第3章第8節「淘汰されゆく可能性」

 魔法郷アルカディア・アルト地区。郷内では最大の商業区として栄え、貴族と庶民が交わる流通の中心地。彼らは一様に空を見上げ、遠方にあるコーダ火山の大噴火に絶望していた。魔法文明が発達して以来、最大の災害として認知されているのはやはり第一次魔法戦争だ。だが、火山噴火という古来よりの自然災害はそれらとは比べられないもの。アルカディアにおいて何か災害が起きる度にレイヴェスナが守ってきたとはいえ、遺伝子に刻みついた恐怖は等しく呼び覚まされる。

 そんな絶望的な様相を呈する街の中心には、象徴的なグランドスケール時計台が建っている。時計台の下層には商業施設が入っていて、多くの人々が避難してきていた。

 時計台の頂上にはレリーフ・バンビの姿があった。苦しげにコーダ火山を見つめていると異変に気づいて眉を顰める。

 バンビはアズエラの命令でカヤシーロリスの花を集めた。その胞子を利用して雲を作り、コーダ火山の噴火の勢いを利用して都市部にまで展開させるという計画だった。そこからバンビが引き継ぐのだが、一向に雲が広がらないのだ。

「アズエラめ。しくじったな」

 噴火の勢いは収まっていないものの、まるで上から押し込められているかのように一定の範囲を超えることはない。計画通りにバンビが胞子の雲を引き寄せようにも、雲は何かに阻まれている。

 レイヴェスナの排除はおろか、胞子の雲さえ展開できない。思い通りにいかない事態に苛立ちを覚え、バンビは血相を変え始める。

「どいつもこいつも使えないやつばかり……!」

 沸き立つ怒りは両手に拳を作らせ、アルカディア上空に強い突風を引き起こす。風は青空に浮かんでいた雲を巻き込み大きな渦となっていく。雲に含まれていた魔力がバチバチと火花を散らし、激しい雷雨をもたらした。

 上空に浮かんだ飛空船は風に煽られ、緊急着陸を試みている。飛空船の乗客や地上にいる誰もが女王に救いを求め、自らの罪を悔いる。それに答えるのは、コーダ火山の噴火に伴う地響きと暗雲に轟く雷鳴。

 アルカディアを見舞う天災に揺すられ、彼はフォルテシモ大聖堂で目を覚ます。

「…………」

 桜井結都は気がつくと、膝を折って女性にもたれかかっていた。体を起こすと、相手がレイヴェスナだったことを知る。

「俺は……」

 まだはっきりとしない意識を手放さないよう、彼はレイヴェスナの手を借りて立ち上がった。

 すると、彼女は右手に持っていた黄金の魔剣を差し出す。

「もう二度と手放してはいけません。これは貴方のものなのですから」

 優しく叱りつけるような口ぶりで手渡される魔剣デスペナルティ。桜井はデュナミスによってそれが奪われたことも知っているし、その後ユレーラとして目覚めたことも感覚的に分かっている。

 鈍っていた身体の感覚も次第に戻り、外の轟音と閃光に気を取られる。雨風に晒されたテラスの向こう、時計台の上空を中心に渦を巻く暴風雨。さらに向こうではコーダ火山が噴火を続けている。

 それらを改めて認識し、桜井は自分が何をすべきかを思い出す。

「あいつを止めないと……」

 奪われた魔剣デスペナルティを取り返すことに成功したが、レリーフ・バンビはまだ諦めていない。アルカディアを混沌の渦に落とし込み、終末を実現させるという悲願の成就へ突き進んでいる。

「彼は時計台へと向かいました。わたくしの見込みが正しければ、止められるのは貴方をおいて他にいません」

 今すぐにでも時計台に駆けつけたい気持ちは山々だが、見ているだけでは何も起きない。こんな時に空を飛べたり瞬間移動をできれば便利だろうなどと考える。そして奇遇にも側にはレイヴェスナがいる。超能力者である彼女ならと期待を込めて振り向くと、何やら壁に掛けてあった望遠鏡を持ち出した。

「これをお使いください。時計台を覗けば、そちらへ飛び移ることができるでしょう」

 おそらくそれは魔法を使うための道具である魔具なのだろう。今までやたらと持ち上げられてきた超能力者である彼女が魔具を持ち出したことに、桜井は若干肩を落とす。まさか魔具が出てくるだけでなく、かなり庶民的なものが目に入るとは思わなかったからだ。

「……値札がついてる」

 言われて気づいたのか、彼女は顔を赤くしてすぐに値札を剥がした。

「あら、ごめんあそばせっ……私としたことが、お恥ずかしい限りです」

 女王の私室に掛けられた魔具というラベルが剥がれ落ち、途端に安っぽく見える望遠鏡。とりわけ瞬間移動という魔法は危険な分類ゆえに市販されることはない。魔具らしい望遠鏡に対する信頼は落ちるばかりで、桜井は疑惑の視線を投げかけた。

「失礼を承知で言いますけど、市販の魔具で瞬間移動なんて本当にできるんです?」

 しかし、桜井は忘れていた。彼女は超能力者であると同時に優れた魔法使いでもあることを。

 まず大前提として魔法は魔具という道具を使わなければいけない。だが超能力者は魔具を使わずに魔法能力を行使することができる。つまり、魔具を持つ必要や意味がなく生身で事足りるのだ。

『レイヴェスナ・クレッシェンド卿はこのアルカディアの女王であり、世界に九人しかいない超能力者にあらせられる。そして、世界で初めて超能力と魔法を融合させた偉大なお方だ』

『中でもレイヴェスナ卿は世界真理を読み解く力を持っているそうよ。超能力と魔法を融合させる偉業を成し遂げたのは世界でも卿ただ一人』

 ルキナ・A・ラナンキュラスやアニマ・ニュルンガムは、レイヴェスナが超能力と魔法を融合させたと語った。もともとは超能力を再現するための科学技術が魔法であるため、両者の行き着く先が重なるのは必然だ。

 そして実際にその究極点に達した彼女にとって、魔法と超能力に優劣や差異はない。

「私は超能力者として、ありとあらゆる可能性を閲覧し干渉することができます。極端に言えば、私はものの本質と可能性を意のままにできるのです。時計であれば時間を止めることや戻すこと。この望遠鏡であれば遠くを見ること……望遠鏡を通して見ると近くで見ているように感じる、つまり近くにいるという可能性を現実として再構築する。ですので、この望遠鏡が玩具であろうと魔具でなかろうと、等しく能力を引き出すことができます」

 言ってしまえば、レイヴェスナはこの世に存在する魔具を超能力と等しく出力することができる。彼女が魔具を使えば、それは彼女の超能力として出力されるのだという。即ち、彼女はありとあらゆる魔法を自らの超能力と見做して行使できるのだ。

 加えて、彼女は必ずしも魔具である必要もないと話した。その役割を拡張さえできれば、超能力として扱える。彼女が持ってきた望遠鏡が市販の安物だったとして、同じであると。

「お使いくださればお分かりになるでしょう」

 桜井は望遠鏡を受け取り、レイヴェスナの虹色の瞳を見た。彼女の説明はあまりに規格外のそれこそ神の如き力だが、ルキナやニュルンガムの大袈裟な言葉には釣り合う。

「やってみるしかないか」

 超能力者は疑うまでもなく強力で頼もしい存在である。そのことを予め知っていた彼は潔く決断し、足を前へ出して望遠鏡を構えた。

 レリーフ・バンビがいる場所を『見る』ために。あとは望遠鏡を経由してレイヴェスナがその可能性を拡張する。

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