第4章第6節「夢から揺すり起こされて」

 クレイドル軍の先鋒プレデターは、群れという小隊を組み多角的に戦線を押し広げていく。プレデターを地上の先鋒と呼ぶのなら、スキャフォールドは空中の先鋒と呼べる。プレデターは地上でアルカディア楽団や騎士たちを翻弄し、スキャフォールドは空中でフォルテシモ大聖堂といった本陣を急襲する。

 アルカディア側の楽団員と騎士は連携を取ることでプレデターを食い止め、大聖堂のバリスタや武装した飛空船の活躍によりスキャフォールドを迎え撃っていた。

 しかし、魔導母艦ワルキューレから次の一手が投下されたことで戦況はクレイドル軍へと傾きつつある。

 砲塔戦車『ドゥームアンカー』。ユレーナキャノンという大砲を搭載した移動砲台であり、地面から浮上した車体は環境に依らず安定した走破と照準を可能とする。かつて運用困難な巨大大砲を積載した列車砲なるものが存在したが、ドゥームアンカーは魔導科学が実用化させた正真正銘の列車砲だ。車体には多種多様な副兵装が並び、内部には多数のプレデターを積載する地上の輸送機としての役割も担っている。

 主砲であるユレーナキャノンの発車にはチャージを要するが、その分破壊力はスキャフォールドが装備するユレーナライフルの数倍を誇る。ドゥームアンカーが超遠距離からチャージを完了し、大聖堂のバリスタへ照準を定める。それから電子的な音を轟かせてエネルギー弾が放たれ、魔法のバリスタが破壊された。スキャフォールドを阻んでいた防衛弾幕は薄くなり、制空権を奪い取ろうとしているのだ。

 ワルキューレから投下されたドゥームアンカーは複数台で、アルカディア側が築いた防衛線の破壊のみならず、楽団員らと交戦するプレデターをも巻き込む支援砲撃を行う。

 防衛線が決壊するのを見たアニマ・ニュルンガムは苛立たしげに言う。

「あーもう! あのバカは何をやってるの!?」

 怒りの矛先は交戦中のプレデターへ向けられ、杖で操られた怒涛の荒波が敵を一気に押し流す。ニュルンガムのそばではニッキーが戦っていて、水とは対照的な火を斧に纏わせて敵を溶断した。が、彼女も彼女でその表情は芳しくない。

「向こうに前線が押し上げられてばかり……いくら私たちが食い止めててもこのままじゃ埒が明かない。誰かがアンカーを潰しにいかなきゃ!」

 二人はソプラノ地区とアルト地区の境界線にいるのだが、プレデターは既に彼女たちを突破し裁判所や大聖堂へ侵攻している。ギルザードはニッキーの指示でミ番街の応援へ向かったが、もはや防衛線は機能していないだろう。

 彼女たちが押されている最たる原因は、敵軍の後衛に鎮座するドゥームアンカーだ。ニッキー率いる楽団は防衛線を築こうとしていたが故に、ドゥームアンカーが野放しになり強力な支援砲撃を許してしまっている。

「ニキータ」

 状況を重く見たニュルンガムは杖を構え直し、ニッキーに声をかけた。

を放しなさい。ただしリードはしっかり握んなさいよ」

 出し惜しみをしている場合ではない。彼女が言わんとしていることを瞬時に理解すると、ニッキーも覚悟を決める。

「わかった」

 言い終わると彼女は長柄の斧を両手で握り直し、短い深呼吸を繰り返して息を整える。それから三日月状の刃を上にして、地面へ突き立てようとした。

「────────お願い、私に応えて……!」

 言葉を唱えるのと斧が地面へ刺さるのと同時。斧に込められていた炎が先端から噴き出し、燃え盛る炎の軍旗をはためかせた。さらに、炎の軍旗が突き刺さる地面はぐつぐつと煮え、土の中から溶岩が溢れ出す。

 あっという間にニッキーを中心とした溶岩の池が作られ、中からは熱を帯びた鎖が持ち上がる。軍旗と繋がった鎖は小刻みに震え、ついには溶岩の池から巨大な顎を持つ竜が顔を出す。

 溶岩の肉体を持つ竜は一体ではなく、溶岩溜まりから三体が頭をもたげて咆哮を上げる。

「……いい子だから落ち着いて。私の言うことを聞い──わぁっ!?」

 三体の魔獣を見上げて手を伸ばすニッキーは、あたかも彼らを従えるように見えた。が、彼女の言葉を聞き入れるどころか、目もくれない。

 三体の内の二体は溶岩溜まりを押し広げながら地中を泳いで前進、一体は口から溶岩のブレスを吐いて通りがかったスキャフォールドを撃墜した。さらには魔獣が溶岩を撒き散らして進む中、近くにいたニュルンガムを巻き込もうとする。彼女は咄嗟に杖で操った水を盾に凌ぐが、水はあっという間に蒸発してしまう。もし水がなければ、彼女の体が灰と化していたのは想像に難しくない。

「まったくもう! 危ないじゃない!」

 レミューリア神話に登場する溶岩の魔獣プルーガンドを、ニッキーは完璧に従えているわけではない。使役するには相応の危険が伴うため、彼女が使役するのは稀だ。裁判所の前で温存したのも、ルキナやコリン、ギルザードを巻き込むことを危惧したから。

 とはいえ、三体の魔獣は狙い通り戦車ドゥームアンカーへ一直線に泳いでいく。飛び散る溶岩はプレデターの群れを紙屑のように溶かし、戦車への障害を突破。対して、ドゥームアンカーは主砲を充填し終え、魔獣に照準を定めていた。

