第3章第12節「淘汰されゆく可能性」


 魔法郷アルカディア・バス地区。コーダ火山麓の研究所。

 アズエラと彼を追い詰めていたシグナスの目にも、レリーフ・バンビが引き起こした『グレート・アトラクター』が映っていた。だが彼らがより注視していたのは、そこから広がった亀裂より出現した獄楽都市クレイドルの旗艦である。

 カヤシーロリスの胞子の雲による終末論は、シグナスと時計台にいる桜井が阻止することに成功した。それでもアズエラは観念する素振りも見せず、アルカディアに破滅をもたらす終末論は一つでないと語った。

 最初こそシグナスはそれを負け惜しみや自暴自棄の言葉だと思い込んでいたが、彼女の目に映るものは簡単に切り捨てられるものではない。

「貴様の言った通りだ」

 予想だにしない第三勢力の介入で呆気に取られていたシグナスの耳に、勝ち誇った声が届く。それは自らが滅ぶことも厭わない、本当の意味で自暴自棄と呼べる口ぶりだった。

「アルカディアを落とすのに歳月は要らない」

 世界征服を目論むことで悪名高い獄楽都市クレイドル。彼らは自分たちこそが魔法を支配できると信じており、当然アルカディアは滅ぼすべき相手となる。

 しかしだからと言って、アズエラはクレイドルにアルカディアを売ったのだろうか。

「ふふふっ」

 愚かしいほどに清々しい笑い声。シグナスは自暴自棄な彼にもはや目もくれなかったが、彼女の背中に向けてその尊厳をなじった。

「ふははははっ、何が魔法郷だ。フリゲートの時代はおしまいさ! 感謝しろ、貴様の母親の尻拭いをしてやるんだ。貴様の母親さえいなければ世界がこんなにも壊れることだってなかったというのに。貴様はヤツの呪われた血を引き悠々と生きてきたようだがこれまでだ。せいぜいあがくがいい、この忌々しい悪魔め」

 シグナスの母は、この世界に魔法をもたらした。魔胞侵食まほうしんしょくや魔法生命体レリーフ、それら数々の災いの元を辿れば、全ては彼女の母が元凶である。彼女とその母さえいなければ、アズエラは居場所を奪われることもなく、レリーフの脅威に怯える必要もなかった。

 呼吸を荒げ破滅への刻を謳歌するアズエラの声を背中に受け、シグナスは自らの胸の内が煮えくりかえるのを感じた。それは生まれ持った罪の意識や、受けるべき罰への意識ではない。

「ボクはフリゲートなんざに屈しない。貴様の母親がもたらした魔法に犯されるくらいなら死んだほうがマシだ」

 母を侮蔑する者への、耐え難い怒りだ。

「────なら死ね」

 アズエラはシグナスの逆鱗に触れた。それは彼にとっては数少ない失敗と言えるかもしれないし、彼にとって数少ない成功と言えるかもしれない。

 いずれにせよ、彼の胸にはクロスボウから放たれた魔法の矢が突き刺さる。白い光の矢はその形を崩して彼の胸の内側へ溶け込み、想像を絶する苦痛を与えた。例えるなら、シグナスが生きてきた中で受けてきた一生分の苦しみ。数字にすればたったの十年程度かもしれないが、到底耐え忍ぶことの敵わないものだった。なぜなら、アズエラは数秒もしない内に息絶えたのだから。魂が尽きてなお、彼の胸を焼く魔力の光は鈍い光を燻らせている。

「……………………はぁ」

 彼女は振り返りもせずに撃ったクロスボウを下ろす。命中を確認することも、死を確認することもしない。

 ただ彼女の目には、クレイドルの旗艦が時計台を爆撃する様だけが映っている。

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