第4章第8節「夢から揺すり起こされて」
クリストフが監房から去った後、桜井はその手に魔剣ライフダストを喚び出した。レミューリア神話に語られる魔剣であれば、監房のバリアを引き裂くことができるかもしれない。そう考えた彼はバリアに魔剣を突き立て、貫く手応えを感じる。確かに魔剣はバリアを貫いていたが、強く押し返されてしまい斬り裂くには至らない。
「はぁ……これじゃダメか」
魔剣を両手で持ち渾身の力を込めても、バリアは破れずに魔剣を弾き返す。魔剣が貫いた穴もみるみる内に修復され、想像以上の強度を持つらしい。桜井は息を整え、もう一本の魔剣へと意識を向ける。生命を司る魔剣でダメなら、死を司る魔剣なら。と、
「それはあらゆる魔を遮断する。レミューリアに生息する魔獣でさえ、破るのには一苦労するはずよ」
柔らかく透き通った声に振り返ると、独房の中にある椅子には魔法調律連盟盟主としても知られる魔法生命体レリーフの一人が腰掛けていた。デュナミスがこうして前触れなく現れることに、桜井はもう驚きを感じていない。彼女がレリーフならば、何をしようと不思議ではないからだ。
「デュナミス……どうしてここに連れてきた? あの将軍に何を話した?」
クリストフの言葉通りなら、桜井は彼女によってクレイドルに引き渡されたという。なぜそんなことをしたのか桜井には見当もつかず、デュナミスの瞳を見つめる。彼女は視線を逸らしたりはせず、躊躇いもなく告げた。
「真実を話したわ」
一呼吸を置き、彼女はつらつらと語り続ける。ここから先の言葉がレリーフとしてのものか、はたまた連盟盟主としてのものか、桜井には判断することができなかった。
「多くの可能性は真実になることなく、不可能性へ淘汰されてしまう。彼らは真実に対する不可能の証人になれるはずよ。真実の埋葬人たる彼らに明かした真実は、淘汰されるべきではないのだから」
魔法による終末論を唱え、人類と魔法の調和を取り計らってきたというデュナミス。なぜ彼女がそうした行動に及んだかといえば、答えられる者は少ないだろう。しかし、桜井は彼女がしきりに紡いだ言葉に気づいた。
「真実か」
思い返せば、ユレーラもバンビも最後には淘汰されることを恐れていた。だからこそ彼らは真実を求め、桜井に成り代わる──終末論を実現させることで真実を勝ち取ろうとしていたのだ。デュナミスもまた彼らと同じ本質を持つと仮定すれば、明確な共通点があるのは間違いない。
「あんたが俺の分身だってことも、真実なのか?」
最初にルズティカーナ村でデュナミスと出会った時から抱えていた問いかけ。満を持して発せられた声は核心を突いたように思えた。
が、そっと目を伏せたデュナミスの反応は、桜井に手応えを与えることはない。代わりに感じたのは、これまでのレリーフとは全く異なる奇妙で荒唐無稽な、違和感。
「安心してちょうだい。私は君とは一つになれない。私は不可能性そのもの。君が男に生まれたから私は女に生まれた」
ある種、それは巡り巡ってこれまでと同じ感覚だったかもしれない。最初にユレーラを認識した時に感じた、鏡の中の自分が違う動きをする違和感。最初にバンビを認識した時に感じた、幼い頃の写真に感じる違和感。デュナミスに対して感じた、女性という違和感。
それを、彼女は不可能性と呼んだ。
「不可能が可能になることはない、そうでしょう?」
一つになることを拒んだバンビはともかく、ユレーラは桜井と重なり合って存在している。だが不可能性であるデュナミスはそうなることができないと話した。魔法に加えて神話が常識となった桜井の感覚でさえ、真実を呑み込むには数秒の時を要した。
「……」
言葉が出ない。驚いたということもあるかもしれないが、何より彼は納得できていたのだ。デュナミスの口から語られたのは可能性や不可能性の類ではなく、紛れもない真実であると。
呆然とする桜井を見かねたのか、デュナミスは椅子から立ち上がるとゆっくり歩み寄ってくる。
「さぁ、君はここで淘汰されるべきじゃない」
優しく寝かしつけるような声で語りかけつつ、桜井が魔剣を握る手に指を絡ませた。デュナミスは一度、桜井から魔剣デスペナルティを奪ったことがある。それを思い出し身構える桜井だったが、彼はあまり抵抗しないままデュナミスに魔剣を取らせた。
生命を司る魔剣ライフダスト。孔雀の目を模した装飾の美しい魔剣を眺める彼女はほんの少しの笑みを浮かべるが、すぐに表情を落とす。魔剣デスペナルティと違って手に馴染まないのか、彼女は何度か柄を握り直してから首筋に刀身を添えた。
「何をしてる?」
あたかも首を斬ろうとするかのような行動を取るデュナミス。彼女は左手に持った魔剣ライフダスト、その刀身を右肩に置き右手を持ち上げる。それから右手で何かを掴むと、そのまま刀身に擦るようにして横へ引き抜く。
まるで、魔剣ライフダストをバイオリンに見立て弦を弾くような動き。刀身からは音色の代わりに白黒の火花が迸り、弦を弾く右手には魔剣デスペナルティが形作られていく。
生と死のバイオリン演奏により、彼女の右手には魔剣デスペナルティ、左手には魔剣ライフダストが握られた。
「君にもできるはず」
魔剣を持った両手をゆっくりと下ろし、魔剣が奏でられる様を見ていた桜井へ声をかける。彼女は桜井へ魔剣ライフダストを手渡し、監房のバリアの前に立つ。何をしようとしているのかを察した桜井もまた隣に立ち、魔剣ライフダストを構える。
二人はそれぞれの魔剣をバリアの上部へと差し込み、そのままX字を描くように交わった。魔剣ライフダストを持った桜井と、魔剣デスペナルティを持ったデュナミス。生と死、可能性と不可能性が重なり合い、量子的な揺らぎから不安定になったバリアは容易く引き裂かれた。
「……?」
下まで斬り裂いたことで床に膝をついていた桜井。彼の右手には変わらず魔剣ライフダストがあり、左手にはいつしか魔剣デスペナルティが握り込まれていた。彼は両手でそれぞれの魔剣を持ちバリアを引き裂いていたのだろうか。あるいは──。
デュナミスの姿はどこにもなく、受け入れ難い真実について聞く機会を逃した。監房から出ることができた以上、ワルキューレから脱出することが先決だ。無事にラストリゾートへ帰り、彼に真偽を求めるためにも。
「確かめないと」
収容されていた監房の全景は円形の空間で縦に長い構造をし、ラストリゾートの配送センターを思い出す造りだった。幸いにも警備員らしき気配もなく、クリストフは脱獄を知らないだろう。見渡す限りの壁一面は無数の独房が連なり蜂の巣となっているが、同じく捕まっているはずのデュナミスが何処かは分からない。彼女を探さないことを申し訳なく思いながらも、桜井は
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