 主砲は魔獣の頭部を撃ち貫き溶岩へ崩壊させる。が、もう一体の魔獣が懐から入り込み、溶岩溜まりから前足を出して引っ掻いた。爪は戦車の装甲には届かなかった。

 なぜなら、戦車本体は強力なシールドで守られていたからだ。爪痕こそ刻まれているが、破壊にまでは至っていない。

 咆哮を上げる魔獣は溶岩を吐き、ドゥームアンカーのシールドを溶解させようとする。並大抵の魔法装甲ならひとたまりもないが、シールドはそれをも防ぐ。しかし、シールドに亀裂が入り始めているのも事実であり、破壊も時間の問題だろう。とはいっても、時間を与えては敵に反撃の機会を許すことにもなる。

 主砲の充填こそ間に合わずとも、車体に並んだ無数の機関銃が至近距離から魔獣へ集中砲火を浴びせる。シールドは傷だらけで崩壊までもう一息だったが、魔獣は弾幕から逃れようと退いてしまった。本来の力を引き出しているわけではないにせよ、レミューリア神話の魔獣でさえ手こずる状況。

 炎の軍旗を立てたニッキーとニュルンガムのもとには、別のプレデターが群れをなして襲ってきている。炎の軍旗さえあれば魔獣が倒されることはないが、直接旗を折られることは避けなければならない。

「旗を守って! 私たちで時間を稼ぐの!」

「言われなくたってやるわよ!」

 ニュルンガムは魔獣を信用しているわけではないものの、それに勝機を賭けている。彼らだけで耐え忍ぶことができたとしても、戦況を覆すだけの一手が必要。魔獣は一手になり得る力を秘めている。

 杖を使い水を操ると、戦場に波を立たせるニュルンガム。溶岩の池を飛び越え、追い立てる波から四足歩行で駆け抜けるプレデターの群れ。灼熱と激流が支配する戦場を生き延びるのは至難の業だが、複数のプレデターは凄まじい速度で魔獣を制御する魔具である旗へ飛び込もうとした。

 その時、どこからともなく矢が放たれたかと思うと、無数に分裂した矢がプレデターの関節を的確に射抜いていく。分裂する矢はプレデターの群れを瞬く間に制圧し、ニュルンガムとニッキーは矢が飛んできた方を見た。

「シグナス・フリゲート……!? やっと戻ってきたのね!」

 思わず歓喜を帯びた声を上げたニュルンガムが慌てて我に返ったことなど知らず、シグナスは手のひらに魔法の矢を生み出した。それをクロスボウに装填するかと思いきや、そのまま宙にかざして杖のように扱う。

 彼女の杖の動きに従って、ニッキーがもたらした燃え滾る溶岩、ニュルンガムがもたらした澄み渡る水が宙を流れる。それらは鎮座する一台のドゥームアンカーを中心に渦を巻く。

 展開されたシールドを掠める水と溶岩の渦。万物を溶解させる絶対的な高温に水は蒸発を免れないが、魔力を帯びた水は絶対的な低温に下がることで反発する。そこへ、シグナスが持つ杖からは白い光を発する雷が閃き、反発しあう絶対熱と極低温が白い雷によって結びついた。

 そうして出来上がったのは、灼熱と激流と雷霆が共存する、神々しくも危険な領域。によって燃え滾りながら、によって凍てつく。相反する温度を重ねる量子的な攻撃に晒された戦車のシールドが耐えられるはずもなく、とうに臨界点を越えているようだった。

 傍らでは魔獣が溶岩によってついにシールドを破り、ドゥームアンカーを引き裂く。大規模な爆発による風にポニーテールにした金髪を揺らし、シグナスは杖として使っていた矢をクロスボウへ乱雑に装填。流れるような所作で構えると、狙いをつけるまでもなく引き金を引いた。

 放たれた魔法の矢は灼熱・激流・雷霆の渦へ入るとそれらを纏い、三位一体の一矢となってシールドを貫く。絶対的な高温と絶対的な低温による量子攻撃は、温度の破壊的な乱高下を繰り返したことで空間そのもの圧壊させた。燃え滾り凍てつくという不可能な現象により、完膚なきまでに溶融した空間は展開されたシールドもろとも氷、火の粉、電気の混じった粉塵と化す。

 バリィン! という耳をつんざく音に驚くのも束の間、ドゥームアンカーは見るも無惨な鉄屑へなっていた。魔獣ですら時間をかけたシールドの破壊を、シグナスはものの数秒で成し遂げたのだ。

「ふんっ」

 彼女は降りかかる火の粉を鬱陶しそうに、金髪を振り払い絡んだ塵を落とす。彼女の帰還は戦場と化したアルカディアにおける希望となるはずだったが、現実は違う。彼女がユリウス・フリゲートの娘だから、というだけではない。

「アンタ、アタシにこんな不本意なことさせないでよ」

 窮地に陥っていた自分たちを救ってくれた彼女に対し、横から杖を突きつけていたのはニュルンガムだった。彼女は自分が無礼であることを弁えた上でそうしていて、シグナスはそうせざるを得ない理由を知っている。

「ザドの件なら私じゃない。やったのはアズエラだ」

「んなこと分かってんのよ! アンタが馬鹿げたことなんてするわけないでしょ!」

 降伏を意図する手も上げず、こちらを振り向きもせず。ただシグナスは煤で汚れていく横顔を晒し続けている。汚れてしまったのは外見だけなのか、魂もなのか。

「だからアタシに信じさせなさいっての! 今からでも正しいことをして」

 天から立てかけられた梯子を降りてきたのが悪魔ではないと、彼女は証明せねばならない。

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