序を馴染ませようと働きかけた大罪人ではないか?」

 クレイドルは世界を脅かす魔を敵視している。彼らが行う侵略行為も魔法の征服の為の手段に過ぎない。そんな彼らにとって、デュナミスもまた粛清すべき存在。

 なぜなら、彼女は魔法調律連盟を率いてアルカディアが文明に魔法を馴染ませることを助けた立役者でもあるのだ。しかし、彼女がそうした行動を取ったことにも確かな動機がある。

「秩序に従わねばことごとくは淘汰される運命にある。その運命を恐れる思いは、将軍とて変わらないのでは? アルカディアの現状はこの世界の行く末そのもの。このような災厄の末路を、世界に辿らせてはなりません」

 桜井友都に告白した通り、デュナミスは何より真実が淘汰されてしまうことを恐れている。そして奇遇にも、クレイドルの掲げる理想とも符合する部分があった。魔法による淘汰を防ぐため、魔法を粛清する。でなければ、世界は魔法によって滅ぶ──魔法調律連盟が唱えた終末論が実現してしまうのだ。

 奇しくも、二人は終末論の実現を願わない者同士。

「随分と口が回るようだな、忌まわしき魔法生命体よ」

 背を向けたままのデュナミスへブーツの足音を立てて歩み寄るクリストフ。忘れてはならないが、彼女は倒すべきレリーフであることに変わりはない。今すぐにでも、彼女の華奢な背中に剣を突き立てて心臓を貫くべきなのだ。

「だが貴様の思想は理解できんことはない」

 しかし、クリストフはデュナミスに共感を覚えていた。将軍は征服行為の中で多くを失い、つい最近ではポーラ・ケルベロスを失ったばかり。それゆえか、将軍は自らの使命を口走った。

「このままではならん。既にラストリゾートの超能力者は禁忌を犯した。一刻も早く彼奴あやつを裁かねばなるまい」

 ラストリゾートへ向かい、超能力者を粛清する。レリーフ・バンビを粛清し、デュナミスを捕らえた今となってはアルカディアに留まる理由はない。

 将軍の言葉を聞いたデュナミスは横顔を傾げ、その使命を肯定した。

「──楽園が現実になることはなく、所詮は不可能性に過ぎない。彼らも分かっているはず」

 彼女がいったい何を考えているのか。窓に反射する表情と、こちらに向けた横顔だけでは分からない。

 将軍はデュナミスの肩を掴み、無理矢理こちらを振り向かせた。彼女は抵抗もしなければ怯えたりもせず、ただ将軍の義眼を見つめた。心の通った、無機質な瞳を。

「忌まわしき魔法生命体よ。我輩はいずれお前を粛清するというのになぜ協力する?」

 結局のところを言えば、クリストフはデュナミスを粛清するだろう。それは遅いか早いかの違いしかなく、いくら彼女が知恵を絞って生き永らえようとしても結果は覆らない。二人は敵なのだから。

 将軍がデュナミスの言葉を聞けば聞くほど、彼女が何かを企み利用される危険性が増す。魔法生命体という時点で、信頼するなど決してあり得ないこと。しかしそれでも、将軍は敢えて耳を傾けた。

「人間は淘汰されるべき存在。自然の摂理に抗ってまで生きようとするのが正しいと思い込む。人間がのさばってしまったのは、それが原因よ」

 目を逸らさず、抵抗をせず、怯えもしない。それもそのはず、彼女は人間ではなく魔法生命体なのだ。

 デュナミスの本性と思しき声を聞いたクリストフは、両肩から手を離す。そして彼女の胸を剣で貫くのではなく、どこか満足げな表情を浮かべて踵を返す。

「ゆこうか。貴様には特等席を用意してやろう」

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